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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊 終演

「子どもが……何故ここに……?」


 左兵衛は、信じられぬものを見るような顔で私を凝視していた。

 だが、その困惑はすぐに警戒へと変わる。視線が鋭く細められ、まるで私の正体を測ろうとするようだった。


「……もしや、貴様か。お前が、この一連の騒ぎを仕組んだ張本人なのか?」


 張本人、ね。

 少し違うわ。仕掛けたのは鬼一様だし、私はお鈴さんから話を聞いて伝えただけ。

 せいぜい“きっかけ”かしら。私は顎に手を当てながら、そんなことをぼんやり考えた。


 そんな私の態度に、左兵衛は何かを決意したように立ち上がり――竹筒の紐へと手を伸ばした。


「動くな、小娘。動けば……木っ端微塵になるぞ。」


「……何なの、それは?」


「これか? ふん……“震天雷(しんてんらい)”じゃ。唐の国から密かに流れてきた最新の武器よ。」


 左兵衛は竹筒を掲げ、薄気味悪い笑みを浮かべた。


「中には“火薬”という黒き砂と鉄片が詰まっておる。この紐を引けば、三つ手を叩く間もなく炸裂する。検非違使の首など、これ一つで飛ばせるわ。」


 ――手榴弾。

 そんな物騒な代物、この時代にあったなんて知らなかった。


 なるほど、これが左兵衛の“奥の手”。

 

何だ!思ったより……つまらない。


「まあ、怖いですわ。怖くて震えてしまいます。……少し、念仏でも唱えてもよろしいかしら?」


「念仏じゃと?」


「ええ。……血潮の奔流よ、今、鎮まれ――バルジー!」


 私の詠唱が静かに空気を震わせた瞬間、魔法の封が音もなく成立した。


 これで“仕込み”は完了。


 左兵衛が竹筒を構えたまま警戒するのを横目に、私はゆっくりと刀の前へ歩いた。


 刀を拾い上げ、優しく鞘を撫でる。


「――わたくし、これを取りに参っただけでございますの。お鈴さんの刀、『月読』を返していただきますわ」


「お鈴……? 貴様、あの女の身内か?」


「違います。お鈴さんの“亡霊”から頼まれたのです」


「亡霊だと……」

 左兵衛は嘲笑を浮かべ、鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい。幽霊が何じゃ。だが刀は渡さん! この屋敷にあるものは、すべてワシの物じゃ! びた一文、誰にも……」


 言葉を言い切るより早く、左兵衛は竹筒の紐を強く引こうとした。


 ――しかし。


 その手は、わずかに震えたまま固まった。

 腕が痙攣し、指は紐に触れたまま動かない。


「……ど、どういう……ことじゃ……? 体が……動かん……!」


 左兵衛の顔が蒼白になり、肩が痙攣し、目が見開かれる。


 私はゆっくりと彼に視線を向け、静かに微笑んだ。


「どうなさったのでしょうね、左兵衛さま? 紐が、引けませんの?」


 魔法の余韻が、まだ空気の底で淡く揺れていた。


 「教えて差し上げますわ。それは『魔法』……、陰陽術の一種、そう思って頂いて結構ですわね。」


 私はゆっくりと歩み寄りながら告げた。


 「あなた様の血を縛り、首から下の自由を奪いましたの。どうです? ほら……指一本、動きませんでしょう?」


 左兵衛の顔が、ぐに……と不自然に引きつった。

 その目が見開かれ、赤く血走り、じわじわと恐怖が瞳を濁していく。


 竹筒――震天雷を掲げたまま、男の喉がかすれた音を漏らした。


 「な、な……に……これ、は……っ」


 「フフ……最高の顔ですわね。」


 私は刀を抜いた。

 刃が畳を舐め、青白い光を一筋に走らせる。


 その瞬間、左兵衛の喉からくぐもった悲鳴が漏れた。

 唇は震え、歯はカチカチと小刻みに鳴り、全身は痙攣を起こしているのにまったく動かない。

 ただ顔だけが、まるで絞り出されるように“絶望”だけを語っていた。


 小娘だと侮っていた。

 震天雷があるから勝てると思い込んでいた。

 その全てが、今この瞬間、音を立てて崩れていく。


 この男の運命が、そこで完全に決壊したのが分かった。


 「その絶望の目……。

  私にとって最も甘美なブラッド

  さあ――すべて、捧げなさい。」


 「ひ、ひ……ひいいいッ……!」


 左兵衛の喉は震え、しかし体は動かない。

 叫びたいのに叫べない、逃げたいのに逃げられない、地獄そのもの。


 私は刃を返し、刀の峰を横なぎに振るった。


 「ッッ!」


 空気が張り詰めた刹那、肉の上を走る衝撃。


 「ボキッ……ボキッ!」


 脇腹に当たった瞬間、骨が複数本まとめて砕けたのが分かった。

 左兵衛の身体は畳の上で跳ね、壁へと吹き飛ばされ、鈍い音を立てて崩れ落ちた。


 泡を吹き、目は見開かれたまま。

 全身が痙攣し、呼吸は荒く、しかし死んではいない。


「ホント。大袈裟な人……ちゃんと手加減はした筈ですわよ。」


私は近づき、意識が遠のいていく左兵衛の耳元で、優しく囁いた。


「では、この刀――お鈴さんの“月読”は頂いていきますわ。楽しいひとときでした。感謝いたします。」


ふと目に入った黒い木箱。

中には“震天雷”がいくつも転がっている。


(ふふ……これも、勿体ないわね。)


