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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊⑦

 私は傀儡と化した弥七を伴い、静まり返った蔵の中へと足を踏み入れた。薄暗い空気が肌にまとわりつき、埃の匂いが鼻をつく。そんな中、私は彼の耳元へ囁きかける。


「弥七さん、模造品はどこにあるのかしら?」


「か、かぐや様……ここでございます。」


 弥七は焦点の合わない目のまま、ぎこちない動きで正面を指差した。


 ……ここ?

 思わず眉をひそめる。


 お鈴さんの話では、模造品は蔵に入って右奥の隠し扉の向こうにあるはずだった。だが、弥七の指すのは正面。隠し扉の位置とはまるで違う。


(他にも隠し蔵が? それとも……)


 疑問が浮かび、さらに問いただすと、弥七の口から思わぬ言葉が漏れた。


「この蔵すべての品でございます。」


「……は?」


 さすがの私も呆気にとられる。


 この箱すべてが、模造品?

 そんな馬鹿な――いや、むしろ壮観ですらある。小銭稼ぎの子悪党程度に思っていたが、どうやら左兵衛は予想以上の巨悪だったようだ。


 さらに弥七は続ける。


「本物は……隠し扉の奥に、ございます。」


 その言葉を聞いた瞬間、自然と笑いがこみ上げた。


(ああ、本当に破滅ね)


 ここまで悪事を積み重ねていれば、露見すれば死罪は免れないだろう。しかも、偽の器を掴まされた貴族や武士が知れば収拾がつかない。


 ……見事よ、左兵衛。

 少しだけ情けをかけたくなるほどに。


 もちろん、そんなつもりは毛頭ないのだけれど。


 私は息を整え、弥七とともにいったん蔵の外へ出た。そして言い含めるように命じる。


「弥七、もうすぐ役人が来るわ。その時は――分かっているわよね?」


「もちろんでございます、かぐや様。役人に蔵を案内し、左兵衛と私の悪事をすべて申し上げればよろしいのですね。」


「そうよ。あとはよろしく。」


「かしこまりました。」


 弥七はゆっくりと頭を下げる。その顔には生気のない笑みが貼りついていた。


 さあ、いよいよ本番。ここからが私の仕事。


 蔵の裏口へ回り、そっと外を覗く。鬼一の話では検非違使(けびいし)を連れて待機しているはずだが――


(ああ、いたいた)


 検非違使の役人たちと談笑する鬼一。私は小声で呼びかける。


「鬼一さま、鬼一さま」


「おう。嬢ちゃん、首尾はどうだ?」


「順調ですわ。弥七さんが、蔵の前で皆さまをお待ちしています。」


「……待ってる?」


 怪訝な顔の鬼一に、私は唇を吊り上げて答える。


「ええ。少し説得しましたら、協力してくれると。フフ……」


 鬼一はさらに訝しげに眉を寄せたが、やがて吹き出す。


「……お前、何した。薬でも盛ったのか? まあいい。なら話は早ぇ。こっちも動く。お前は時丸達に伝えとけ。」


「承知いたしました。」


 鬼一はすぐさま検非違使に説明し、彼らは二手に分かれて屋敷へ突入していく。


(さあ、大詰めね)


 私は若様達へ報告に向かい、その混乱に紛れてお鈴さんの刀――月読を回収する算段だった。


 鬼一達が蔵へ向かうのを見届けると、天井裏づたいに客間へ急いだ。


 その途中、若様の怒声が響き渡る。


「左兵衛、九枚しかないとはどういうことじゃ! またワシを謀る気か!」


「め、滅相もございません!」


(ふふ、盛り上がってるわね)


 胸の高鳴りを抑えながら、天井板の隙間から覗く。


 若様は刀を抜き、左兵衛へ迫っていた。左兵衛は後ずさりし、蒼白になって命乞いをしている。その狼狽ぶりに、私は小さく肩を震わせた。


(いい顔ね……)


「時丸さま、お、お待ちください! い、今、確認いたしまする! ご慈悲を……!」


 左兵衛は震える手で皿を一枚ずつ確認していく。


 そして――動きが止まった。


(気づいたわね……)


 視線がゆっくりと、若様が割った皿の破片へと移っていく。ワナワナと震え始め、口を開くが声にならない。


(理解できない? 現実を受け入れたくない? どちらでもいいわ。最高よ)


 そんな彼に追い討ちをかけるように、慌ただしい足音が響いた。


「旦那さま! 検非違使様方が蔵を見せよと押しかけております!」


「な、なに!検非違使じゃと、と、時丸さま、し、しばらく、しばらくお待ちくだされ!」


 左兵衛は完全に取り乱し、客間を飛び出していった。


(ああ、最高の見世物だったわ)


