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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 ②

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化け猫騒動 終演

 それからも私は幾度となくバケに攻撃を叩き込んだ。

 だが――いずれも、決定打にはならない。


 正直、侮っていた。


 一撃一撃は確かに入っている。

 骨を砕いてもおかしくない打撃、内臓を揺さぶる衝撃。


 それでも、バケは倒れない。

 ――タフにも、程があるわよ。


 バケは荒い息を吐きながら、それでもしっかりと四肢で地面を踏みしめていた。


 「ふぅ……ふぅ……」と肩で息をしながらも、その瞳に宿る闘志は少しも曇っていない。


 ダメージはある。

 確実に、削れてはいる。

 だが――まだ、終わらない。


 そして対照的に、私の方は限界が近づいていた。

戦いながら、ようやく理解する。

 この肉体の致命的な弱点を。


 ――まだ、出来上がっていない。


 十歳の身体では、かぐやの力を完全には引き出せない。

 全力を出すたび、筋肉は悲鳴を上げ、骨が軋む感触がはっきりと伝わってくる。


 治癒の魔法で誤魔化しはできる。

 だが、それにも限界がある。

 攻撃するたびに、ダメージが自分自身へと跳ね返ってくる。

 これ以上続ければ――先に壊れるのは私だ。


 しかも、私はバケを殺すつもりはない。

 何としても、生け捕りにする。


 急所は狙えない。

 致死性の攻撃は封じられている。

 その縛りが、じわじわと私の体力と集中力を削っていった。


 ――魔法を使う?


 一瞬、その考えが頭をよぎる。


 ……ダメ。


 麻痺の魔法は何度か試しているがヤツの妖力に阻まれ効いてはいない。


 あと使える魔法は、殺すためのものばかりだ。

 魔力自体には、まだ余裕がある。

 けれど制御が甘い。

 中途半端に撃てば、殺せなくても隙を晒すだけ。

 今の私が、バケの一撃をまともに受ければ――致命傷になりかねない。


 短く息を吐き、私は覚悟を決めた。


 ――残る手段は、一つだけ。


 この状況を覆せる、最後の切り札。


 私は浅く、しかし確実に呼吸を整え、静かに刀を持ち替えた。

 次の瞬間、ためらいなく左の手のひらを刃で切り裂く。


 皮一枚。


 赤い線が走り、血が滴り落ちた。

 その血を、私は刀身へと塗り付ける。


「――血よ、すべてを切り裂く刃となれ……」


 低く、鋭く詠唱する。


「『ブラッディーソード』」


 瞬間、刀が脈打つように震えた。

 血を吸った刃は赤黒く染まり、金属音を立てながら異様な硬度へと変質していく。


 血の魔女――ブラッディーアウラ。

 その名を象徴する魔剣。


 本来ならば触媒など必要としない。

 血そのものを硬化させ、剣とする魔法だ。

 だが今は違う。

 切れ味を犠牲にし、ただひたすらに強度だけを極限まで引き上げる。


 このなまくらの刀で、あの一撃に耐え得る“器”を作るために。


 さらに私は血流を操作し、全身の筋繊維を強制的に活性化させる。

 骨が軋み、肉が悲鳴を上げる感覚がはっきりと伝わってきた。


――無茶だわ。

 分かっている。


 この魔法は、今のかぐやの身体では一度が限界。

 使い切れば、立っている事すら怪しい。

 それでも。

 私は、この一撃にすべてを賭ける。

 刀を鞘に収め、深く腰を落とし、抜刀の構えを取る。


 視線はただ一点――


さあバケ……、全てを捧げなさい。

 

 対するバケも、私の変化を感じ取ったのだろう。

 身体から噴き出す妖気が一段階、いや二段階と膨れ上がる。

 口、鼻、眼、毛穴の一つ一つから白煙のように妖気が立ち昇り、周囲の空気を歪ませた。


 間合いが、じりじりと詰まる。


 風が止み、音が消え、世界が静止したかのような一瞬。


――先に動いたのは、バケだった。


 「シャァァァァ!」

 

 裂けるような咆哮と共に、巨体が跳ぶ。

 大きく開いた顎、並ぶ牙。

 食い殺すつもりの一直線の突進。

 

 一足一刀の間合いには、まだ距離がある。

 だが構わない。

 私は右足を、限界まで踏み込んだ。

 

 ――そう。

 

 今の私の最大の弱点は、リーチ。


どれだけ力があっても、この身体は十歳。

 物理的な差はどうにもならない。

 だからこそ。

 鬼一が教えてくれた、“それ”がある。

 リーチ差を埋める抜刀術。

 

