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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
第一章 転生

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八話目 修行

次の日から本格的な修行がはじまった。


 鬼一はいたが、先ずは若様に任せるように剣術の稽古の様子を黙って見ていた。


「ま、先ずは。か、かぐや殿、か、構えを。」


若様はどこか落ち着かない様子で見本を見せる様に刀を構えた。

 それを真似る様に、私が彼の正面で構えた瞬間、その顔が一瞬だけビクリと強張る。


 ……まだ私に負けた事を気にしているのかしら。フン、小さい男。


私はそう思っていた。


「す、少し違います……かぐや殿。まずは基礎から、えっと……こうです。」


 若様は恐る恐る距離を詰め、手本を見せてくれる。

 最初こそ声も震えていたが、じっとこちらが聞き入っていると、次第に緊張がほどけていくのが分かった。


「ここをこう……握りは強すぎず、弱すぎず。かぐや殿のさっきの振り方は、力が刀身に乗っておりませぬ。速さはあるのですが……」


 丁寧に、噛みしめるような説明だった。

 その語り口が妙に分かりやすく、私は思わず感心していた。


「若様って、教えるの上手いんですね。」


「え……? あ、ああいや、その……! そ、そうでしょうか……?」


 耳まで赤くして照れる若様。

 横で見ていた鬼一が腹を抱えて笑った。


「はっはは! ほら見ろ時丸、お前はやれば出来る子なんだよ。もっと自信持ちな!」


 若様は照れたように目を逸らしたが、次の瞬間には凛と背筋を伸ばし、再び構えと振り方を教えてくれた。

 その姿は、いつもより少しだけ大きく見えた。



「よし、次は相撲だ。二人とも真剣にやれよ。ただし……」


 鬼一が私の耳元で小声で釘を刺す。


「嬢ちゃん、力で投げんなよ。力でやったら修行にならないし、一瞬で決まっちまう、技で、だ。これは修行であって喧嘩じゃねぇ。」


「わ、分かっております……」


 私はむくれながら土俵代わりにしている地面に立った。


「かぐや殿、よろしくお願いします。」


 若様が丁寧に頭を下げる。

 私も軽く礼を返し、構えた。


 合図と同時に、私たちはぶつかり合った。


 ――重い。


 若様は痩せてはいるけれど、芯の通った体つきをしていて、投げようとしてもなかなか崩れない。

 私は力を抑えながら、機を見て足払いを仕掛ける。


「っく……! かぐや殿、えいっ!」


 若様が体勢を崩すふりをして、逆に私の腕を取ってきた。


 技だ。

 思わず口元が緩む。


「やりますね、若様!」


「まだまだ!」


 均衡が続き、最後は私の小手先の技が決まり、若様の片足が少しだけ土を離れた。


「勝負あり!」


 鬼一の声が響き、若様は悔しそうに、でもすっきりした表情で息を吐いた。


「負けました……。でも、今の投げ、見事でした。」


「ふふん。誉めるのは素直でよろしいです。」


 若様は照れつつも、負けたことを素直に受け入れている顔だった。

 


「ほい、じゃあ次は料理だ。腹も減ったろ。」


 鬼一が雑に炊事場らしき小屋へ案内した。

 木の台、薪の竈、粗末な鍋。

 すべてが見慣れない。


「では、かぐや殿。米を研いで……」


「え……米ってどうやって研ぐのですか?」


「え……?」


 若様が固まった。鬼一も固まった。


「ちょ、ちょっと待て嬢ちゃん。米を研いだことねぇのか?」


「はい。だって私、台所入れてもらえなかったし……」


 二人は同時にため息をついた。


「時丸……覚悟を決めろ。嬢ちゃんに料理を教えるぞ。」


「……は、はい。覚悟します。」


 そこからが大変だった。

 米は飛び散る、薪は折れる、鍋はひっくり返りそうになる。


「かぐや殿、違います! そこは水を捨てるところで……!」


「ちょっ、嬢ちゃん火に近づくな! 髪焦げるぞ!」


 私は必死だったけれど、二人はずっと苦笑い。

 でも――どこか楽しそうでもあった。


「……まあ、なんとか飯にはなったな。」


「ええ……味は、悪くはありません。」


 若様が優しい声で言う。

 私は胸を張って答えた。


「でしょ!」


 鬼一が大笑いしながら、鍋を抱えていた。


「よしよし、今日はいい修行だったな!」



 こうして、私の修行の日々が始まった。

 思いのほか、それは楽しいものだった。


 刀を握れば握るほど、昨日できなかった動きが今日にはできるようになり、鬼一に褒められるたび胸が高鳴る。

 剣を“斬る”ように振れた時など、とんでもなく嬉しかった。まるで自分が変わっていくのが手に取るように分かるのだ。


 一度、ただの油断で若様に相撲で負けた時は、心底悔しかった。

 けれど、その悔しさが逆に身体を燃え立たせ、もっと強くなりたいという気持ちを芽生えさせた。

 あの日以来、私は稽古にますます集中するようになった。


 料理に関しては……まだまだ二人に笑われる程度だけれど。

 米を研ぐだけで若様が右往左往し、鬼一に頭を抱えられる始末だ。


 だがそれすらも、私にとってはどこか新鮮で、心が弾んだ。

 初めから強く、『最凶』『最悪』と呼ばれていたあのゲームの世界では決して味わえなかった感覚だ。

 何もできない自分が、少しずつできることを増やしていく――そんな当たり前の成長が、こんなにも心地よいものだとは思わなかった。


 いつしか、私が剣術を習っていると聞きつけたあきことあずみも、道場に顔を出すようになった。


 若様は二人を見た瞬間、蒼ざめた顔で深々と頭を下げ、かつての非礼を何度も何度も謝罪した。

 あの時の若様からは想像もできないほど、真剣で誠実な態度だった。


 若様は、変わった。

 初めて会ったときのあの鼻につく不遜さは、いまや完全に影を潜めている。


 稽古の合間に少し話を聞くと、彼は「勘当された」のだという。

 為憲と一緒に詫びを入れて命は助かったものの、周囲の手前、家に置いておけぬと追い出されたらしい。


 その出来事が、若様の心を大きく揺らしたのだろう。

 修行に向かう姿勢は真剣そのもので、調子に乗りやすい一面はあれど、もともと根は真面目な人なのだと思わせる。


 実際、あきことあずみに対しても、どこか償うように剣術を教え始めた。

 二人も最初こそ若様の事を怖がり、怯えていたが、若様が丁寧に教える姿に触れていくうち、徐々に普通に言葉を交わせるようになっていった。


 人間とは、こういうものなのだろうか。

 変わる時は、本当に変わるのだ。


 私はというと、あきこやあずみに頼まれれば軽く手ほどきをしたりしながら、これまで通り自分の稽古を続けていた。

 その日々は穏やかで、どこか温かく、気がつけば私の世界は少しずつ広がっていった。


そんな穏やかな毎日が過ぎたある日の事。

この出来事は突然と舞い込んで来たのだった。


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