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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊⑥

 私達が村へと辿り着いた時、そこに広がっていた光景は、聞き及んでいた惨状をさらに下回るものだった。


 田畑は無残に踏み荒らされ、食い散らかされた野菜が泥にまみれて散乱している。


 家々は壊され、壁が崩れ、屋根が落ち――中には原形を留めていないものすらあった。


 人の気配が、まるでない。


 風が吹き抜ける音だけが耳に残り、そこは生きた村ではなく、既に捨て去られた廃村のように静まり返っていた。


「……本当に、人がいるので御座いますか?」


 あまりの閑散ぶりに、若様が思わず平田へ問いかける。


「は、はい……。いえ……今、目の前に見えている家々は、恐らく空き家かと……。

 もう少し奥に、まだ住んでいる者がおります。ただ……皆、あの化け猫を恐れて、家に閉じこもっている筈で御座います。」


 平田の声にも、どこか確信のなさが滲んでいた。

 私達は彼に案内され、辛うじて人の気配が残っていそうな一軒の家の前に立った。


 ……ドンドンドン。


「おい! おるか? 検非違使の者じゃ。ここを開けてくれ!」


 返事はない。

 家の中は、死んだように静まり返っている。


 ……ドンドンドン。


「オーイ! 生きておるか! 返事をしろ!」


 平田はさらに声を張り上げるが、それでも応答はなかった。

 彼は諦めたように、苦々しい表情で私達を振り返り、静かに首を振る。


 ――その時。


 ガタッ。


 家の中から、確かに物音がした。

 続けて、


 ガタガタ……ガタ……


 何かが倒れ、引きずられるような音が響く。

 やがて、軋む音と共に、戸がゆっくりと開かれた。


「……」


「おお、生きておったか。返事くらいせい。」


 安堵と苛立ちが混じった声で平田が呼びかける。


 戸口に姿を現したのは、頬がこけ、目だけが異様に落ちくぼんだ中年の男だった。

 生気は乏しく、まるで長い間、恐怖と飢えに晒され続けてきたかのような顔つきだった。

 

――この村が置かれている現実を、その姿が何より雄弁に物語っていた。


 平田は一歩前に出ると、痩せた男へ向けて声を張った。


「藤吉よ。良い知らせを持って参ったのじゃ。

 こちらの御二方は、この地を治めておられる藤原為憲様のご子息――時丸様と、そのお付きのかぐや殿で御座る。

 此度、この地の現状を視察に来られたお方なのじゃ。」


 藤吉の目が、わずかに見開かれる。


「武芸にも秀でておられ、昨夜、街道沿いで化け猫が現れた折には、このお二人が奮戦し、追い払ってくださったほどよ。

 本日の視察次第では、援軍の手配も考えてくださるとのこと。

 まずは今の村の状況を詳しく知りたい。ここでは何じゃ、家に上げてはくれぬか?」


 藤吉はしばし呆然としていたが、やがて深く頭を下げた。


「……それは、それは。誠にありがとう御座います。

 こんな粗末な家で御座いますが、どうぞ、お上がり下さいませ。」


 戸が開かれ、私達は家の中へと通された。

 中は静まり返り、囲炉裏のそばで三人が身を寄せ合うように座っていた。


 私と同じくらいの年頃の子供と、痩せこけた母親らしき女、そして今も不安を隠しきれぬ表情をした老人――家族なのだろう。


 藤吉が私達を紹介すると、張り詰めていた空気がわずかに緩み、家族の肩から力が抜けていくのが分かった。


 囲炉裏を挟んで腰を下ろすと、平田が本題を切り出す。


「藤吉よ。今の村の状況を、時丸様達に話してくれ。」


「……はい」


 藤吉は一度喉を鳴らし、言葉を選ぶように語り始めた。


「村は……一応、今は落ち着いております。

 いえ、正しくは――もう奪う物が残っていないだけで御座います。」


 その言葉に、胸の奥がひやりと冷えた。


「人はまだおります。しかし残っているのは年寄りばかり。

 私のような若い者もおりますが……この通り、皆痩せ細り、生きる気力も失いかけております。


 ここ最近は、夜になると化け猫は山へ、あるいはこの先の村へ向かっているのではないかと……。」


「この先の村まで、被害が出ておるのか?」


 若様が低く問いかけると、藤吉は力なく頷いた。


「はい。人が襲われた話はまだ聞きませんが、田畑はかなり荒らされているそうで御座います。」


 若様は唇を噛みしめ、悔しさを押し殺すように言った。


「……ここまでとは思っていなかった。

 誠に遅れてしまったこと、父上に代わり詫びを申す。本当に、すまなかった。」


 深く頭を下げる若様に、藤吉は慌てて手を振る。


「と、とんでも御座いません!どうぞ頭をお上げ下さいませ!」


 若様はゆっくりと顔を上げると、私の方を振り返った。


「一刻の猶予もないな。

 どうする、かぐや殿。何か、妙案は御座らぬか?」


 ――妙案、ね。

 若様が言いたいことは分かっている。

 援軍を待つ時間など、もはや村には残されていない。

予定通りここで討とうと言うことね。


 私は藤吉の方へ向き直った。


「藤吉さん。援軍を呼ぶためには、もう少し詳しい情報が必要です。

 化け猫の住み処、その周囲の地形、そして姿。

 為憲様に正しく伝えるためにも、わたくし自身の目で確かめねばなりません。」


 藤吉の目が、驚きに揺れる。


「ですから――

 誰か、ヤツの住み処まで案内できる方は、いらっしゃいませんか?」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 やがて藤吉は深く息を吐き、顔を上げた。