私は何個かを風呂敷に包み、丁寧に結わえた。

音を立てないよう立ち上がり、部屋を後にする。


背後には、倒れたまま痛みに喘ぐ左兵衛。

息はある。ただ、もう立ち上がる気力もなさそう。


――終わりよ。

あなたの店も、名も……。


それでも、最後に残った表情は……悪くなかったわ。


私は足音を消しつつ、静かに部屋の闇へと溶けていった。


事件は、こうして幕を閉じた。

 店主・左兵衛と番頭の弥七は、検非違使によって引き立てられ、さらに一連の悪事を知りながら黙認していた奉公人や手代たちも、次々と捕らえられていった。


 やがて偽造品の騒ぎは町中へと知れ渡り、町は一時、蜂の巣をつついたような大混乱となった。

 なかでも松戸屋を贔屓にしていた貴族や武士たちの慌てぶりときたら……。私には、それが何とも愉快でならなかった。


 その夜、私たちは道場へと戻り、ささやかな祝勝会を開いた。


「万事うまくいきましたな、お師匠様!」


「ああ。これもお前らの働きのおかげよ。」

 鬼一は豪快に笑うと、杯を傾けて言った。


「検非違使にも恩を売れたしな。これでしばらくは、ちいと悪さをしても見逃してくれるわい。」


「お師匠……それは聞き捨てなりませぬ……」

 若様は苦笑し、あきことあずみは達成感に満ちた表情で笑い合っていた。


 そんな折、鬼一が私の抱えた刀へと目を向ける。


「して、嬢ちゃん。その刀はどうするつもりだ?」


「はい。お鈴さんに報告したあと、ご実家へ届けようかと。」


「そうか、勿体ねぇな。月読だろう? もらっちまえばいいものを。」


「鬼一様、お詳しいのですか?」


「ああ、噂程度にな。」


 鬼一は刀を手に取り、静かに鞘を払った。

 月光を吸ったような鋭い光が、刃に満ちる。


「神話の時代、スサノオノミコトが振るった剣が、黄泉の神・月読に渡った――そう語り継がれとる。


真名は『天羽々斬(あめのはばきり)』。

八岐大蛇を斬ったとされる剣よ。まあ、あくまで伝説だ。この刀が本物かどうかなんざ、誰にも分からんさ。」


 鬼一はそう言って、そっと刀を納めた。


 ――そして、騒動が収まった夜。

 私は一人、柳の下へと向かい、刀を携えてお鈴さんの名を呼んだ。


「お鈴さん。お鈴さん。」


「……かぐや様。」


 柳の影が揺れ、ふわりと彼女の姿が浮かび上がる。


「刀を取り返してきましたわ。」


 私が差し出すと、お鈴さんの瞳が潤み、震える手がそっと刀へ伸び――しかし触れることは叶わず、指先は刃をすり抜けた。

 それでも彼女は、触れられぬ刀を何度も撫でるように手を滑らせ、静かに涙をこぼした。


「……お父様。」


 ひとしきり想いに沈んだあと、彼女は顔を上げた。


「左兵衛の方は……?」


「破滅よ。」


 私が微笑むと、お鈴さんも満足そうに口元を歪め、「フフ……」と微笑んだ。


「では、お約束通り。この刀、お受け取りくださいませ。母も……私の死後、ほどなくして病で亡くなったと聞いております。もうこの刀を継ぐ者はおりません。どうか、かぐや様がお持ちください。」


「ありがとう。」


 私は刀を抜いた。

 月光を浴びた月読は、闇を裂くように妖しく輝いた。


 ――もっとも、今の私の背丈では、振るうのにまだまだ早いわね。


 そんなことを思っていると、お鈴さんがふわりと笑った。


「では……かぐや様。私、もう逝こうと思います。復讐も果たせました。もう、心残りはございません。本当に……ありがとうございました。」


「こちらこそ。大切に使わせてもらうわ。

 ……お鈴さん。次に生まれ変わってくる時は、お皿には気をつけてね。」


 私の冗談に、お鈴さんは小さく微笑んだ。


「はい……では、おさらばです。」


 風が通り抜けるように、彼女の姿はふっと消えた。


 私はしばらく柳を見上げ、そっと別れを告げる。


 ――さようなら。


 月明かりの下、私はもう一度、刀――いや、天羽々斬を見つめた。

 黄泉の神が持ち、八岐大蛇を斬ったと伝わる剣。


 これほどの力を持つならば。


 いつか必ず迎えに来る、あの“存在”。

 私の運命を揺るがし続ける『アレ』を――斬ることだって、きっと。


 風が柳を鳴らし、月が静かに照らす。

 闇はまだ終わらない。けれど、私はもう恐れない。


 刀を握りしめ、ゆっくりと歩き出した。



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