part2
2 佐原玖音とひねくれ者の真心と
「また殺人ですか」
私、佐原玖音は通算、何度目になるかわからない嘆息をした。
どこぞの町の小学生でもあるまいにそう何度もこういった話が舞い込むのは私がトラブルメイカーというわけでもない。そもそも両親、兄共にそういう仕事に従事しているのもあるし、眼前にいるこの女学生、望月真昼が最近、厄介ごとを持ち込んでばかりいるような気がする。
そうなのよと平然と答える彼女に、一体どれほどの割合で人の血が混じっているのだろうか。
「本当に玖音の元には厄介ごとが絶えないな」
そう、憂いにとんだ目で、しかしながら好奇心が滲み出ているような落ち着きのなさ。首元のチョーカーを撫でているのはいつもそういうときだ。横に座る青年、物部葵の言い分には心外だと腹も立てる。
「今回のも、前回のも真昼が持ち込んだ厄介ごとであって、私がいたからどうだとかなんて話ではないはずです。二人とも自分から首を突っ込むくせに最後には私がとか言い出すのはずるいです」
口をすぼみ、いじけてみせる。彼らといるといつも損な役回りをさせられる。
「そうかもね。じゃあ来ないの? どちらにしても私と葵は必ず行くけれどね」
にやにやと私を見下ろしてそういう彼女。選択を迫っているようでそうではない。私に選択肢なんてない。彼女らがふたりきりになる展開というのも面白くないし、事態が事態だ。身の安全が保障されているわけじゃない。ただ、待っていて返ってきたのが訃報だったなんていうのはごめんだ。だからなるたけ、早く事件を解決して二人に満足していただく。私は手付きの道化かといつも思う。
「いや、行きますけどね。行くしかないというか。でもトリックスターは私の方ではなく、あなたの方であると変わらず主張させてはもらいますけどね」
そうこないとと元々高めのテンションを2割増しほどで興奮気味の葵をしり目に真昼に事の詳細を訪ねる。
「事件は隣町のk高校でのことね。まだ公にはなっていないけれど、その高校の男子生徒早川勝史が付近の公園の公衆トイレ内で死亡しているのが発覚。首元にはきっちりと縄の跡が残っていたし、痕跡からほとんど他殺が確定されてる」
「その件なら私も知っていますよ。既にいくつか資料も持っています」
「二人とも手が速いな。玖音もこの事件には興味があったのか?」
「御冗談を。私にとって事件なんてどれも均一に煩わしいものです。それに葵も私の兄が警察であることは知っているでしょう?」
「清さんがもう玖音に助力を求めているのか。なかなかタフな事件みたいだな」
「いえ、どうにもそうではないようでして、なんでしたかね。容疑者の絞り込み自体は易しく終わりそうだと言っていて。逆に事件が手早く終わりそうなので不備がないか私に資料を送ってきたみたいです」
だから私としてもこの件について関わり合いになることはないだろうと高をくくっていたのだが、嫌な展開になったと見るべきか。意外と易しい案件だったと胸をなでおろすべきか。
「なるほどね。私が提供できる情報といえば、その被害者と容疑者周りの情報だけのものだけれど、必要は無いかしら?」
「いえいえ、無論、私も多くを知っているわけではありませんので、真昼の知る詳細とのすり合わせも十分有用だと思います。というか、さっさとこんな事件なんて解決させて、真昼から焼肉でも奢ってもらいましょう」
「かっこいいけれど、そんなこと言っておいて大丈夫なの?」
「?。 別に何も問題はありませんけれど。どういう意味ですか? もしかして私が把握しているより、複雑な事件だとか?」
「いや、玖音はそういう奴だってことだよ」
「もっと意味が分からないんですが。どういうことです、葵?」
二人が嘆息するように肩を竦める。どういうことだよぉ。
「それで話を戻すけれど、これは父がその学校の校長に聞いた話だから、もしかしたら、警察には話しにくい内容が含まれていれば幸いね。まず、被害者である早川勝史はあまり評判の良い生徒ではなかったみたい。もともと、その学校自体がここらじゃ不良高校と名高いからそうおかしなことでもないんだけれどね」
そも、真昼が他校の情勢にまである程度精通しているのは、彼女の父がこの望月学園の理事長を務めているからで、その父、または望月家全体からこうも厄介ごとを引き受けてくるのだ。私の学友に面白いのがいると。
「それで、その被害者が少し前に自殺した生徒とまあ、因縁深くてね。なんでも、酷いイジメを行っていたとか」
「イジメか……、途端胸糞の悪い雰囲気になってきたな」
根明の葵にとってはその単語を聞くだけでも、嫌な気持ちになるのだろう。勿論、根暗の私もいい気はしない。それに、いじめと言っても全国的に名門と謳われている望月学園でこっそりと行われているだろうそれとは同じ単語で片付けられないものがあるだろう。
「つまり、その自殺した生徒の縁類、もしくは交流のあった者が引き起こした怨恨と?」
「おそらくはと、ということは玖音の認識とも相違ないかしら?」
「同じです。こんなことを真昼に聞いても詮無き事ですが、本当にその自殺した生徒というのは自殺だったのですか?」
「他殺の可能性ってこと? 自殺だろうと警察の方も結論付けているんじゃないの?」
「資料では確かに。人が自殺するタイミングにそうケチをつけたくはありませんが、自殺とはとてつもないカロリーの必要な行為です。長期的、継続的なイジメの中での自殺に対し、理由が弱いなんて言うはずもありませんが、何か決定的な出来事があれば、私の中での他殺の可能性がぐっと減ってくれます」
自殺を他殺、他殺を自殺だと勘違いして捜査するより、愚かしいこともない。そういう根本的な勘違いは思考を酷く鈍らせる。
「決定的と言えるかは分からないけど、今件の被害者は日に日に暴走、過激化していったらしい。品性を下げたくはないから、詳らかには言わないけれどね」
真昼も事の次第に目じりを下げながらそう言った。丸氷の入ったグラスの水滴が憂いと見えた。
「そもそもその一件目の事件が他殺なんてありえるのか? 二人共に恨みのある人物なんていそうにもないと思うよ。何もかもが対照的な二人だし」
「ええ、葵のおっしゃることはもっともなんですが、ただただ殺人を起こしてみたくて、その罪を擦り付けるために関係性のある人物を狙ってみるというのも幾度か出会ったことがあるのですよ」
「世の中、悪い奴を探せばキリがないわね」
「全くです。でも、今回の件はその線も限りなく薄いと思ってくれてもいいと思いますよ。さすがに」
「その辺りも含めて今からの調査で意外な発見があるかもね。というわけで、行きましょうか」
「もしかしなくとも、今からですか?」
「当然、外に車を用意させてあるわ。さあさあ、葵も準備、準備」