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part7

「呼びかけておいて何を話せば、何から話したらいいのか?」

「お気になさらず。こちらから質問します」

「あぁ……、はい。そちらの方が助かります」

年齢で言えば石上拓真と同級生らしいので、彼の方が一つ年上のはずだが、葵が会話の主導権を握っているためか逆の印象を与える。

一度ちらりと見ただけの相手を覚えていたのも驚きだが、こうも柄の悪そうな相手に対し、物怖じせず強気に会話できているのも感嘆だ。簡単ではない。

というか、人によって態度をあまり変えないのだろう。

特にこの人は怖そうだから下手に出ようとか、そういうのは嫌いそうだ。下手にでるくらいなら、いつもより強気で行く方がいいと思ってもいそうだ。

「ここからは隣の玖音から質問させていただきます」

「ええ……、そういうの得意じゃあないんだけどなあ」

まるで油断していた。

この男、先ほど吉田だとか名乗っていたか。名前はどうだってよいのだが、こうも初対面のしかも、葵があの一瞬でクラス全員を見えていて覚えていたというわけではあるまい。

順当に考えて、石上をイジメていた取り巻きの一人だろう。性格が終わっているのが確定していて、しかもあの高校ということはクズ猿。本当気乗りはしないが、少しくらいは仕事してかっこいいところ見せていかないとね。

「最初は軽めのから、どうして声を掛けてくれたのですか?」

「罪悪感があったから、荒波が死んだのはきっと自分たちのせいであって、だからそのリーダー格の早川が殺されたのはどんなに目を背けても確かなことで、もしかしたら自分も殺されるんじゃないかとも考えたらもう、誰かに話さずにはいられなかったんです」

「いい心構えだよ。何もしないよりはあなたのように少しでも行動する方がよっぽど心が健康だ」

口には出さないが、葵の意見には首をかしげる。賛同できない。

彼のその行動には彼の言う通り罪悪感や恐怖からという以上の理由は無い。

それにどうせその罪悪感とやらもここ最近のこと、恐怖よりも後のことだろう。

荒波とやらが自殺した時もどうせ仲間内で笑いあっていただろう。最初はそうだ。そして、そのリーダー格が殺されたことで彼の言う通り恐怖が生まれる。

そこで初めて自分の中の罪悪感と向き合うのだ。

それで?

やっていることが年齢も下、ほぼ初対面の私たちに泣きつくとはなんとも情けない。

人数、同調圧力、スクールカーストその他諸々を利用して、誰かを貶めることで自分の立場を死守してきた本当の弱者が、命の危機に晒され、そのメッキが剥がされ、ありのままで野に放たれたら、やっぱりやることは命乞いだ。お前は痛い、やめてくれという言葉に耳を傾けたことが無いだろう。

罪悪感というのもどこまでが信用できるものか。

自分も弱い立場になって、恐怖心から生まれ出でた罪悪感なんて本当の物か?

あれだ、死刑囚も刑の直前になって後悔していますとか宣うだろう?

あれは死への恐怖がそう想起させるものであって、そのまま普通に生活を送っていたら出てこない感想だ。

環境の違いで生じる罪悪感は幻だ。お前に罪悪感を感じる知的な精神なんて生まれた時から備わっていないだろう。

だから、私は改心や更生なんて言葉が嫌いなんだ。

強制的にそう想起させられること、行動させられる。そのられる行為を改心とか更生とか綺麗な言葉でまとめられて、それなら主犯でなおかつ反省も一切しないくらいの方が清々しくてマシとまで言える。

「まあ、そんなところですよね。じゃあ次に石上さんと荒波さんの関係について」

元々友人関係だったというのは聞いている。

知りたいのは復讐を希むほど強い絆で結ばれていたのかということ。

言ってしまえばたかが友人だ。

「仲は良かったはずだけど」

「言い方が良くなかったかもしれません。仲が良かったらしいのは前提条件なので、どれほど親密だったのか? まあ、つまりは復讐してきてもおかしくない傾倒具合だったのかということです」

こちらの質問の意図を汲み取れていない。イエスorノーもしくはそれに準ずる簡単な事実の受け答えしか出来ない。

率直に言ってしまえば頭が良くない。ここまでだと、吃音の彼とそう変わりないような気もする。理由は悪く言えば、出来の悪い環境に身を置いているからだろう。

となると、一般に疑問に思われるだろうのは同じ頭の出来であるはずの石上が目下の有力容疑者とされている点だ。今なお警察をも悩ますアリバイを作ろうとは。

しかし、石上と接していて致命的な頭の悪さを感じてはいない。むしろ、頭の良さを節々に見られたような気がする。相手のしようとしていることを理解でき、それを見越した行動をするという普通のことを普通にできていた。ただ勉強が出来なくてというだけだろう。

