part19
文化祭が開幕して、ある程度のお客さんがお化け屋敷に流れ込んできた。
開幕直後はひっきりなしといった感じで客足が途絶えることは無かったが、一時間もするとまばらになっていく。
しかし、まあカップルが多いのなんの。
予想されていたことだが、教室に来る7割がカップルというのは驚きだ。
流石にOB・OGカップルというのはいなかったが、一番多かったのは片方が卒業生というカップルだ。
母校の文化祭に冷やかしに来る卒業生など、恋人でも残していないと文化祭の空気感は肩身が狭いだけだ。
私は自分のことをそこまで有名人だとは思っていない。
確かに一般生徒と比べると目立つ髪色に何より、理事長の娘である望月真昼にこき使われているので知名度はあるかもしれない。
しかし、それを差し引いても佐原玖音という存在が全校生徒に認知されているかというと、そうではないことは確かだ。
とりわけ、OB・OGといった彼らには私という存在が知られているわけもない。なんせ私は一年生であるから。
だから、クラス委員の江藤塔矢の言ったと通り、精巧な作り物だと思った私を知らないお客が不用意に近づいてくることが、2割くらいの頻度であった。
ちょいと目を見開いて動いてやると、結構いい反応を貰えたりする。
少し可哀想だったのが、OBのカップルが入ってきたときに、これまでに色よい反応を貰えたことに私としては珍しく、少々悪戯心が芽生えてしまった。
作り物かと恐る恐るといった感じで近づく卒業生、彼の手が私の髪に触れようという時に、ぱたんと倒れこむ。
やっちまったとばかりに焦る彼。
その姿は前に動画で見たことがあったあれによく似ていた。
リビングスタチュー、銅像に変装したパフォーマーが銅像だとおもって触れた一般人に、倒れこんで驚かせるやつだ。
すぐに私を起こそうと近寄ったところにぐあっと目を見開いて動いてやると、結構女の子っぽい悲鳴をあげた。
驚きすぎて小鹿のように足をぷるぷると立つことも出来ない彼は、完全に腰が抜けていた。
それを見る在校生の彼女の目はこちらがビビるくらい冷ややかだったのを、一生忘れることは無いだろう。彼も私も。
マジでごめん。
「もうそろそろ昼時だから閉めるよ~」
昼時には飲食の出し物の稼働が高くなることを見越して、午前と午後のシフトメンバーをその間に変える。
午後からのメンバーはメンバーで合うコンセプトがあるので、それに伴って内装も少しいじるため、およそ30分くらいを見越している。
「佐原さん」
「どうしました?」
声をかけてくれたのはクラス委員の女の方、黛秋。
「凄かったよ。多分一番驚かしていたと思う」
「それは女性として素直に喜んでいいのか、判断に迷いますね」
「佐原さんが美しいからはまったんだから、素直に受け取っていいと思うよ」
面と向かって、それも同級生に何かを褒められるという経験がコミュ障の私にはあまりないので、なんだか余計にむず痒い。
「江藤さんにアドバイスを貰ったのが功を奏しました」
「塔ちゃんが? どんなアドバイス?」
塔ちゃんはまた微妙なあだ名だな。
「積極的に驚かすのではなく、近づいてきたお客さんに絞って驚かせた方が意表をつけるというアドバイスです」
「確かにそれはえぐいかもしれないね。リビングスタチュ―ってやつ?」
「そう、それです。私も驚かしているとき同じことを思いました!」
まったく、同じ感想が出てきて少し気分が高揚する。
今回の文化祭はなんだか、楽しいぞ。
「でも、少し可哀想なことをしたかもしれません」
「なんで?」
聞き返す黛に、驚かせすぎてしまった面々の話をした。
「あはは。確かにそれは可哀想なことをしたかもね。でも、私も別れるまでは無くてもちょっと付き合い方を考えるかな」
「蛙化ってやつですか?」
