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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
第一章 転生

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六話目 試合

 鬼一は、底の知れぬまなざしでこちらを観察するように見つめてきた。


「そうだな……。まずはお嬢ちゃんの実力が見たい。話は若様――『時丸ときまる』から聞いてるよ。嬢ちゃん、子供相手とはいえ真剣を抜いた三人に勝っちまったんだろ? その腕前、確かめておきたいんだ」


 鬼一は顎を指で撫でながら、値踏みするように興味深げな視線を向けてくる。


 まあ、ちょうどいいわ……。

 私も、この男の実力を知りたかった。

本物の鬼一法眼なのか、それとも名前だけの偽物なのか。剣術を教わるべき人物かどうか、見極めておきたい。


 私は、年相応の少女を装い、戸惑ったように鬼一へ問いかけた。


 「わ、分かりました。で、では……ど、どのようにすればよろしいのでしょうか?」


 「そうだな。じゃあ、俺と軽く試合してみようか。武器は竹刀でいく。……軽くとは言ったが、本気で来いよ。じゃなきゃ実力は分からねえからな」


 鬼一は一本の竹刀を私へ差し出し、自らも壁に立てかけていた竹刀を取り上げて肩に担いだ。首をゴキリと左右に鳴らす。


 「おい、時丸」


 「は、はい!」


 「素振りはいいから、そこに座って俺と嬢ちゃんの勝負をよく見ておけ。見るのも修行のうちだ」


 呼ばれた若様はピンと背筋を伸ばし、素直に道場の端へ移動して正座し、静かに私たちを見守る構えをとった。


 「じゃあ、嬢ちゃん。始めようか。」


 鬼一が竹刀を中段に構え、にやりと笑う。


 「お願いしますわ。」


 私はしおらしく頭を下げた――次の瞬間、床を強く蹴って踏み込み、竹刀を振り下ろす。


 「バチッ、バチッ、バチッ、バチッ!」


 何合か、鬼一と竹刀を打ち交わした。

 手加減はできない。

 この男は、おそらく私の“本質”に気づいている。

 初対面で一目見ただけで、私の奥にある狂気を読み取ったほどの男だ。


 ……だからこそ、全力を晒すのは危険。しかし手加減も通じない。

 その絶妙な間を探りながら、私は竹刀を振り続けた。


 打ち合いながら、鬼一の余裕は崩れない。

私はさらに何合か打ち合った。

試合と言っていたくせにこの男は本気を出していない。


竹刀を合わせる度、この男は私の剣の重さ、鋭さを一つ一つ確かめるように、軽口を叩きながら私の攻撃を受けていた。


 「ほう……!」


 「やるじゃねぇか」


 その声は楽しげですらあった。


 反撃もしてくるが、その剣筋はどこか散漫だ。

 しかし雑ではない。

 緩急をつけ、意図的に揺さぶり、私の反応を一つずつ観察している……そんな動きだった。


 さらに――やつは妙な“術”を使う。


 つばぜり合いになった瞬間、不意に全身から力が抜けるような感覚が走り、私は体勢を崩される。


 「っ……!」


 気づけば、竹刀を軽く払われただけで前のめりに崩れそうになる。


 (なにを……この男、いったい何をしているの?

  魔法? それともこの世界独自の術?)


 体勢を崩されるたび、私は思わず本気を引き出されていく。

 押しているのは明らかに私なのに、胸の奥にひどく嫌な感覚――焦燥にも似たものがこみ上げてきた。


 「そこまで」


 竹刀が鬼一の胴に届く寸前、彼が静かに声をかけた。


 勝敗は私の勝ち。

 だが――勝った気がしない。

 与えられた勝ち。

 掌で転がされたような、どうしようもなく不快な感覚。


 それでも私は、表面上はあくまで子供らしくふるまうことにした。


 「はぁ……はぁ……私の勝ちでありますわ。どうですか? 私の剣の腕は?」


 本当のところを聞きたかった。

 この世界で、私の剣は通じるのか――。


 鬼一は竹刀を肩に担いだまま、顎に手を当てた。


 「う~ん……」


 唸りながら、しばし私を見つめ、何かを思案しているようだった。


 「おい、時丸。まずはお前の感想から言ってみろ。どう感じた? 気にすることはねぇから言ってみろよ。」


 鬼一が軽く顎をしゃくって促す。しかし若様は、言葉を飲み込むように口を閉ざしたまま、何度もちらり、ちらりとこちらを見てくる。


 (……若様。あんな子供に何が分かるというのかしら?