私は彼のおどおどとした態度、その瞳の奥に私たちを値踏みするような、侮るような、それと最後にちらりと見えた悲しみを含んだ笑み。ここまでの私たちの今までの行動はまだ彼の掌の中を脱してはいないそういう気もする。

「いつもずっと一緒にいるくらいには仲が良かった。いじめられっこ同士互いに通じるものがあったのかもしれない」

「それらしい喧嘩とかを目撃したことはありますか?」

彼は昔を思い返すように目を瞬かせた。

「ないかもしれない」

「一度も? 一年以上の付き合いで?」

「ええ、なかったはずっす」

驚くべきことだ。そういう境遇の近さというマイナスの理由で繋がった信頼関係など長続きはしないのが普通だと思っていた。

互いに互いを自分と同じ哀れなもの、もしくは自分より下と考え、安心する関係なぞ破綻が訪れないわけがないのだが、そういうのを抜きにして親友と、もし今と違う環境でも同様の関係になっていたのかもしれない。

「二人ともいじらしいくらいいい子じゃないか。驚いたよ」

自然な話の流れ、微笑を携えたナチュラルな相槌。

私にはそのように見えた。

目前の彼も私と同じように思ったのだろう。

「そうっすね。特に荒波のほうはとんでもなく器が大きかったのかもしれないっすね」

人は相手の顔や声音その他諸々を無意識化にも考慮して、自身の態度を決めている。

相手に非があったとしても、こちらのほうが気の毒に思うくらい真剣に何度も謝られたら、こちらも怒るにも怒れないだろう。

その例に漏れず、葵の人の好さそうな発言に吉田だったか吉井だったかがヘラヘラと機嫌を窺うような、ゴマをするような返しをした。私が彼の立場でも同じようにするだろう。

「ん、いや。驚いたというのはよくもそんなかわいい子をいじめていられたのかって方だよ。人の心が欠落していたんだね」

「……」

絶句。

天然、お人好し、純真そういった言葉で彼を表すのは不適切だということを久々に痛感した。皮肉も嫌味もストレートな罵詈雑言も彼は使えないわけじゃないのだ。

いつものほほんと柔和な雰囲気から一転したその言葉のとげは真昼が日々吐くような毒とは一線を画す攻撃力がある。

「ちょっとむかついちゃった。ごめんね」

「いや、ええ。別に……」

呆気に取られていただけかもしれないが、ここで逆上して手が出ない分、随分とマシな方かもしれない。

こいつはいじめられたくなくて、いじめていたタイプの奴なんだろうな。

自分のしたことを悪業だと認識、罪悪感がいくらかはあるのは認められる。

気まずい空気が流れる。

平日午前といえどすでに昼時、あたりにもちらほらと一般客が見え始めている。

にもかかわらず、こうも静けさが保たれているのは、みながみな空気を分かっているようで、ベビーカーに乗る双子の赤ん坊もそのどちらも不自然なまでに穏やかで人形を想起させるほどだった。

「……悪かった」

私はいじめっ子の方が懺悔交じりに絞り出した発言だと思った。

低く、重いその声音は声変わりのし終わった男性にしては半音ほど高い聞きなれた幼馴染のそれと重ならなかったからで、二重に謝る必要性も心変わりの理由もわからなかった。

「何してるんだろうな、僕は。責める理由も権利も僕は持ってないのに、更生の道にいる君を不必要に傷つけてしまった。謝らせてほしい」

テーブルに頭をこすりつけるように謝る。

動揺するのは私だけではない。

「いやいやいや、少し驚いただけで、何も怒ってないですよ。正論なので心には来ましたが、それも当然のことだと覚悟をして声をかけたつもりです」

自分で言うのもなんだが、借りてきた猫のように縮こまってしまっている。

実は先の葵の気迫にビビり散らかしていた。あれを直に言われたらちょびっと漏らしていたかもしれない。

「本当に後悔していて、許されたいとそんな夢を毎晩見ます。本当は自分可愛さなのかもしれませんが俺たちが何をしてきたのか。それを話したいと思います」


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