あまりよく知らないが、女性が男性のふとした態度に冷めてしまうことを蛙化というらしい。
「違うよ。こういうのは普通に甲斐性がないっていうの」
「そうですか。ところで黛さんは恋人がいらっしゃるのですか?」
「どうして?」
「話の流れというか、雰囲気的にいそうだなって」
言葉の節々をあげつらうのが、私の職業病というわけでもなく、私でなくとも彼女には恋人がいるのかなと勘づいてもよい程度だ。
「鋭いね」
黛は肯定を返す。
意外だ。彼女はクラス委員で、ルールや規律に厳しい少女だと感じていた。
別に彼氏、彼女を作ることが、それらに背くということでもないが、そういった浮ついた物事に否定的な考えをもつと考えていた。
「意外です。誰なんですか?」
「ん、内緒」
「内緒ですか」
「そ、内緒」
女子高生らしい会話が出来ているかもしれない。
なんだか、今年の文化祭は普通に楽しいぞ。
クラスの出し物のお化け屋敷の引継ぎも終わり、これからは完全な自由時間。
こういうフリータイムというのが、これまで私が文化祭を苦手だと感じていた一番の理由だ。一人で回るのは精神にクる。
私は人付き合いが苦手なくせに、こういう局面で一人でいるのが嫌だと感じる。恐らく、根本的に一人で完結できるタイプではないのだ。
逆に一人で完結している人物といえば、真昼だ。
あれも、私と同じくたいして人付き合いが得意ではないだろう。
お金に利権にまみれた俗世の白眉のじいさん相手に、大立ち回りしたり、うまく付き合うのは出来ても、特に同じ年、同年代の少年、少女とは価値観が合わず、うまくいかないことも多いだろう。
だが、彼女はそれで孤独を感じたり、一人でいることを恥だとは思わないはずだ。
彼女のそれは孤独ではなく、孤高であり、一人でおよそすべてのことが出来、自分一人で完結出来る彼女はただの気高さである。
昔は私もどちらかというとその気があったのだが、昔の自分と今の自分を比べると別人みたいであると私自身も思う。
さて、現在時刻は一時過ぎ。
小腹も空いてきたことだし、ご飯にでもするか。
食堂も空いているが、せっかくなら少々割高でも、出店で食事を摂るか。
確か、葵のクラスは喫茶、飲食をしていたはずだ。彼の具合を確かめるのにもそこで食事を摂ることが推奨されるだろう。
「うわあ」
彼のクラスの1のBについたときには廊下にまで伸びている列があった。
おそらく30分は待つことになるだろう。
確かに昼時ということもあるが、それでも時刻は一時過ぎ。これでも一番忙しい時間帯は抜けているはずなのだが、空恐ろしいな。
手元の携帯は鳴らない。
本来ならこの時間帯には彼は抜けて、休憩に入っているはずなのだが、一報知らせるほどの時間もない忙しさということか。
お化け屋敷で良かったあ。
きっかり予想通り30分待ち、教室に案内される。
「玖音!」
出迎えてくれたのはホールで仕事をしていた葵だった。
注目すべきはその姿で執事の恰好をしていた。
「ほんと、ごめんな。連絡も出来ずに」
葵はそういって私に簡素なメニュー表を手渡してくれる。
「いえ、構いませんが、忙しそうですね」
「忙しすぎてもうへとへと」
そういう葵の額には確かに汗の雫が浮かんでいた。
「私は大丈夫なので気にしないでください」
こんなに一生懸命軽く汗も垂らしながら、頑張る葵に我儘は言えない。
少し哀しくもあるが、真昼とでも回るか。あの子が誰かと回っているとは思えない。確実に部室に籠っているだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、約束だからな」
そういうと、葵は同じホール担当に耳打ちしに行くと、執事服の上着を脱ぎ、いつもの制服姿で私の席に同席する。
「相席よろしいか?」
「いいんですか?」
