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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊④

 私は、お鈴さんから聞かされた話を、順を追って鬼一たちに語った。

 初めて聞いた時は、正直なところ、そこまで深く考えずに聞き流していた程度の曖昧な話だった。

 だが、若様が口にした「偽造品」の話を聞いたことで、それらは不思議なほど噛み合い始めた。


 そもそも、その話は私の何気ない問いかけから始まっている。


「その男……松戸左兵衛に、他に何か秘密はないの?

 どんな些細なことでもいいわ」


 あきこに身の上話を語り終えた直後、私はお鈴さんにそう尋ねた。

 お鈴さんを騙し、名刀を奪ったという事実だけでは、相手を追い詰めるには心許ない。


 証拠はない。

 直接手を下したわけでもない。


 言い逃れをされれば、それで終わる可能性すらある。


 私はそれを、心底つまらないと思った。


 欲しかったのは、もっと決定的なもの。

 突き付けられた瞬間に、相手の顔が絶望で歪む――そんな、逃げ道のない「何か」だ。


「そうですねぇ……」


 お鈴さんは少しの間、考え込むように視線を彷徨わせ、やがて静かに顔を上げた。


「確かなことは言えませんが……」


 そう前置きしたうえで、語り始めた。


「私が、あの男に仕返しが出来ないかと屋敷の中を彷徨っていた頃のことです。

 番頭の『弥七』が、左兵衛の耳元で何かを囁いている場面を、すぐ近くで見たことがありました」


 ――例の“モノ”が届きました、と。


 その言葉だけが、妙に耳に残ったという。


「例のモノ……それは何だったのですか?」


 首を傾げたあきこをよそに、私は続きを促した。


 お鈴さんは静かに頷き、話を続ける。


「その夜のことです。

 番頭と左兵衛は、人目を避けるように蔵へ向かい、昼間に届いた『荷』を確認しておりました。

 私は物陰から、その様子を見ていたのです。もっとも……幽霊ですから、気づかれるはずもありませんけれど」


 そう言って、かすかに苦笑する。


 夜に行われる荷の確認。

 それだけでも、十分に不自然だった。


 私はあきこと顔を見合わせ、小さく頷いてから先を促す。


「二人は、こんな会話をしていました」


『旦那さま、今回の荷も、なかなか良い出来ですね』


『ああ、弥七。これでさらに一儲け出来るな。はははは』


「それだけで御座います。

 その後、二人は中身を確かめ終えると、蔵から出て行きました。

 中身までははっきりとは……ですが、唐や新羅の皿や壺、髪飾り、掛け軸……そのような物が並んでいたと思います」


 ――それだけ。


 話としては、確かに弱い。

 夜に荷を確認する商人など、いくらでもいるだろうし、会話の内容も単なる金儲けにしか聞こえない。


 その時は、私もそう思っていた。


 けれど――。


 それがもし、「偽造品」だったとしたら?


