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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊⑤

 いよいよ――作戦の決行である。


 私は若様たちとは別れ、一足先に松戸屋へ忍び込むことになった。

 もっとも、私に課せられた役目は、思っていたほど多くはない。


 屋敷の内情を確認し、若様たちが動く合図を送ること。

 そして番頭から隠し蔵の鍵を奪い、偽造品の存在を確かめ、外で待ち受ける鬼一へ知らせる。

 やるべきことは、それだけだ。


 しかも、下準備はすでに昨日のうちに済んでいる。


 偽造品に関する情報――新しい荷が届く時期や、隠し蔵の位置については、事前にお鈴さんから聞き出していた。

 幽霊というものは、案外と便利である。


 もう一つ、皿の件も問題はなかった。

 お鈴さんによれば、彼女が割ってしまった偽物の皿は、まだ補充されていないという。

 つまり、あの中に一枚だけ、本物を混ぜ込めばいい。


 鬼一が語った作戦は、こんな感じだ。


 若様たちが屋敷を訪れれば、必ず一番出来のいい客室へ通される。もてなす側として、それは当然の流れだ。その部屋に、私はあらかじめ“偽物”の皿を置いておく。


 作戦通り、若様は言い出すだろう。

――その皿を見せろ、と。


 そうなれば、左兵衛は断れない。

面子も、立場もある。見せざるを得なくなる。


 さらにその皿を若様が気に入ればどうなるか。左兵衛は内心で彼を侮り、したり顔でこう勧めてくるはずだ。

「どうです、若様――」と。


 その瞬間を逃さず、あきこが偽物だと指摘する。


 羞恥と侮辱に塗れた若様は、必ず激昂するだろう。

そして“偽物”の山の中から、本物を選び出し――


 そして割る。


 いささか生ぬるい気もするが、悪くはない。

 割れた皿が本物だと気づいた瞬間の、左兵衛の顔。

 想像するだけで楽しい。


 もっとも、屋根裏に潜む私から、その表情が見えるかどうかは分からないのだけれど。


 さらに私は、番頭の弥七にも仕掛けを施しておいた。


 アホ面を晒し、大口を開けて眠りこけている彼の口に、私の血を一滴垂らす。

 そして、静かに呪文を唱える。


「血は誓約、命は代価。

 汝の命脈、我が指へと繋げ。

 抗う意思は要らぬ、疑う心も要らぬ。

 動け――我が命ずるままに。

 《クリムゾン・パクト》」


 血を媒介として相手を操る、傀儡の魔法。

 一滴では効果の持続は短いが、それで十分だ。

 私の魔力に反応して発動し、せいぜい二時間……長くて三時間といったところかしら。


 鬼一が役人を連れて踏み込んだ際、弥七本人に蔵へ案内させ、自分の口で白状させる。

 これなら言い逃れは出来ないし、何より――

 信頼していた番頭に裏切られたと知った左兵衛の顔が、さらに愉快なことになる。


 そして、私にはもう一つ、確認しておくべきことがあった。


 ――やはり、今は無理ね。


 お鈴さんから奪った刀、『月読』。

 左兵衛はよほど気に入っているのか、それを寝床の傍に置いてあった。


 今なら簡単に奪える。

 だが、それでは明朝すぐに騒ぎになり、作戦どころではなくなってしまう。


 まあ、明日のどさくさで回収すればいいでしょう。


 それにしても……

 こうして考えると、私は働き詰めだ。

 一応、まだ十歳の女の子なのだけれど。


 本当に、人使いが荒いわね……鬼一様は。


 ――と。


  来たわね、若様たち。


 店の外がざわついた。

 天井裏からそっと視線を移すと、見覚えのある三人の姿が目に入る。


「――流石、『悪童』と呼ばれているだけのことはあるわね。

 どれだけ暴れ回っていたのかしら。」


 通りを行き交う町人たちは、若様の顔を認めるや否や、蜘蛛の子を散らすように道を空けていく。恐怖と警戒が入り混じった視線が、ひりひりと肌を刺す。


 三人は松戸屋の前で足を止め、建物の上――私が潜むその辺りを見上げた。

 合図を待っている、ということね。


 私はすかさず窓を少しだけ開け、用意していた赤い布をひらり、ひらりと振ってみせた。


 ――気付いた。


 あずみがわずかに頷くのが見える。三人は顔を見合わせ、意を決したように店の中へと足を踏み入れていった。


「……さあ、開演ね。」


 小さく息を吐く。

 松戸左兵衛――その破滅の幕が、いま静かに切って落とされた。


 番頭の弥七は店にいる。

 左兵衛は奥の屋敷で帳簿を確認中。


 それらはすでに把握済みだ。

 あとは、舞台に立った役者たちが、どれほど上手く立ち回ってくれるか――。


 私は天井裏からそっと身を乗り出し、店内を覗き込んだ。


 若様が姿を現しただけで、店の中には小さなどよめきが走る。

 そのとき――。


「おい。番頭はおるか!」


「は、はい。わたくしで御座います!」


「ほう、お前が番頭か。ワシの顔は分かるか?」


「は、はい……。為憲様のご子息、時丸様で……」