 私は天井を軽く叩いて合図を送った。


「トントン、トントン」


「かぐや殿か?」


「はい。素晴らしい演技でしたわ、若様。“悪童”の名に恥じませんね。」


「ふふん! であろうであろう。あの左兵衛の顔、たまらんかったぞ。かぐや殿にも見せてやりたかった。これでお鈴の弔いにもなろう。」


 上機嫌の若様に、私はさらに続けてあきことあずみに声をかける。


「二人ともお疲れさま。あきこは若様に負けないくらい見事でしたわ。あずみは……まあまあね。」


「でしょ!? スッキリしたわよ!」


「な、なに言ってるのよ……二人して調子に乗るから、私は寿命が縮んだんだから……!」


 興奮するあきこに対し、あずみは青ざめている。おとなしいあきこ、男勝りのあずみ……立場が逆転していて少し可笑しい。


「それで、お師匠様は?」


「はい。すでに蔵の方です。正面からも検非違使が押し入っていますわ。左兵衛にはもう逃げ場はありません。」


「よし! では我々も向かおう。かぐや殿は?」


「私は刀――月読を回収してまいりますわ。」


「うむ、気をつけてな!」


 若様、あきこ、あずみが客間を出ていく。


 さて――私も動くとしましょう。


 左兵衛の部屋へ。お鈴さんの刀を取り戻すために。


 刀を回収するついでに、私は屋敷の状況を探った。

 正面から踏み込んできた検非違使たちは、すでに土足で廊下を進み、奉公人や手代たちが必死になって体を張って押し返していた。


「お待ち下さいませ! どうか、どうか……!」


「邪魔立てするな。店主・松戸左兵衛はどこにおる!」


 屋敷中が嵐に巻き込まれたような大混乱。

 ──さて、肝心の左兵衛はどこかしら?


 私は天井裏を滑るように進み、ひときわ強く怒声が響いた方へと向かった。


「や、弥七が……裏切ったと申すか?」


「は、はい。番頭さまは今、検非違使さまと一緒に裏の蔵へ……」


 ──いたいた。


 怒りか、あるいは絶望か。

 信じた者に裏切られた時、人はどんな顔をするのかしら。

 膝を折り、崩れ落ちる? それとも一思いに死を選ぶ?


 もちろん自害など許さない。

 死罪が下るまで、しっかり地獄を味わってもらわなければ。


 私は天井裏から身を伏せ、左兵衛の様子を伺った。


「じ、時間を作れ……! ワシにはまだ手がある。

 それまで、なんとしても検非違使をワシの部屋に近づけるな……いいな」


 ──え? 手がある、ですって?


 この状況で、まだ隠し札があるとは。

 やるじゃない、この男……。


 “部屋”と言ったわね。

 刀を回収するついでに、ぜひ見せてもらいたいものだわ。その“奥の手”とやら。


 私は先回りし、天井裏から左兵衛の部屋を見下ろして待った。


 ほどなくして、慌ただしい足音とともに左兵衛が障子を開け、畳へ膝から崩れた。


「な、何故じゃ……。何故こんな事に……。

 あの小僧か? 為憲の悪童の仕業か……?

 いや、あんな小僧に……。

 もしや──弥七か。店を乗っ取るつもりで……。

 散々甘い汁を吸わせてやったのに、裏切るとは……。

 だがな……ただでこの店はやらぬ。死ねば、もろともじゃ。

 この左兵衛……ただでは死なぬぞ。」


 声は震え、しかし妙な執念だけは濁って残っていた。


どうやら自害を選んだようだけど、『ただでは死なない』らしいわね。


 左兵衛はフラフラと立ち上がると、何もない壁に手をつき、まるで合図のように押し込んだ。


「ギィ……」


 壁が……開いた。

 まるで忍び屋敷のような隠し扉。


 思わず私は苦笑した。


 左兵衛はその奥から、黒光りする大きな木箱を必死に引きずり出した。

 腰の高さほどある、異様に重そうな箱。

 蓋を開けると、竹筒のような物を取り出し、顔に歪んだ笑みを浮かべた。


 ──そこまでよ。


 私は天井板を踏み抜き、ふわりと畳の上へ降り立った。


 突然の闖入者に左兵衛は尻餅をつき、口を開いたまま固まった。


「──こんにちは、左兵衛さん」


 私は口角を上げ、軽く会釈してみせた。


 その瞬間、ようやく左兵衛は現実に引き戻される。


「こ、子供?お……お前、何者だ……」


「さぁ……?」


 私は首をひねりながら、ゆっくりと彼を見据える。


 左兵衛は竹筒を握りしめたまま私をじっと見つめる。


 静寂が落ちる。


 私は一歩だけ進み、薄闇に沈む左兵衛の影を見下ろした。


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