part4
場所を変えようと中庭の方へと連れていかれる。どうやら、他女子二名と来ていたようで、彼らの表情からだいたい、どういった理由でここを訪ねたのか想像がつく。
「僕の名前は物部葵。見ての通りここの生徒じゃない。横の二人もね。望月学園から来たんだ。二人も挨拶を」
背の低い銀色の髪をした方が佐原玖音、性格のきつそうな栗色の髪をした方が望月真昼というらしい。
「えと、君は石上拓真さんで間違いないかな?」
僕は頷き、肯定を示す。
「要件はまあ、大体察してると思う。玖音の兄が警察で、真昼の父が僕らの高校の理事長で、その縁もあって君に話をしたいと思ったんだ」
子供のたちの悪いちょっかいと思われても仕方がないけどという彼、葵の付け足しに僕は全く気が気でなかった。
彼自身、悪ふざけで悪意をもって僕に接してきているわけではないことは伝わっている。だからこそ、自分たちが警察、大人たちの捜査に遜色のないそれが出来ると本気で信じているわけだ。事件の真相が明るみに出れば、間違いなく社会から制裁を加えられる僕からしてみれば、ぞっとしない。
「君も警察の長い取り調べで飽き飽きしているだろう。だから、君の友人、荒波晴馬がどんな人物で君とはどれほど親密な関係だったのかを聞きたい」
その名前を聞いて、僕の動悸は確かに少し落ち着いた。そして、忘れえない激情という怒りの再燃、未だスッキリしない絡まって詰んだ心と現状。きっと、僕は彼らに追い詰められ、自首をすることになるだろう。
僕にとって彼の存在は希望だった。この特に過酷な生きにくい世の中を、死にたくないという理由以外でそれでも、もがいていける唯一の動機だった。
彼はイジメられていた。そう、僕と一緒に。でも、僕とは何から何まで違っていた。
彼は僕と違って頭が悪くなかった。
この高校に入学するにも、望月学園に入学するのと同等程の才能がいる。
勉強をしないことに不安を覚えないという才能がないとここへは入学してこれない。
僕は家庭環境が悪すぎて、勉強する下地が出来てなさ過ぎてこの高校へ来た。
晴馬がこの高校に来たのだって、受験の悉くを失敗し続けたせいであって、やっぱり目の前の彼らに比べればそれは霞むけれど、普通で、普通だから、普通なのにちょっと性格が良かったものだから、この環境に馴染むことが出来なかった。
頭も顔も性格も良かったんだ。きっと、普通よりも少しくらいは。彼もいじめられていたが、僕は彼のことを自分と同列の存在だなんて思って安心していたわけじゃない。尊敬できる人物として、逆に彼の方も僕のことを見下さず、辛い環境で僕にあたることもなく、僕を尊重して対等な友人として扱ってくれた。
だけど、僕は見落としていた。彼は僕より優れた人物だから、僕が出来ることは彼にもすべて出来ることだとおめでたい勘違いをしていた。
生まれてこの方ずっと理不尽に浸かってきた僕とこの半年で急に絶望を垣間見た彼とじゃあ、我慢できる限界量に違いがあったことを。
だから、僕はずっと後悔している。そのテルを見過ごしてしまったことを。
そう、だから、やっぱりそうなんだ。うん、そうだよな。
だから、きっと、やっぱり僕にとって葵さんや警察に捕まることが僕にとっての今ある唯一の救いなのかもしれない。
希望ではなく、救い。
そのかつての希望をそそくさと探られるのも癪だと思ったので、彼らにある程度協力しよう。
きっと嘘を吐くことはリスクになる。あえて本当の情報を然るべき分、握らせてやれば、きっと僕しか見えなくなる。
そして、遠くないうちに僕を断罪してほしい願いをこめた。
苦手な初対面の会話を葵に任せて一歩引いた位置から彼を眺めた所感だが、無口で不愛想な人間。自己肯定感が低く、不幸に慣れた人間。
そして、やはり、怪しい。
彼の元の性根も相まってだろうか。その瞳がどうしようもない絶望を映しているように見えるのは。
彼に連れられた先は図書館だった。学校の規模の割には大きく、この学校の生徒層にしては綺麗に保たれている。使用される頻度が低いからだろうか。それに、私もだが、読書家は滅多に本を粗雑に扱わない。部屋は汚いのに、本棚だけが綺麗に整理されているのはあるあるだ。
「その彼っていうのは本が好きだったの?」
真昼の問いかけに頷き、肯定を示す。
真昼も中々の読書家だ。人の好みの本を聞きたくなるほどには、そしてその大抵は読破済みなほどにはというほどだ。
ちなみに、葵、真昼、次いで私という順番で読書家だ。私の場合、元々、読書の趣味は無かったが、高校入学前から葵に勧められ続け、すっかり読書の習慣が根付いてしまった。