「もともと、シフトは一時間前までだったからな。文句は言えないさ」
ブラックな職場だ。
きっと私が来たから、自然に抜けられたが、来なかったらあと一時間は働かされていたろう。
「さ、何にする?」
「おすすめは何ですか?」
「オムライスかな」
「じゃあ、私それで」
「僕もそれでいいや」
値段は700円、文化祭の出し物レベルと考えると決して安くない。
「良く繁盛していますよね」
「執事喫茶がここまで跳ねるとは思わなかった。メイド喫茶なら分かるんだが」
「メイド喫茶にしなかったんですか?」
様子を見るに執事喫茶でここまで繁盛しているのなら、メイド喫茶ならどうなっていたことか、考えるだけで身の毛がよだつ。
「喫茶店っていうのは最初に決まったんだが、そこから当然のようにメイド喫茶派と執事喫茶派で見事に男女で別れてな」
そりゃそうだ。
「容易に想像できますね」
「それで魂のじゃんけんが行われたんだよ。男子からは僕が、女子からは赤井さんがね」
「それで葵が負けたんですか」
葵は異様にじゃんけんとか運がらみの勝負が強い。
まるで神に愛されているとしか思えないくらいじゃんけんが強い。
「いや、勝ったんだよ」
「へ?」
「僕がじゃんけんに負けるはずがない。僕がじゃんけんに負けるときはわざと負けるときだけだ」
な~んか、流れが変わったぞ。
「そしたらさ、クラスの女子が喚きちらしやがってな。いやだいやだって具合に」
「それ、じゃんけんした意味あります?」
「ほんとにな」
葵は頭を抱えた。
「それをなあなあで許す葵たちもどうかと思いますけどね」
「ほんとになあ! でもあまりにも食い下がるんだよ。女性が料理した方が上手くできるはずって。正直、お前等より僕の料理の方が百倍上手いけどな。それであまりにも、あまりにも五月蠅いんで折れちまった」
普通に可哀想。
あまりにもな所業に滅多に悪口を言わない葵がかなり毒付く。
実はかなり珍しい。
「価格設定もだよ。家の学校かなり金持ちだから、もっと吹っ掛けようって男子はなってたのに、女子が売れなかったら元も子もないってオムライス450円を提示してきやがった。それでこんなに忙しく」
メニュー表に目をやると、焼きそば500円、たこやき600円。オムライス700円と決して安い価格設定とは言えないが、それでもここまでの繁盛を見ると、結果論ではあるが、葵たち、男子の意見が正しかったことが伺える。
「やっぱ、女に物事決めさせたらだめだわ」
結果は始まる前には分からない。
言うて、結果論であり、女子たちの意見も決して的外れというわけでは無いのだから、これを責めるのは少し可哀想ではある。
しかし、本当に葵のこんな亭主関白というか、女性蔑視な意見は本当に珍しい。
まあ、事情を聞けば気持ちは理解できるが、女子の前で言うかね?
男の仕事での愚痴をうんうんと聞いてやるのが、いい女というものだ。
亭主関白、結構。
そんな風に葵の愚痴を聞いてやっていると、料理が運ばれてくる。
「オムライス、二つ」
「ありがとうございます」
「てんきゅー」
「ちなみにやっぱお二人さんは付き合ってるんで?」
先、葵が耳打ちした執事服の友人がそのように茶化してくる。
執事服の葵に給仕される機会を無くしたのは勿体ないと切に思う。
「いんや、付き合ってない。付き合ってないが……」
「付き合ってないが?」
付き合ってないが?
「ウチのクラスの女子に比べたら百億倍可愛いな」
「違いない!」
女性の身勝手を痛感した二人は笑いあう。
「まあ、あと3時間もないが、楽しめよ」
「ん、頑張れよ」
「おうよ」と言って彼は持ち場に戻った。
「さて、冷めるといやだ。食おうか」
「そうですね」
「「いただきます」」
私達は手を合わせ、ぱくりと一口。
「「……」」
「「美味しくない」」