  鬼一は、どうしてわざわざこの男に感想を求めるの?)


 私には、鬼一の意図が理解できなかった。


 「おい、時丸。嬢ちゃんにこてんぱんにされたからって気にしてるんじゃねぇよ。ほら、思ったことをそのまま言ってみろ。間違ってても怒らねぇ」


 鬼一が笑いながら肩を叩くと、時丸はようやく小さく「うむ……」と息を漏らし、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


 「では……かぐや殿の動きは、確かにすごうございました。速さも強さも……まことに驚くばかりで、目で追えぬ場面もございました」


 一度区切り、彼は僅かに視線を伏せる。


 「ただ……その……なんと申しますか……。

  かぐや殿の剣術……どこか“真似”のように感じ申した。

  悪く言えば、剣を振っているだけ……そんな印象を受けました」


 その言葉を聞いた瞬間、鬼一が「ほぉ」と愉快そうに笑った。


 「おっ、いいこと言うじゃねぇか。さすがは基礎だけはきっちり出来てる坊主だな。

  実はな、俺もまったく同じことを感じてた」


 鬼一は竹刀を肩に担ぎ直しながら、ちらりと私に視線を寄こす。


  「嬢ちゃんの剣は――“斬ってない”んだよ。

  叩きつけているだけだ」


 「斬っていない……? それはどういう意味ですか?」


 問い返した声は自分でも意外なほど静かだった。

 だが内心では、胸の奥が小さくざわついていた。


 鬼一はそれを見透かしたように、にやりと笑うのだった。


 鬼一は私の問いにすぐ答えず、竹刀の切っ先で床を軽くなぞった。

 その軌跡は、まるで見えない線を描くように淀みなく滑る。


 「“斬る”ってのはな、嬢ちゃん……ただ腕力で振り下ろすことじゃねえ。」


 鬼一はすっと竹刀を構え、刃のない竹刀の“刃筋”を示すように角度を変えた。


 「剣ってのは、物を“割る”ために形が作られてる。

  刃筋を通し、重心を乗せ、身体の線を一本に束ねて――初めて切っ先まで力が伝わる。

  嬢ちゃんの剣は速ぇし重い。でもな……力が“散ってる”。」


 私は眉をひそめた。


 「散っている……?」


 「そうだ。真似だけで基礎がねぇから切っ先がぶれているんだ。

  剣は叩き潰す道具じゃねぇんだよ。切り裂く道具だ」


 そう言うと鬼一は竹刀を軽く振っただけで、空気が細く裂けるような音がした。

 ほんの小さな動きなのに、妙に鋭い気配だけが残る。


 (……今の、ただの竹刀? なのに、空気が震えたような……)


 鬼一はその反応に気づいたのか、片目を細めて続けた。


 「嬢ちゃんの剣は“当てる”ことが目的になってる。

  本来なら、踏み込みの瞬間に重心が前へ流れ、腰が回り、肩が抜けて――切っ先が、意志より先に相手へ届く。

  だが嬢ちゃんのは、身体が剣に追いついてねぇんだ。

  剣が単独で暴れてるって感じよ」


 ……痛いところを突かれた。


 “剣が暴れている”

 それはまさに自分が自覚していた欠点だった。


 私は身体能力に任せて剣を振っているだけで、正しい型など身につけていない。

 ゲームの中ではそれでも“達人”扱いだったが、この世界では通用しない。


 鬼一はさらに続ける。


 「だがな、嬢ちゃん。素質だけなら、そこらの武芸者の十人や二十人、相手にならねぇ。

  剣を扱う筋が生まれつき通ってる奴なんて滅多にいねぇからな」


 その言葉が褒め言葉なのか、それともただの評価なのか私は判断できなかった。

 ただ鬼一が――私の“狂気”の核をすでに理解していることだけは、ひしひしと伝わってくる。


 「……では、私はどうすれば“斬れる”ようになるのでしょう」


 鬼一は口元だけで笑った。


 「簡単なこった。

  ――剣を“振る”のをやめて、“通す”感覚を覚えろ」


 “通す”。


 聞き慣れないが、妙に本質的な響きがある。


 「刃筋が通れば、竹でも鉄でも関係ねぇ。相手の身体が勝手に割れていく。

  それが“斬る”ってことだよ、嬢ちゃん」


 私は息を呑み、鬼一の言葉を深く刻み込んだ。


 この世界の剣術――

 鬼一の剣術――

 これはただの技術ではない。何かもっと根源的で、術に近い。


 そして私は確信する。


 (……この男は、本物だ)



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