part6
「それで、いい加減どういうことか教えてくれないか?」
映画の半券で無料で貰ったクリームソーダをちゅーちゅーと啜る葵は痺れを切らしたようにジト目で言う。
「おや、デートじゃないと言いつつ、恋愛要素の強い映画に連れていかれたことに異議申し立てですか? それとも、空前絶後のつまらなさにご立腹ですか?」
私はというと小腹が空いたので、量の割に値段が高いオムライスを啄む。(ポム〇木じゃないよ)小柄なだけあって食が細い私にはこれで十分だ。まあ、種類の多いビュッフェ形式とかだったら、結構いけちゃうタイプだったりするのだが。
「お前なあ」
「声が大きいですよ」
葵の言葉はカップルやファミリーでごったにしたフードコートの喧騒に消えたということは無かった。当たり見渡しても、私たち以外に客は人っ子一人見当たらない。現在時刻は十時過ぎご飯時にはまだ早いという時間帯に加え、今日は平日だった。
「そうですね。いい加減訳を話しましょうか。うすうす葵も勘づいていることでしょうが」
「アリバイ検証か?」
「いぐざくとりー」
私は両手の人差し指を頬につけて満面の笑みでそういった。
「今日のこれがか?」
訝し気に首元のチョークをなぞる葵。その反応も当然だろう。一人で地雷香る恋愛映画に突っ込むのはなかなかどうしてハードだ。まあ、人の趣味にとやかく言うのはよろしくないことだが、彼がそういったタイプには見えない。おちょくりの一端と捉えてしまうのも無理はないし、その線でいい気もする。
「ええ、らしいですよ」
「一人で?」
「一人で」
「そんなイカした趣味を持ったようには見えなかったがな」
「そうですよね。30超えて女性経験のない日陰者がレンタル彼女呼んだときみたいなプランですよね」
「何言っちゃてんの?」
「だから声が大きいですって」
私は再び、葵をたしなめる。客足の少ないせいだ。私たちの会話はやけに反響する。反響するだけなら良いが、内容が内容だ。顔を突き合わせ、この距離でも互いの声が聞き取りづらいくらいまでボリュームを下げた方がよいはずだ。
「ごめん。いや、それはごめんなんだけどさ。そのさ、語感だけで知りもしない刺々しい言葉を吐き捨てるの真昼から悪い影響貰ってるぞ」
「あはは、確かに。今度から気を付けます」
そういわれると確かに腑に落ちる気がした。真昼のような意地の悪い人になってはダメだ。
「それで話を戻すんだけど、あの映画最新作じゃないよな?」
「違いますね」
「今って平日の午前だよな」
「そうですね」
「それで一人?」
「らしいです」
葵の短い質問に短く返していく私、やはり違和感のあるシチュエーションだろう。
「ちなみに行きはここまで電車できたじゃないですか? 帰りは歩きで帰ったらしいですよ」
「はあ? なんだそれ。まるで」
「アリバイを作っているみたいですよね」
そうまるでアリバイを作っているかのようだ。
「いやあ、昨日私も兄に詳細を聞いてびっくら仰天ですよ。こんな頭の悪いアリバイが他にあるかと。ただ、頭が悪そうなだけで出来自体は悪くないんですよね。憎らしいことにね」
「もしかしてアリバイが実証されたのか?」
マジかという風に驚きの表情で尋ねる葵に私は首を振った。
「いいえ、まだ完全には実証されたわけではないですが、少なくとも今この時点ではこのショッピングモールにいたことが判明しています。アリバイが崩されるのか。実証されてしまうのかはこれからが本番という具合ですね」
アリバイの内容がどれほど骨董無形なものでも、アリバイに置いて一番大切なものは時間と場所だ。それらに比べれば、何で遊んでいたかなど塵にも等しい情報だ。
「こりゃまた難しい事件だな。話を聞く限りだと」
「彼が犯人としか思えないですか?」
「さっきから被せるなよ」
頬をぷくりと膨らませながらそういう葵にすいませんと舌をちらりと出す。
「私もそう思います。少なくとも、事件の全容は知っている。関わっていることは確かだと思うのですが」
「本気で逃げようという気があるのかな? おちょくっているのか。はたまた、捕まっても仕方ないとでも思っているのか」
「どちらかといえば後者でしょうね。接してみた感じ、ああいう自己肯定感の低いタイプは罪悪感に弱い傾向にあるので」
「それなら早いこと自首すればいいのに」
「そうは言っても難しいですよ。彼にも生活がありますし、ことこれほどのことに限らずとも自分の非を認め謝ることは簡単ではない」
「人を殺しておいて都合のいい。僕ならすぐにでも自首をして刑を少しでも軽くするけどな。それも被害者へのせめてもの敬意というものじゃないか」
自首に敬意、そして更生などもか。
実に葵の好きそうな言葉だ。
彼は国家や法律といったものを妄信している節がある。彼のそれは現行制度になんの不満も無いということではないだろう。
たとえそれがどのような法であっても、悪人が裁かれ、更生するというその一連の形式がどうしようもなく好みなのだろう。
葵ほど強く想ってはいなくとも、多くの人が葵のような考えを持っているかもしれないけれど、私はそうは思わない。
悪人なんてどうやったて悪人だ。そういう人種にいくら更生の機会を与えようが無駄だと考える。
それに、法律を律儀に守ることも良しとしない。大切なものが奪われて、それでも法の下でしか戦えないと、負けてしまうかもしれないのに。自分のあずかり知らぬルール、戦場で戦わなくてはいけないことに忌避を感じる。
また、大切なものを守るために戦うためにいちいち法律の伺いを立てなくてはいけないことにもだ。
まあ、葵がもし、今の石上の立場であったのならばきっと彼は法律の下で戦うことを望むだろう。それが冤罪でも、本当であっても、きっと私の力を借りようとはしない。
戦いようによっては無罪になれたとしても、有罪になることを選ぶ。
つまり、彼が好む言葉はこうせいで私の嫌う言葉もそれであるというだけのことだ。
「それも難しいですよ。それは裁かれたい人の論理です。人は簡単には今の日常というものを捨てることが出来ない。良心と利己その狭間で彷徨うもの。どれだけ露見されやすいかというリスクヘッジもあるでしょう」
「じゃあ、直接揺さぶってみるのはどうだ?」
「やめておきましょう。きっと、無駄足です。あれは自己肯定感の低いわりに、心の強さで言えばなかなかのものを秘めている。そうでもなければ、いじめを涼しい顔して耐えられるものか。やるならタイミングと鋭利なエグさを」
「でも、彼も裁かれたがっているんじゃないのかという話だっただろう」
「それは彼が決めることでしょう。一度会っただけの我々が御せる話ではありません。それこそ、死んだ彼の友人が彷徨いでもしない限り」
「そうだな。だからこそ玖音には期待しているぞ」
「最大限の尽力を約束しましょう。でも、少しくらいのご褒美があってもいいですよね?」
へたくそなウインクを、媚びるように使ってみる。
あんまり向いてはいないよなあとしみじみといつも思う。
「あ~~、ゲーセンでも行ってもうちょい遊ぶか」
「いいですね。そのあとにでも洋服屋に行きましょう」
「すいません。ちょっと時間を取ってもらってもいいすか?」
その声に振り返って姿を確認してもまるで見覚えのない。目つきの悪い三白眼にパチ屋帰りのようなラフなジャージの姿と特徴を書き起こしてもやっぱり知らぬ顔だ。
「お前はあの時クラスにいた」
「そうっす。なんの話かはもう分かってますよね?」