part9
その日の夜のこと。どうにも食欲が出ず、食事分浮いた時間でぶくぶくと長風呂を堪能した。頭の中で今日の整理を終え、火照った体ひんやりとしたシーツの上に仰向けに倒れる。
スマホを弄りながら、何してるんだろう? バイトもしてなければ、部活も大して活動してるわけでもない。せめて勉強くらいは頑張らないとな~、葵に今日のことについて一報入れてきちんと仲直りした方がいいかな? でも私、悪くないのに謝るのもおかしな話だしなと結局、何も行動することなくただただ、youtubeを見たりで怠惰な時間を過ごしている。
「あいちゃ」
突如、振動したスマホが私のご尊顔にダイレクトアタック。そこまで痛いわけでもないが、鼻がじんじんする。
葵かなと液晶を見てみると、兄の名前だった。
……まあ、いい。ちょうど兄にでも愚痴を言いたかったところだ。
「ちわ~。三河屋で~す」
「サブちゃん!? 見た目完全外人かつ陰気臭いお前がそういうネタを時々、揚々と突っ込んでくるの違和感しかないな」
私のしょうもないボケを丁寧に突っ込んでくれる程度には兄妹仲は良好だ。親子仲はどちらとも冷えているが。
「そんな、深窓の令嬢だなんて。照れますね」
「いっとらんわ。なんだか、やけっぱち。嫌なことでもあったか?」
おお、鋭い。見直したぞ。
「そうなんですよ。実は……」
「ってお前の事情はどうでもいいんだよ。それよりも……」
ふぁっきん。
「俺もお前も目をつけていた例のガキンチョ裏が取れたぞ」
「おお、そりゃ、重畳」
私が喜んだのも束の間、耳を疑う言葉が次に出た。
「そう。裏が取れた。奴は白だ」
息を呑む。釣られて兄の方もごくりと生唾を呑む音が電話越しに聞こえた。
「……本当の本当に白なんですね?」
「おそらくは。お前も下見しただろうあの高架下に死亡推定時刻の上限いっぱいの30分前にはいたことが明らかになった」
そもそもその高架下から事件現場までは徒歩で30分以上、どうにかこうにかバイク等を使ったとしても殺す手間を考えるとその条件ならほぼほぼ不可能と言っていいだろう。
「なるほど。それは厳しそうですね」
「話が変わってきた。俺はこれからどうすればいい?」
「ここまで聞いても私にはどうにも彼が無関係とは思えません。私達学生が手を出しにくい死亡時刻をスライドさせるトリックが無かったのかについてもう一度調べてみてください」
「分かった。これからお前はどうするんだ?」
「そうですね。聞き込みの強化を図ります。いじめられていた彼には考えにくいですが、周辺関係を再び洗い出して共犯になってくれそうな人を当たってみます」
自分で口に出してみて頭を抱える。そんな人物いるもんか。母親? 話によるとあまり良くない母親らしいからそりゃあないよな。親は親でも荒波の方の親の可能性は? 無くはないが、石上との関係性は? 無関係? 偶然? 行ってみなきゃ分かんないか。
でも、一つ確信に近い思いがある。こういう誰にでも考えられる軌跡では彼の思考に辿り着くことはないだろう。きっと何かがある。彼に対して有利に働いている何かが。
そして、それを見つけなければこの事件は解決できないのだろう。