part18
天啓得たり
「はあ~。しくったよなあ」
「ため息ばっかしてたら幸せが逃げちゃうゾ」
傍らの日傘陽子は私の頬を突っつく。
「ちょっと、虎の尾を踏んじゃったかもしれないんですよね」
石上の付け込んではならない弱みをつついたにも拘わらず、大した情報を引き出すことは出来なかった。
引き出せた情報と言えば、あの怒りよう確実に石上はメインとしてこの事件に関わっていることは確信できた。
だが、それは元より何となく分かっていたこと。
八割方事件に関与していると思っていたが、これで百二十パーになっただけのことでわざわざ出張って刺激してまで確かめる必要があった内容だとは思えない。
「まあ、なんにせよ。文化祭の日にあまり気落ちするような態度はしないようにね。みんな、張り切ってるんだから」
「そうですよね。すいません。気を引き締めます」
ぱんと頬を叩き、気合を入れなおす。
とは言っても私のクラスはお化け屋敷というそこそこお手軽なのに決まったし、私の役も頭から血糊垂らしてぐったりするだけの簡単なお仕事。
「そんなに仕事があるわけでもありませんから、力みすぎるのも考え物ですけどね」
私はやる気を出した方が失敗する。
そういう傾向にある。
よく言われるし、自分にもその自覚がある。
「そうかな~?」
陽子がニマニマと。
「何ですか? 何かついてます?」
「わたしゃ、てっきり彼と回るのかとでも」
「葵もあれでかなり忙しいらしいですからね。時間を取ってくれるとは言っていましたけれど、いつ休憩を取れるのか」
最悪、葵が一日休みを取れない可能性もある。
文化祭というイベントで一日一人っきりは流石にもの哀しい。
その時は部室に行けば、おそらく真昼がさぼってるだろうから、彼女でも誘って適当に回ってみるかな。
「へえ~、やっぱり唾つけてるんだあ。だっいた~ん」
「体の良い虫よけに使われてあげているだけですよ」
「ま、否定はしてあげられないよね」
「ん」
陽子はそういってぷしゅーっと殺虫剤に見立てて、日焼けスプレーをかけてくれるので私は目をつむってただ受け入れる。
「ほんと、玖音は肌が白くて羨ましいなあ。どんな手入れしているの?」
ぺたぺたと少し暑苦しくうざがらみしてくる陽子。
若干、否かなりうざいが、こういうスキンシップを取れるほど仲の良い友人にはこれまで出会えなかったので、実は嬉しくないこともない。
「そうですね。極意が二つあります。聞きたいですか?」
「めちゃ知りたい!」と彼女は少し興奮気味に答えた。
私から見れば彼女も十分すぎる程白いが、白さだけで言うと私は別格だ。
「まず、ひとつは極力家から出ないでぐでーっと一日を虚無に過ごすことです」
「クソ過ぎる」
人のリアルな休日を捕まえて、言ってくれる。
小中高、すべて運動系のクラブにしか所属したことのない彼女に平日、休日問わず家でじっとしていることは苦痛なのだろう。
私の最近のお気に入りインドアはクイズだ。
テレビの広告cmに流れていて試しに入れてみたのだが、これがかなり面白い。
クイズなんてごまんと問題が存在する。だから、どれだけ問題を解いても知らない問題が出てくる。
あのアプリは永遠に時間を潰せる虚無げーだということにプレイ時間概算500時間を超えて気づいた。
「ひどいなあ。二つ目は白人人種の血をちょちょいとね」
「もっとクソ過ぎる」
どうにもならない血の問題に陽子は一蹴する。
「所詮、人はゲノムには逆らえない。蛙の子は蛙ということですよ」
「ま、そうだよねえ」
ニマニマと笑う陽子の視線の先には……。
「おい、どこ見てる」
「べっつに~」
未だ、視線の先は私の胸元。
「言っておきますが、あなたが思っているほど、無いわけじゃありませんからね!?」
「ほう、申してみよ」
失礼な視線を送っておいてその態度、何なんだ。
「これでもカップ数で言うとCはあるんです」
一般的にカップ数はバスト−アンダーバストの差で決められる。
その定義で言うと、私は意外にもCカップはあるのだ。
実は貧乳ではない。
私はその誇りを胸に、胸でここ数年生きてきた。
「それはまやかしに過ぎないのだよ。玖音君」
「何をっ、根拠に……」
「私もCだ!」
彼女は声高らかに宣言する。
衆目を考えてもう少し小さな声で喋ってほしいものだ。
「それが何だと言うんです?」
「聡い君のことだ。何を言いたいのか、分かっているだろうに、愛いやつめ。いいから、私のを揉んでみなさい」
「では失礼して」
下から掬い上げるように揉ませてもらう。
「どうかな?」
これはっ……。
確かに持ち上げられるほどの体積に、ずっしりと重たい重量。
これが同じCカップ?
「おお……」
「所詮、アンダーバストの細さという抜け道に希望を見出している紛い物よ」
思わず、感嘆の声が漏れ出る私に、陽子は勝利宣言。
「負けたっ」
なんて馬鹿な会話を繰り広げていると、時間が過ぎるのは早い。
「っと、私もそろそろ準備しなきゃ、またね玖音」
「ええ、また」
手を振る陽子を見送る。
彼女はダンス部に所属しており、今から今日披露するダンスの最終確認に映るのだろう。
「私も用意しなくては」
私のシフトは早番だ。
午前中の3時間だけシフトに入れれば、それだけで今日一日の業務が終了する。
与えられた役割もかなり楽だ。
大体、はじめましての人は私のことをお人形さんみたいだと口をそろえて言う。それは顔立ちもそうであるし、体格的な点でもそうだ。
故に人形らしい恰好で血糊でも垂らしてぐでーっと過ごしていればよいだけの簡単なお仕事。
「佐原さんは積極的に驚かさなくていい。ただ、作り物かと不用意に近づいてきた客だけを驚かせばいい。きっと普通に驚かすより効果的だ」
とクラス委員に言われたのだが、なるほどと思案する。
鏡に映る自身の姿は2割増しで感情を持たない人形の様相をしている。
確かにじっと動かないでいたら、本物の人形だと勘違いする人もいるかもしれない。自分で評するのもなんだが、そのような風貌をしていた。




