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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章 竹取ノ郷編

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皿数えの亡霊③

「……まことで御座いますか?」


 お鈴が、縋るような目で私を見上げた。


 私は軽く頷くだけで答えた。

 それだけで十分だ。


 ――胸が、躍る。


 手助けとは言え、久しぶりだ。

 恐怖に歪み、希望を失い、最後には感情そのものが壊れていく……あの表情を見るのは。


 破滅し、絶望の底で呆けたように笑う、あの愉快な顔。

 ああ、思い出すだけで心が弾む。


 さて……どうしてくれようかしら?


 まずは素直に縛り上げて拷問して、全部吐かせる?

 どうせこんな小物、裏でいろいろやらかしているに決まっている。

 帳簿、賄賂、脅し、口止め――叩けば埃どころか、汚泥が噴き出すはず。


 ……でも、ダメね。


 短絡的すぎるわ。

 せっかくなら、もっと“段取り”が欲しい。


 いっそ手足を一本ずつ……と思いかけて、首を振る。


 違う、違う。

 それだと絶望が浅い。

 ただ痛がって喚くだけの顔なんて、正直もう見飽きた。


 弱いヤツほど、追い詰める前に壊れる。

 悲鳴と涎と涙でぐしゃぐしゃになって……面白みがないのよ。


 もっとこう……

 自分が安全だと思っている場所で。

 自分が勝者だと信じ切った瞬間に。

 一つずつ、大切な物が崩れていく感じが――


 ――エヘヘヘへ。


「……お、お嬢ちゃん?」


 不意に声をかけられた。


「大丈夫? なんか……顔が、不気味に笑ってるけど……」


 あ。


 しまった。


 妄想に没頭しすぎた。

 本音の顔が、すっかり出てしまっている。


 いけない、いけない……。


 私は慌てて表情を引き締め、何事もなかったかのように首を傾げた。

 子供らしく、無邪気に、無害そうに。


「ねえ、お鈴さん」


 私は声音を柔らかくして言った。


「手伝ってあげる代わりに、ちょっとだけお願いがあるのだけど……いいかしら?」


「……何で御座いますか?」


 私は彼女を手招きし、そっと耳元で囁いた。


 言葉を重ねるごとに、お鈴の目が少しずつ見開かれ、やがて覚悟の光に変わる。


「……良いで御座います。それくらいなら……」


 了承の言葉に、私は満足げに頷いた。


 後は……駒を揃えるだけね。


「あきこちゃん、こっちに来て。」


 倒れた若様とあずみの横で、一部始終を目撃していたあきこに向かって手を振る。


 怖いもの好きの彼女でも、本物の幽霊はさすがに別らしい。

 顔を青くして、首をぶんぶんと横に振る。


「だ、大丈夫だよね……? 本当に……」


「平気よ。怖くないから」


 私は近づいて、震える手を取った。


 そのまま立ち上がらせ、にこやかに紹介する。


「この人はね、お鈴さん。

 事情があるの……ちゃんとお話、聞いてあげて」


 視線で合図を送ると、お鈴は静かに頷き、あきこに向き直った。


 そして――先程聞かされた、あの身の上話を語り始める。


 怯えながら、けれど目を逸らさずに話を聞くあきこの横で、私は一歩下がった。


 さあ……面白くなってきたわ。


 フフフフ……。


 どんな復讐にしてあげようかしら。

 左兵衛――あなたの“人生”そのものを、じっくり味わわせてあげる。


 夜は、まだ始まったばかりだもの。



 そして、次の日――。


 朝の稽古が始まる前、私は鬼一に昨夜の出来事を話していた。

 隣では、あきこがうんうんと頷きながら、時折身振りを交えて補足している。


「幽霊に出会ったのかい、嬢ちゃん?」


 鬼一は思った以上に驚いた顔をし、それでも顎に手を当てて、私たちの話を遮らずに聞いていた。


 昨夜――柳の下で姿を現したお鈴さん。

 最初こそ怯えていたあきこも、彼女の身の上話を聞くにつれ、次第に表情を曇らせ、ついには目を潤ませていた。


「……ゆ、許せないわ」


 ぽつりと零れたその言葉が印象に残っている。


 普段は大人しく、人前で感情を荒らげることのないあきこが、握りこぶしを作って怒りを見せたのだ。