 先ほどまで生気のなかった瞳に、かすかな光が宿っている。


「……では、わたくしが。」


「よろしいのですか?」


「はい。

 年寄りには、あの道のりは無理で御座います。

 若い者に頼もうにも、皆恐れて動けぬでしょう。」


 藤吉は拳を握りしめ、言葉を続けた。


「このまま何もせねば、家族共々、ただ死を待つのみ。

 もし一縷の望みがあるのなら……

 わたくしが、皆を代表して案内いたします。」


 その目には、逃げ場のない覚悟が宿っていた。

 ――ここまで追い詰められているのだ。


 私は藤吉の家族へ視線を向ける。

 母親と子供は、疲れ切った表情で、それでも静かに頷いていた。


 私は小さく息を吸い、藤吉に向き直る。


「……分かりました。

 では、案内をお願い致します。」


 こうして私達は、化け猫の巣へと向かう決断を下したのだった。



藤吉の仕度が整うまでのあいだ、私たち三人は家の片隅に集まり、簡単な作戦会議を始めた。


「では、わたくしが一人で様子を見て参ります。若様と平田様は、ここで待機していてくださいませ。」


 そう告げると、平田が慌てて身を乗り出した。


「かぐや殿、お一人では危険では……せめてわたくしが――」


 私はすっと手を上げ、その言葉を制した。


「いえ。人数が増えれば、それだけ見つかりやすくなります。それに、わたくしは身が軽うございます。万が一襲われても、逃げ切る自信はございますので。」


 ――もちろん、建前だ。


 平田が付いて来たところで戦力になるどころか、場合によっては守る手間が増えるだけ。そう判断してのことだった。

 若様も察したのか、平田に向かって小さく首を振る。


「心配無用で御座る。かぐや殿は、わたくしより武芸に秀でておるし……逃げ足も速いで御座るからな。」

 

 ……逃げ足?

私が逃げるですって


 一瞬、こめかみがぴくりと動いたが、ここで突っ込むのは大人げない。私は引きつった笑みを浮かべるに留めた。


「それから、念のためこちらをお渡ししておきますわ。」


 そう言って差し出したのは、数本の長い竹筒だった。


「これは……?」

 

「『震雷天』と申す、唐の国の武器で御座います」


 若様は竹筒を手に取り、まじまじと眺める。

 

「このような物が武器とは、とても思えぬが……」

 

「松戸屋の一件の折、左兵衛が隠し持っていたものを、少々失敬してきましたの。

 中には火薬と呼ばれる砂が入っておりまして、この紐を引くと……三つ数える間に破裂する仕組みだそうですわ。」

 

「破裂……?」

 

「こちらは少し仕掛けが違い、紐に火を点けると、紐を伝い燃えてから破裂いたします。」


 二人は揃って首を傾げ、いまひとつ要領を得ていない様子だった。

 

「では……試してみましょうか。」

 

 私自身、実際に使うのは初めてだった。

 私たちは家の外へ出て、荒れ果てた畑の端に立つ。私は二人に耳を塞ぐよう合図した。

 

「よろしいですか? 耳を塞いでくださいまし。」

 

 二人が慌てて耳に手を当てたのを確認し、私は竹筒の紐を引いた。

畑の中央へ、軽く放る  


 ――ひとつ、ふたつ。

 

 

「……っ!」

 

 三つ数えるより早く、

 

 ドォォォン――――ッ!!

 

 地面を叩き割るような轟音が炸裂し、爆風が土と枯れ草を巻き上げた。空気が一瞬で押し潰され、衝撃が胸を叩く。遅れて、焦げた土と硝煙の匂いが鼻を突いた。

 

「……え?」

 

 思っていたより、ずっと凄い。

 目を丸くしたまま立ち尽くす私の横で、若様と平田は――

 腰を抜かして、その場にへたり込んでいた。


 「……」

 

 二人とも、口を開けたままこちらを見ている。

 私は我に返り、咳払いをひとつ。

 

「え、ええと……。ど、どうです?」

 

 にこり、と笑ってみせる。

 

「……凄い、でしょう?」

 

 自分で投げておきながら、内心では大慌てだった。

 

(ちょ、ちょっと待って……左兵衛、こんな物を本気で使うつもりだったの?)

 

 思わず冷や汗が背中を伝う。

 地面に座り込んだまま固まっている二人を見下ろし、私は小さく首を傾げた。

 

「……あら? お二人とも、大丈夫で御座いますか?ホホホホ。」

 

 ――どうやら、この武器。

 想像以上に、危険な代物だったらしい。



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