 右足を深く、左膝が地に着くほど踏み込み、身体を限界まで低く落とす。

 視界から一瞬、私の姿が消える。

 次の瞬間――

 相手の虚をつき、下段から、逆袈裟。

 

 鬼一の技には名前がない。

 後に『京八流』、日本の剣術の源流となる流派。

 でも今はまだ存在しない。


 だから私が名を付けた。

 最凶の悪役令嬢が振るうに相応し名前を……

 

 鬼八流抜刀術……

 『下弦の月』

 

 キン――。

 鞘走りの乾いた金属音と共に、刃が閃光となって走る。

 

 狙いは、顎。

 

「バギャッ!」

 

 神速の刀がバケの顎を捉えた。

 鈍く、重い衝撃音。

 私は、そのまま全力で刀を振り抜いた。


 「ブチ、ブチブチッ」

 

 筋繊維が断ち切れる感覚。

 激痛が腕を貫く。


 ――構わない。


 これだけの速度と質量で顎を打ち上げられ、脳を激しく揺さぶられて無事な生物などいない。

 バケの巨体が宙で一回転し、頭から地面へと叩き付けられた。


 土煙が舞う。

次の瞬間。

 

 バケの身体がびくりと痙攣し、白目を剥いたまま、完全に沈黙した。

 

 私は、刀を支えに立ったまま、荒い息を吐き出した。


 「……よし」


 生きているわよね。

 気絶しているだけよね。


 それで十分。

 だって――


 「約束通りよ。あなたは、私のペットになるんだから。」

 

 倒れ伏す化け猫を見下ろしながら、私は小さく、勝利の笑みを浮かべた。



 私は刀を地面に突き立て、それを支えに深く息を吐いた。

 


 「……はぁ、はぁ……」

 

 残った魔力をかき集めるように身体へ巡らせる。


 治癒魔法は最低限。

 千切れかけた筋肉と悲鳴を上げていた関節を、どうにか“動ける”ところまで引き戻す。

 それでも足元は心許なく、身体がふらりと揺れた。


 「……さすがに、きついわね。」

 

 十歳の身体でやる無茶じゃない。

 分かっていたけれど、もう後の祭りだ。

 視線を上げる。

 

 バケは、目を覚ましていた。

 

 脳を揺さぶられ、さすがに立ち上がれないのだろう。

 荒い呼吸を繰り返しながらも、私をギロリと睨みつけてくる。

 

 ……が。

 

 私が睨み返すと。

 バケは、すっと視線を逸らし、耳をぺたりと伏せた。

 

 ――あら。

 これはもう、分かりやすい。


 「良いわよ、バケ。やっと分かってくれたのね」


 私は重たい身体を引きずりながら近づき、残った魔力でそっと治癒魔法をかける。

 これで、魔力はほぼ空。

 正直、今もし襲われたら反撃は出来ない。


 でも――もう、襲ってこない。

 それだけは確信できた。


 バケはゆっくりと立ち上がり、一度大きく頭を振る。

 そして、巨体を低くし、耳を伏せ、白目がちの目でこちらを窺っていた。


 「…………」


 あら。

 怯えてるの。

 胸の奥が、きゅん、と鳴った。


 「……なに、その顔」


 よろよろと一歩、近づく。

 バケはびくりと身体を震わせ、後ずさろうとする――が。

 もう遅い。


 「大丈夫、大丈夫よ。」

 

 私はふらつく勢いをそのまま利用して、


 「えいっ」


 バケの太い首元に、ぎゅっと抱きついた。


 「にゃっ!?」


 情けない声。

 暴れない。ただ固まっている。


 「ふふ……あったかい……」

 

 毛並みに顔を埋める。

 さっきまでの妖気が嘘みたいに、柔らかくて温かい。


 顔を上げ、私は真正面からバケを見つめた。


 「――お手」


 「……に゛ゃ?」


 「お・て」


 手を差し出す。

 バケは、私の顔と手を交互に見て――

 少し悩んだあと。

 恐る恐る。

 ごつい前脚を、そっと私の手のひらに乗せた。


 「……!」


 一瞬、言葉を失う。


 「……やだ、可愛すぎる」


 次の瞬間。


 「よくできましたぁぁぁぁ!」

 

 ぎゅうううううっ!!