 貴族や武士を狙い、表では善人面をし、裏で偽物をさばいて財を成す。

 そう考えれば、すべてが一つの形に収まる。


 私はその考えを口にした。


 すると、鬼一は腕を組んだまま、口の端を吊り上げた。


「……確定だな」


 その一言が、静かに、しかし決定的に響いた。


 点だった疑念は、線となり、

 やがて――逃げ道のない輪へと変わろうとしていた。


 鬼一の放った一言に、その場の空気が一変した。

 部屋にいた全員の表情が、曖昧な疑念から、確信へと変わっていくのがはっきりと分かる。


「……では、どうすべきでしょうか、お師匠様」


 若様が慎重な声音で問いかけた。


「父上にお伝えし、役人を差し向けて捕らえてもらう……それが最善ではないでしょうか?」


 ――何を言っているの、若様。


 私は思わず胸の内で叫んだ。

 それでは、あまりにも――普通すぎる。


 駄目よ、そんなの。

 もっと時間をかけて、少しずつ、逃げ場を奪い続けなければ面白くない。

 それに――。


 私が内心で焦りと苛立ちを募らせていると、鬼一は若様の言葉に応えるように、わずかに眉をひそめた。


「そいつは弱ぇ手だな」


 低く、だがはっきりとした声音だった。


「仮に役人が踏み込んだところでよ、蔵にその“偽造品”が残ってなかったらどうする。

 もう全部売っちまった後かもしれねぇ。

 あるいは、とっくに別の場所に移してる可能性だってある」


 鬼一はそこで一拍置き、口角を吊り上げる。


「それによ……面白味がねぇ」


 その言葉に、私は思わず頷きそうになるのを必死で堪えた。


「そんな生温い幕引きじゃ、お鈴さんは浮かばれねぇだろ。

 そいつには、もっと相応しい“罰”をくれてやらねぇとな。

 こう……顔をひきつらせて、泣き喚くくらいのな」


 ――さすがだわ。


 私の剣の師匠は、やはり分かっている。

 そうよ若様。こんなに愉快な状況を、安易に終わらせていいはずがない。


 追い詰めて、追い詰めて、

 最後は、逃げ場のないところまで連れて行ってやるのよ――破滅へと。


「……では」


 若様は難しい表情のまま、鬼一を見据えた。


「どのような策を、お考えなのですか」


 問いかけを受け、鬼一は静かに笑った。

 そして手招きをするように皆を近くへ集める。


「いいか。ここからが本番だ」


 そうして始まったのは、

 松戸左兵衛を――


 ゆっくりと、確実に、

 破滅へ導くための作戦会議だった。


 作戦会議が終わり、必要な準備もすべて整った。

 いよいよ――決行の日である。


 道場には、いつもとは明らかに異なる緊張が満ちていた。

 若様とあきこはそろって少し硬い表情のまま立っている。

 そんな二人の様子を、あずみだけが可笑しそうに眺めていた。


 若様は、ここ最近見慣れてしまった薄汚れた道着ではない。

 私が初めて会った日のように、丁寧に仕立てられた着物を身にまとい、頭には烏帽子。

 その姿は、紛れもなく高貴な家の御曹司そのものだった。


 あきこも若様に合わせるように、余所行きの華やかな着物を羽織り、手には花束のように整えられた“虫の垂れ布”を携えている。

 二人並ぶと、まるで本当の許嫁のように見えなくもない。


 ――それに比べて、私といえば。


 全身を黒の装束で固め、姿だけ見れば忍びそのものだった。

 だが、それにはちゃんと理由がある。


 鬼一が立てた作戦は、実に面白く、そして腹黒いものだった。

 若様が許嫁を伴い、「噂の一品を見たい」と松戸屋に乗り込む。

 表向きは完全に“買い物”だ。


 若様が勘当され、今や道場に身を寄せていることは、世間にはほとんど知られていない。

 それどころか彼の評判は、今なお芳しいものではなかった。


「為憲の悪童」――

 私と出会う以前、悪い仲間と徒党を組んで荒れ回っていた噂は消えていない。


 無論、今の若様には、その面影など微塵もない。

 ただの腰抜け……なのだが、それはそれ。


 悪評というものは、使い方次第で立派な武器になる。

 恐れられている存在、しかもこの地を治める藤原為憲の息子。

 その権威は絶大だ。


 そんな人物が、許嫁を連れ

「婚約者のために品を見せろ」

 と言って押しかけてきたら――松戸屋が断れるはずもない。


 断れば暴れられるかもしれない。

 ことが親の耳に入れば、それこそ終わり。

 鬼一は、そこまで計算していたのだ。


 なお、当初は――

 私がその“許嫁役”を務める案もあった。


 だが、私は即座に首を振った。


「嫌で御座います。たとえ嘘でも、私の許嫁を名乗る殿方は、私より強くなければ認めません」


 半分は本音。

 もう半分は単なる我が儘――若様の許嫁など、御免被りたかった。


 ただし、鬼一に言わせれば、最初から私をその役にするつもりはなかったらしい。

 私には、別の役目が用意されていた。


「屋敷の中に潜り込んで、証拠を探せ」


 ――要するに、忍び役だ。


「私が……屋根裏を這いずり回るので御座いますか?」


「そうだよ。身軽なのは嬢ちゃんしかいねぇだろ」


 即答だった。


 そう言われてしまえば、拒否も出来ない。

 本音を言えば、あずみのようにあきこの傍に控え、左兵衛の顔が歪んでいく様を、安全な場所から眺めていたかったのだが――仕方がない。


 それに、私にはどうしても探さねばならないものがあった。

 そういう意味では、むしろ都合が良い。


 作戦の最後は、私の合図と同時に鬼一が役人を連れて踏み込み、偽造品を押さえる。

 松戸屋は、お陀仏。

 実に分かりやすい幕引きだ。


 美味しいところを鬼一に持っていかれるのは少し癪だが……まあ、役割分担というやつだろう。


 私は護身用の小刀の感触を確かめながら、ふと考えた。


 ――やっぱり、私が許嫁役でも良かったかしら。


 そんな今更な後悔を胸の奥に押し込み、

 私は、闇へ潜る覚悟を決めた。


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