第10話:【僧侶】はまだ聖女ではない
その日の夕刻。 与えられた豪華な客室で休息をとっていた俺たちの許に侍女が訪れ、食堂へと案内された。
「さあ勇者様! こちらが陛下からのおもてなし料理です!」
テーブルには、目に鮮やかな豪勢な料理が並べられていた。 香草の芳醇な香りが漂う肉料理、宝石のように彩り豊かなサラダ、そして一流シェフの技が光る魚介のソテー。
「美味しそう……!」
「こんなに贅沢なもの……村じゃ一生お目にかかれないね」
フィリアは目を輝かせ、アルフレッドは圧倒されたように目を丸くしている。 俺も一瞬気圧されたが、空腹には勝てない。まずは目の前のステーキを切り分け、口に運ぶ。一口噛みしめた瞬間――。
「うまっ……!」
思わず本音が漏れた。 溢れ出す肉汁とハーブの風味が絶妙に絡み合い、舌の上でとろけるようだ。これまでの野営や節約生活を思えば、尚更五臓六腑に染み渡る。
「テオ……はしたないわよ?」
フィリアに釘を刺されつつも、俺のフォークは止まらない。そんな賑やかな食事の最中、アルフレッドがふと真剣な面持ちで口を開いた。
「テオドール、ちょっといいかな。実は……新しい仲間を募りたいと思ってるんだ」
「ああ。陛下からも言われていたことだしな」
「うん。独りで魔王に立ち向かうのは無謀だ。最低でも前衛、後衛、そして――」
「『回復役』が必要ね」
フィリアが言葉を継いだ。彼女も、大型狼との戦いでその必要性を痛感していたのだろう。
「【僧侶】か、あるいは【神官】や【聖女】といった、治癒と浄化の専門家が不可欠よ」
アルフレッドが深く頷く。勇者の負担を減らし、パーティーの継戦能力を高めるための必須条件。三人目のピースだ。
「心当たりはあるのか?」
俺の問いに、アルフレッドが何かを言いかけたその時――。 食堂の重厚な扉が開き、一人の女性が入室してきた。
艶やかな金糸の髪。 蒼く透き通る瞳。 純白のドレスを纏ったその姿は、まるで天上から舞い降りた精霊のように幻想的だった。
「アルミラ王女殿下……!」
侍従たちが一斉に膝を突き、敬礼する。 「皆さま、楽になさってください」 鈴の音のように澄んだ声。彼女こそ、この王国の第一王女、アルミラ姫だった。
アルミラ姫は俺たち三人に視線を向け、優雅に微笑んだ。 「改めまして。勇者アルフレッド様、ならびにご同行の皆さま。王都までの長旅、誠にお疲れさまでした」
洗練された所作には王族としての品格が漂うが、不思議と威圧感はない。彼女が国民に深く慕われている理由が、その数秒の立ち居振る舞いだけで理解できた。
「本日は、陛下に代わりまして、皆さまの旅路を支える『光』をご紹介に参りました」
アルミラ姫が静かに振り返り、入口の方へと視線を向ける。 「セラフィーナ。こちらへ」
その名が告げられた瞬間、場の空気がわずかに清まった。 音もなく現れたのは、一人の少女だった。
長く流れるようなプラチナブロンド。 神秘的な青い瞳は、見つめていると心の淀みまで覗かれているような錯覚に陥る。 白を基調とした僧衣に、淡い聖力を宿す装飾具。派手さはないが、その佇まいには抗いがたい存在感があった。
(……【僧侶】、だよな?)
そう確信するまでに、一瞬の迷いが生じた。彼女から感じる気配があまりにも純粋すぎて、人間離れして見えたからだ。
「初めまして。セラフィーナと申します」
声は穏やかだが、その響きには迷いのない芯がある。 「現在は王都聖堂に身を置いておりますが……陛下と姫殿下のご意向により、勇者様一行に同行する『候補』として参りました」
「候補、ですか?」 アルフレッドが確認するように尋ねると、アルミラ姫が補足した。
「ええ。最終的な判断は勇者様に委ねます。ですが、セラフィーナは先代聖女の血を引く孫娘。幼少期より厳しい修行を重ね、治癒魔法のみならず、魔を退ける『聖浄化術』まで扱える稀有な才能の持ち主です」
聖浄化術。 闇の軍勢に対して絶大な効果を発揮し、広範囲にわたる絶対防御を可能にする高難易度スキル。俺とフィリアは思わず顔を見合わせた。
「まだ未熟な身ではございますが……勇者様と共に歩み、この力を役立てたいと願っております」
セラフィーナの言葉は控えめだが、その瞳には確固たる意志が宿っている。 俺は改めて彼女を観察した。一つ一つの動作に無駄がなく、流麗だ。これは単なる僧侶としての修行だけでなく、相応の実戦経験か、あるいは卓越した身体能力を秘めている証拠だろう。
アルフレッドは、セラフィーナの瞳の奥をじっと見つめていた。
「……わかりました」
しばらくして、落ち着いた声で答えた。
「セラフィーナさん。貴女の意志を尊重します。これからの旅はこれまで以上に過酷なものになるでしょう。それでも共に戦う覚悟があるのなら、喜んでお迎えします」
「ありがとうございます」
セラフィーナの表情が、春の陽だまりのようにふわりと綻んだ。その微笑みだけで周囲の緊張が和らいでいく。
「これからよろしくね、セラフィーナさん! 私はフィリア。魔法なら任せて!」
「はい。よろしくお願いいたします、フィリアさん」
「俺はテオドールだ。……一応、戦士をやってる」
「テオドール様……ええ、よろしくお願いいたします」
「様はやめてくれ。同世代だし、俺はただの護衛みたいなもんだからな」
俺が苦笑いしながら訂正すると、彼女は少し困ったように首を傾げ、それから柔らかく言い直した。
「では……テオドールさん」
まだどこか堅苦しさはあるが、それも彼女の誠実さの表れなのだろう。