 あずみならまだしも、あきこがああなるのは珍しく、思わず見てしまった。


 話を終え、お鈴さんが静かに姿を消した後、私たちは気絶したままの若様とあずみを起こして家路についた。


 道すがら、「幽霊と会話した」という事実に二人は盛大に引いていたが、あきこからお鈴さんの話を聞くうち、その反応は一変した。


「……それは、あまりにも酷い話で御座いますな」


 若様は珍しく憤慨した様子で言った。


「その幽霊――お鈴殿。ぜひとも、お助けしたいで御座います」


「ホントよ」


 今度はあずみだ。


「松戸屋でしょ? 私、知ってるわ。

 あのオヤジ、人が良さそうな顔してるくせに、裏でそんなことしてるなんて最低よ」


 どうやら、あずみは『松戸左兵衛』という人物そのものを知っているらしい。


 彼女の話によれば――


 松戸屋とは、現代で言うところの“輸入雑貨屋”のような商いをしている家で、南蛮渡来の高級品や珍しい道具、唐や新羅からの品々を扱い、急速に財を成した商家だという。


 その当主、松戸左兵衛は二代目。

 人当たりが良く、商人仲間からの評判も高い。

 町のために金を出すことも多く、今風に言えば福祉めいたことにも積極的――だが、それはあくまで表向きではないか、とあずみは首を傾げた。


「お父さんが言ってたわ。

 『松戸屋……ちょっと怪しいんだよな』って。意味までは分からないけど、あんまり好いてなかったみたい」


 曖昧な言い方ではあったが、十分に信憑性はあった。


 あずみはこう見えても、町でも名の知れた商人の娘だ。

 父親は溺愛気味ではあるが、町での発言力も人望もある人物。

 そんな男が怪しいと感じているのなら――やはり、何かある。


 結局その夜は、皆で道場に泊まり、今こうして私は鬼一に全てを話している。


「松戸屋ねえ……」


 鬼一は腕を組み、低く唸った。


「なかなかに、厄介な相手だな」


「存じているので御座いますか?」


 私がそう尋ねると、鬼一は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「出稽古で、武士や貴族の屋敷に行ったときな。

 ちょくちょく見かけた商人がいて……たぶん、あれが松戸屋だ」


 鬼一は視線を宙に投げる。


「いろいろ売り込みに来てやがってな。

 どうも、この辺りの有力者とも繋がっていそうだった」


 そして少し間を置き、吐き捨てるように続けた。


「噂までは聞いたことねぇが、ああいう“善人ぶる”ヤツは、決まって裏がある。間違いねぇよ」


 ふいに、鬼一は若様の方を振り返った。


「――時丸。お前、何か知らねぇか?」


 突然話を振られた若様は、腕を組み、唸るように考え込む。


「う~ん……」


 しばし沈黙。


 やがて、彼は顔を上げた。


「……そういえば」


 その言葉とともに、気になる話が飛び出そうとしていた。


「……私が勘当される前に、父上が口にしていた話の中に、偽造品が出回っているという話がありました」


 若様はそう言って、わずかに視線を伏せた。


「偽造品?」


 鬼一が眉をひそめ、低く聞き返す。


 そのやり取りを聞きながら、私とあきこは自然と顔を見合わせ、静かに頷き合った。


「はい。

 それが松戸屋と直接繋がるかは分かりませんが……南蛮からの輸入品の中に、偽物が混じっているという訴えがあると、父上が話していたのを聞いたことがあります」


 若様の声は慎重だった。


「主に騙されているのは、貴族や武士が多いそうです。

 身分が高い分、疑うこともせず、高価な品を掴まされる……。

 そう考えると、今のお師匠様の話と、どこか繋がっているように思えて……」


「……なるほどな」


 鬼一は短く相槌を打ち、腕を組んだまま黙り込んだ。

 頭の中で、ばらばらだった情報を組み合わせているのだろう。


 その沈黙を待つように、私は一歩前に出た。


「あの……鬼一様」


 全員の視線がこちらに向く。


「実は、私とあきこも……昨夜、お鈴という幽霊から、似たような話を聞かされました」


「ほう……」


 鬼一の片眉が、わずかに上がる。


 南蛮渡来の品。

 偽造。

 そして、松戸屋――松戸左兵衛。


 点だった話は、確実に線になり始めていた。



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