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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 ②

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17/25

化け猫騒動①

 お鈴さんの一件が片付き、松戸屋の偽造品騒ぎもようやく町から熱を失い始めた頃のこと。


 私は若様の弓の稽古に付き合わされていた。


 若様は今こそ勘当中の身とはいえ、いずれは許されて家へ戻る身分の人間である。

 そのため剣の修行はもちろんのこと、弓や槍といった武芸も一通り身につけねばならないらしい。


 ……らしいのだが。


「またワシが勝ちもうしたぞ、かぐや殿」


 普段は私に負けてばかりの若様が、今日はやけに得意げに胸を張ってみせた。


 その様子に、私は――

 ほんの少し。

 本当に、ほんの少しだけ、イラッとしていた。


 私は元々、弓が得意なわけではない。


 ゲームの中では弓などほとんど使わなかった。

 魔法の弓というものは確かに存在していたが、あれは構えさえすれば、放った瞬間に勝手に標的へ追尾していく代物だ。

 あんなもの、弓の腕などなくても誰でも当てられる。


 そもそも、ゲームの私の設定には弓の能力値など与えられていなかった。


 ファンタジーゲームにおいて弓という武器は、地味で、後方支援向きで、剣よりも火力が低い。

 いわば日陰の存在だ。


 主人公が使う武器でもなければ、

 ましてや――私のような“最凶”とまで呼ばれた悪役、ラスボスが振るう武器でもない。


 やはり主人公やラスボスというものは、派手な剣技や、派手な魔法を叩きつけてこそ存在感があるというものだ。


 とはいえ、このかぐや本人の身体能力と、ゲーム時代に付与されていた格闘センスのおかげで、並の弓使い程度には扱える。


 実際、威力だけなら若様より上だ。


 だが――若様は少し違う。


 異常なまでの正確性。


 毎回寸分違わぬ構え。

 放つタイミングも、呼吸も、すべてが一定。

 読みやすいと言えば読みやすいのだが、その安定感が逆に不気味だった。


 急所を外さず、しかも連射までしてくる。


 これはもう、才能――

 センスと呼ぶべきものだろう。


 若様には、確かにそれがある。


 もしこのまま弓を極められたら、なかなか厄介な相手になるに違いない。


 ……分かってはいるのだが。


 それでも――

 どうにも、少し。

 ほんの少しだけ、腹が立つ。


 まったく。


 若様のくせに、生意気なのよ。


 まあ、そんな具合に内心いら立ちながら弓の稽古に付き合っていると、いつからそこにいたのか、あずみが私たちに声をかけてきた。


「かぐや! 若様!」


「あら、あずみ。いつ来たの?」


「今よ。あきこと一緒にね。道場に行ったら鬼一さんが来てて、かぐやと若様を至急呼んで来てくれって言われたの。」


 ……至急。

 胸の奥に、小さな引っ掛かりが生まれる。


 若様と顔を見合わせ、私たちは急いで道場へと向かった。


 道場に着くと、鬼一はいつものように上座に腰を据え、あきこと楽しげに話し込んでいた。

 その空気を遮るように、私は声をかける。


「鬼一さま、お呼びですか?」


「おう、二人とも来たな。早速なんだが……」


 そう言って皆を集めると、鬼一は話を切り出した。


 話の内容は、こうだ。


 竹取の郷から数里離れた場所――『鷲頭山』。

 そこに妖怪が住み着き、近隣の田畑を荒らし、家畜を襲い、最近では村人や旅人までもが被害に遭っているという。


 妖怪……。

 ゲームの世界で言えば、いわゆる「魔物」みたいなものかしら。


「……それで?」


 私が問い返すと、鬼一はいつもの調子で、とんでもないことを口にした。


「それでな、嬢ちゃん。ちょっとサッと行って、退治して来てくれねぇか?」


 ――は?


 思わず言葉を失う。

 隣を見ると、若様も、あきこも、あずみも、見事に唖然としている。


 私は即答した。


「……いやで御座いますわ。」


 至極当然の返答である。

 中身はともかく、見た目はまだ十歳の子供だ。そんな子供に妖怪退治など、正気の沙汰ではない。

 正直、面倒だし、理由もない。


 人が襲われている?