 「にゃぁぁぁ!?」


 全力ハグ。

 顔を埋め、頬ずりし、背中を撫で回す。

 

「えらいえらい! お手できたわね! いい子! 最高!」


 「にゃ、にゃぁ……」


 抵抗はない。

 というより、どうしていいか分からず、されるがままだ。

 私は満足そうに頷いた。


 「うん、決定ね。」


 バケを抱きしめたまま、宣言する。


 「あなたは今日から、私のものよ、」


 「……にゃぁ……」

 

 諦めきったような、小さな鳴き声。

 ――こうして。

 死闘の末に生まれた主従関係は、

 どう考えても普通とは言えない形で成立したのだった。

     *

「さあバケ、帰りましょ。

 私は少し疲れたから、背中を貸してちょうだい」


 バケは私に背を向け、振り返って鼻先を寄せてくる。


 ――乗れ。

 

 そう言っているのが、はっきり分かった。


 「……もう、本当にお利口ね。」

 

 頭を撫で、私はその背に乗る。

 柔らかな毛並みが、頬をくすぐった。


 「さあ、山を降りて。」


 「にゃあ~」

 ひと声鳴いて、バケは軽やかに歩き出す。


 山を下り、藤吉の家の近くまで戻ったところで、待機していた平田が目を見開いた。

 


 「か、かぐや殿……こ、これは……いったい……」

 

 言葉を失うのも無理はない。  なにせ私は、巨大な化け猫――バケの背に優雅に跨り、さながら凱旋して戻ってきたのだから。

 

「はい。私が手名付けて参りましたわ。」

 

 にこり。  満面の笑みでそう告げると、平田の顔色は一段階白くなった。

 

「ど、どうです? 可愛いでしょう?」

 

 問いかける私の背後で、バケは「ごろろ……」と喉を鳴らしている。  どう見ても、つい先ほどまで人を喰い殺しかねない魔物だった面影はない。

 

 一方――


 「…………」

 

 若様と藤吉はというと、家の物陰から半分だけ顔を覗かせ、完全に固まっていた。  震える膝、引きつった表情。  逃げたいが逃げ場がない、そんな顔だ。

 

「若様?」

 

 名前を呼ぶと、若様はびくりと肩を跳ねさせた。

 

「な、ななな、なにゆえ……なにゆえそのような化け物が、こちらを……」

 

「化け物だなんて失礼ですわ。」

 

 私はむっとして、バケの首に腕を回す。


 「ねぇ、バケ。失礼よね?」


 「にゃぁ~」

 

 同意するように、バケが私の頬にすりっと鼻先を寄せた。


 「ひぃっ!?」

 

 若様は情けない声を上げ、思わず一歩後ずさる。


 「ほら、ご覧なさい。とっても良い子ですのよ。」

 

 私はバケの喉元を撫でながら、くるりと若様を振り返った。


 「若様も、触ってみます?」


 「……は?」


 若様の口から、魂の抜けたような声が漏れた。


 「だ、大丈夫で御座るのか……?」


 「ええ、もちろんですわ。ね? バケ」


 「にゃあ」


 尻尾をふたつ、ゆらりと揺らすバケ。


 「さあ、若様。近くへどうぞ。」


 私に促され、若様は観念したように一歩、また一歩と近づいてくる。  その手は小刻みに震えていた。


 「よ、よろしいか……?」


 「ええ。では、見ていて下さいね。」


 私は一歩前に出て、手を差し出した。


 「バケ。――お手」


 「にゃあ!」


 ずしり。

 

 太く、重い前脚が、私の手のひらに乗った。


 「ほら! お利口でしょう?」


 「…………」

 

 若様は言葉を失い、ただ呆然とその光景を見つめている。


 「さあ、若様も!」


 「わ、わ、わたしも……?」


 「ほら、可愛いからやってみて下さいな。」


 にっこり笑う私は、若様の逃げ道を奪った。

 若様は覚悟を決めたように、震える手を差し出した。


 「……お、お手……」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間――


 「にゃっ」


 バケが首を傾け、若様の顔をじっと見つめた。


 「……?」


 そして。


 パク!。


 「―――――――――――――――っ!?」

 次の瞬間、頭から丸ごと、がぶりと咥えられた若様は膝から崩れ落ち気絶していた。


 「ちょっとバケ!」

 

 私は慌ててバケの鼻先をぺしっと叩く。


 「だめでしょう、『お手』よ? 『お手』! 『パクッ』じゃありませんわ!」


 「にゃぁ……」

 若様を放し、しょんぼりするバケ。

 

「もう……甘噛みでしょう? 若様、大袈裟なんですから。」

 

 私は気絶した若様を一瞥し、ため息をついた。


 「ねぇ、バケ」


 ぎゅっと抱きしめる。


 「ごろろ……」

 

 バケは喉を鳴らし、再び私にすり寄ってきた。

 その光景を前に、平田と藤吉は顔を引きつらせたまま、ただ立ち尽くしている。


 ――こうして。

 化け猫退治は無事に終わり、  屋敷には一匹の新しい“家族”が増えた。

 

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