葵が無類のミステリー好きなのは承知のことだが、それを私にまで強要するのは勘弁願いたい。おなか一杯という話だ。
「どんなジャンル?」
真昼の問いかけに小さく何かを呟こうとするが微かな息が漏れ出るだけで言葉にはならなかった。それで、諦めたらしくミステリーゾーンのほうを指示した。
どうやら彼は吃音か失語症のようなものを患っているらしい。それなら、今までの無口も納得がいく。
そういうのを馬鹿にされていじめられてきたのだろう。本当に気分が悪くなる。
私は試しに近くのガリレオを手に取ってパラパラとページを捲ってみる。すると、最後のページに名簿が挟まっていた。
「へえ、珍しい」
図書を借りた人の名前を書いていくアナログな図書の管理方法だ。
この人も読んだのかと自分が知っている名前があったら楽しくなるやつだ。
上島海斗、舞元あづき、荒波晴馬、相川真次と名前が書かれていた。
「すごい。ほとんどの本に名前が書かれてる」
真昼の言う通り、どの本を手にとっても荒波の名前が書かれていた。
「これって他校の生徒でも借りていいのかしら?」
石上はまた頷いた。
真昼が手に持つものは望月学園でも蔵書されているものだ。だから、真昼のこの発言は方便であり、本を返しに来るという建前でこの学園にもう一度くるという腹だろう。
なんとも真昼らしい。うまいやり口だ。
じゃあ、僕もと追随した葵に真昼のような深慮は存在しないだろう。
こういう天然は葵さんの通常運転である。
「もし、そこの人。この本を借りたいのだけれど、手続きお願いできるかしら」
「はい、承知しました。他校の生徒ですよね? もし、お持ちであれば学生証などを拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええと、これでいいかしら」
「望月真昼さんですね。確かに。返却は来週水曜日までです」
機械的な事務をそつなくこなす彼女、おそらく、これから真昼は彼女に幾ばくかの質問を投げかけるだろう。きっと嫌な顔するだろうなあ。
「ありがとう。ところで、少し質問していいかしら」
「ええと、僕にですか」
困惑を見せ、少し素を覗かせる彼女は僕と呼称するが、間違いなく女性である。乳が大きく、大変羨ましい。
手際のよい仕事に、きっちりしめられた長袖、黒髪におさげ眼鏡という図書委員という記号がそのまま歩き出したような少女。
「荒波晴馬という人についてどんな人物だったか。ちょっと聞いてもいいかしら」
「すいません。その人について噂で軽く概要を知っているくらいなもので。その人となりは良く知りません。でも、よく図書館を利用されていたことは知っています」
なんともすらすらと、荒波は読書家というのは捜査でも分かっていたはず、この質問をされたのは1回や2回ではないのだろう。
「わかったわ。面白くない話を訪ねて悪かったわね」
いえ、別にと答えた彼女の顔は少し陰っているように見えた。
誰にとっても、そういう不吉な話をするのは気持ちの良いものではない。
「それでこの後どうする?」
「一旦、帰りますかね。兄にもう少し話を聞いてみようと思います」
図書館から出て、他にできることといえば、先の不良への聞き込みや、彼のクラスメイトから見た彼や荒波について人物像を聞きこむくらいなものだろう。
勿論、それらは重要で、手詰まりにならずとも行うつもりではあるが、本人を横にして聞き込みしても意味が薄い。
それに、もし目の前の彼が犯人だったとして、これ以上殺人も犯さないだろうとも思った。
そういじめにかかわった奴ら皆殺しにするまで終われないというほどの気概も感じられない。
主犯の殺害以外に何も起こってはいないし、彼自身、警察にマークされているため、そう目立った行動もできないだろう。彼が犯人ならばだ。
実際、私もほんの少しの間ではあるが関わりを持ってみて、全然、犯人の可能性があると思っている。
「帰りにご飯でも行くか」
「葵、私次郎に行きたいわ。次郎」
「嫌だよ、重い。思い付きで言うなよな。相手が次郎ならいくらお嬢様でも残したらそれこそ絞殺されるぞ」
「ニンニクマシマシ、天地返し♪」
私たちが校門を出る際に、ふと振り返ってみると見送りに来ていた彼の顔が悲しそうに笑っていた。
ちなみに昼飯は結局次郎に行った。私は小を頼んでそれでも多かったので葵に半分食べてもらった。真昼は結構重めのを一人で完食していた。何でも出来るなあの人。