 ――だから何。

食べれちゃいば良いじゃない。

 弱い者が淘汰されるなど、世の常ではないか。


 私はぷいと顔を背け、拒絶の意思を示した。


「いやいや、嬢ちゃん。そこを何とか頼むよ。嬢ちゃんの足なら数里なんてすぐだろ。その気になりゃ、一晩で片が付く。」


 ……全く話が通じない。

 私の師匠は、もしかして馬鹿なのかしら。


 若様たちも黙ったままだ。

 いい加減、苛立ちが募る。


「ならば、鬼一さまが行かれるのが筋では御座いませんか?」


 私は、きっぱりと言い放った。


「おそらく、この件は鬼一さまに持ち込まれた討伐依頼でしょう。

 決して、わたくしのような小娘に来る話ではない筈です。

 でしたら、鬼一さまご自身がサッと行って、退治なさればよろしいのでは?」


 あまりにも正論。

 我ながら非の打ちどころがない。


 すると――。


「かぐや殿の言う通りで御座います。妖怪退治など、子供にさせるものではありません。」


 若様が、珍しく即座に賛同した。


「そうよ。かぐやに行かせるのはおかしいわ。鬼一さんが行けばいいじゃない。」


 あずみも続く。

 当然よね。


 しかし――。


 あきこだけが、顎に手を当て、ううん、と唸りながら考え込んでいた。


 ……ちょっと、あきこ。

 嫌な予感しかしないんだけど。


 案の定、あきこは言葉を選ぶようにして、鬼一に問いかけた。


「鬼一さま……何か、お考えがおありなので御座いますか?

 よろしければ、お聞かせください。」


 その瞬間、鬼一は頭を掻き、困ったような、それでいてどこか含みのある表情を浮かべた。


 「いや、あの……、お考えとかではなくてな。それがな、ちょっと――ぎっくり腰を……」


 「……はっ?」


 思わず、鋭い視線を鬼一へと突き刺してしまった。

 鬼一は一瞬びくりと肩を震わせると、罰が悪そうに視線を逸らす。


 話を聞けば、どうやら事情はこうだ。

 松戸屋の一件で、懇意になった検非違使たちと毎晩のように酒宴を開き、どんちゃん騒ぎを続けた挙げ句、一昨日の夜、見事に腰をやったらしい。


 ――なるほど。


 「それで、昨日から様子がおかしかったのね。」


 昨日、私が道場へ顔を出した時のことを思い出す。

 鬼一は珍しく自室に引きこもり、襖の向こうから苦しそうな声でこう言っていた。


 『ちょ、ちょっと今日は……しょ、書類の整理をしなくちゃいけねぇ。今日は部屋から出れねぇから、勝手に稽古やっててくれ。』


 今にして思えば、あからさまな言い訳だ。

 そもそも、この男が書類など扱っているところを、私は一度も見たことがない。


 やはり怪しいと思ったのよ。


 さらに鬼一は、観念したように頭を掻きながら言い訳を重ねる。


 「実はさぁ……為憲殿から、少し前から妖怪退治の依頼を受けてたんだけどよ。ちょっと面倒で、つい先延ばしにしてたんだよ。」


 ――ほう。


 「そんなところに、こんなことになっちまってな。今さら断るのも、ちと恥ずかしくてよぉ……」


 いい加減にも程がある。


 私は深く息を吐き、改めて目の前の男を見つめた。

 豪胆で、剣の腕は確かで、修羅場も潜ってきたはずの人物。

 だが、その実態は――。


 (本当にこの人、あの伝説の『鬼一法眼』なのかしら……)


 疑念が、じわじわと胸に広がっていく。


 私は静かに、だがはっきりと告げた。


 「鬼一さま……情けのう御座いますわ」


 皮肉をたっぷりと含ませたその一言に、

 鬼一は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


 若様は頭を抱え、あきこやあずみは揃って冷ややかな白い目を鬼一へと向けていた。

 まあ、そうなるわよね。


 そんな視線を一身に浴びながらも、すべてを白状して逃げ場を失った鬼一は、ついに恥も外聞もかなぐり捨てた。

 なんと、年端もいかぬ私の前で両手を合わせ、深々と頭を下げてきたのだ。


「頼むよ、かぐや。おめぇしかいねぇんだろ、こんな事を出来るヤツはよ……」


 必死さが滲む声で、鬼一は続ける。


「お前は強ぇ。大丈夫だ。必ず帰ってこられる。

 帰ってきたら、何でも言うこと聞くからよ……頼む!」


 ……まったく。


 そこまで言われてしまっては、さすがに突き放すのも気が引ける。

 剣術を教えてもらっている恩もあるし、まだ日が浅いとはいえ、その成果を試してみたい気持ちもあった。


 それに――魔物退治。


 転生してから、ようやく本気で渡り合えるかもしれない相手だ。


 胸の奥が、ぞくりと静かに震える。


 私はその高鳴りを悟られぬよう、わざとらしく溜め息をついてから、鬼一を見下ろした。


「……それで。その妖怪とかいうものは、どのような存在なので御座いますの?」


「おう、受けてくれるか!」


 鬼一の顔が、ぱっと明るくなる。


「どうやらな、その妖怪――『化け猫』らしいんだ。」


「……猫?」


 思わず、口元が引きつった。


 チッ。


 私は心の中で、はっきりと舌打ちをした。

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