「そうじゃ。今日はな、ワシの許嫁――『あき姫』のために、いくつか良い品を今すぐ用意してもらいたくて出向いたのじゃ。

 店主の左兵衛を呼べ。」


「は、はいっ! か、かしこまりました!」


――やるじゃない、若様。


 天井裏で、思わず感心してしまった。

 堂々とした物言い、過不足のない威圧感。

 悪童と恐れられる評判を、見事に自分の鎧として纏っている。


 武士などやめて、役者にでもなればいいのに……。

 もっとも、本格的な役者というものは、まだこの時代には存在していなかったかしら。惜しい話ね。


 やがて、店の奥から慌ただしい足音が近づいてくる。


――来たわね、主役が。


 私はほくそ笑みながら、覗き穴に視線を戻した。


「これはこれは、時丸様。

 わたくしがこの店の主、松戸左兵衛で御座います。

 番頭の弥七より伺いました。今日は許嫁の姫様のために、とのことで……」


「そうじゃ。

 許嫁『あき姫』に贈り物をしたくてな。南蛮の珍しい品を扱っておると聞き、わざわざ足を運んだのじゃ。

 何か良い品を、見繕ってはくれぬか。」


「は、はい、かしこまりました。

 では、ここでは何ですので……どうぞ、お上がりくださいませ。」


 ――上々ね。


 舞台は、次の幕へ。

 私は音を立てぬよう再び身を引き、次の“見せ場”に備えた。



 予定通り、若様たちは松戸屋の客間へ通された。


 卓の上には、左兵衛が自慢げに選び集めた品々が並べられている。しかし――それらを前に、若様とあきこは顔色一つ変えず、次々と難癖をつけ始めた。


「……わたくし、この程度の品なら、すでに幾つも持っておりますわ。」


「おい、左兵衛。

 もっと、あき姫が心から喜ぶような品はないのか?

 大層な噂を聞いて来てみれば、この店も案外、大したことはないな。」


「た、ただいま! ただいまご用意いたします……!」


――やるわね、あきこ。


 普段は大人しく控えめな癖に、今の強気な物言い。

 若様と並んで左兵衛を追い詰めていく様は、もはや演技を超えて“地”なのではないかと思えてくるほどだ。


 それに引き換え、あずみは……。


 二人の圧に完全に呑まれ、顔は引きつり、座っているだけで精一杯といった様子。

 あれでは、勘の鋭い者に気取られてしまわないか、少し心配になる。


 けれど――。


 それを差し引いても、愉快でたまらなかった。

 左兵衛の焦りよう。額に浮かぶ脂汗。言葉一つ一つが上ずり、必死に体裁を繕っているのが手に取るように分かる。


 もっとも、本番はここからだが。


 客間に運び込まれては積み上げられていく数々の品。

 それら一つ一つに文句をつけるあきこ。

 それに呼応するように、苛立ちを隠さぬ口調で罵倒を重ねる若様。


 ――息が合いすぎよ、あなたたち。


 まるで本物の夫婦のような連携に、私は天井裏で思わず感心していた。


「……そろそろ、かしら。」


 私が薄く笑みを浮かべながら様子を見守っていると、あきこが――わざとらしいほど不意を装って、客間の端に置かれた箱を指差した。


「時丸様……。

 わたくし、あの箱が見とう御座います。」


「どれじゃ?」


「あの部屋の端にある箱で御座います。

 あれは、噂に聞いた唐の国よりもたらされた『彩雲十景』では御座いませんか。

 十枚一組と言われる貴重な品……一度、拝見してみとう御座います。」


 その瞬間だった。


 左兵衛は、あきこの指し示す先を見たまま――完全に、動きを止めた。


 呆然とした表情。

 驚愕と動揺が、その顔にありありと浮かんでいる。


――それはそうよね。


 本来、そこに在るはずのない箱なのだから。


「分かった、あき姫。

 左兵衛、その箱をこちらへ持ってまいれ。」


「い、いや……あの箱は、その……ちょ、ちょっと……」


「なんじゃ。見せられぬと申すか?

 このワシに、しかも姫御前で、恥をかかせるつもりか?」


 若様の怒声が、客間に鋭く響き渡った。


 さあ、どうするの?

 左兵衛さん。


 貴方なら、あの箱が“偽物”の皿を収めたものだと分かっているはず。

 本来、中身は九枚しかない。

 ――それが十枚揃っていたなら、その時の貴方の顔、さぞ見物でしょうね。


 さあ若様。

 もう一押し……頑張って。


「左兵衛よ。

 見せられぬと言うなら、父上に申し上げ、この店ごと潰しても構わぬのだぞ。

 ――良いのじゃな?」


 “悪童”の名に相応しい脅し文句に、私は思わず噴き出しそうになった。


 ……いいわよ、若様。

 少し、見直しましたわ。


「は、はい……。

 か、かしこまりました……。」


 左兵衛は全身を小刻みに震わせながら箱へと近づき、それを両手で抱え、若様の前へ差し出した。


 床に平伏したまま、声もなく震え続ける左兵衛。

 その様子を見下ろしながら、私は思わず――くすりと笑みを零していた。


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