part 17
これから私のしようとしていることは褒められることではないだろう。
それでもこの方法以外に彼の鉄面皮を破る方法が思いつかない。
「すいません」
そこは街の片隅でひっそりと営業している如何にも地元のという印象の床屋だった。
「いらっしゃい」
努めて明るく接客する店主、プロ意識を働かせてその豪雨の心の内を悟らせまいとしているが、無駄だ。
私でなくても、彼が悲嘆にくれ、心に深い闇を抱えていることは一目瞭然だ。
蓄えられた口髭も常なら自信の表れなのだろうが、ただの無精ひげにしか見えない。
「二人かい?」
私と傍らの葵を見てそう聞いた。
「いえ、僕だけです。この子は連れで」
私の髪はそこそこ長くて、そこそこ手入れしている。
流石に3000円弱の安い床屋で処理して良い髪ではない。
「可愛い娘だね。彼女かい?」
「あ~、そんなとこです」
葵は面倒くなくなったのか、否定しない。
必死に否定されるよりはマシな対応であるが、こうも適当な態度でいられると、別に
私でなくても女性は傷つくということに理解するべきだ。
「お嬢さん、顔が赤いよ」
……。
「こちらの中央の席にどうぞ」
葵は案内された椅子に腰を下ろす。
「私も横に掛けていいですか?」
「どうぞ」と許可を貰い、空いている椅子に腰かける。
現に私が空いている席に座らせてもらっているように、この床屋は閑古鳥が鳴いていてがらんどう。
店の隅には花束とジュースが添えられている。
そういう不幸があったことが容易に想像できる。
「どうされますか?」
店主のその言葉は私ではなく、葵に向けられたもの。
「毛量が増えてきたので軽くしてください。あと、隣のこの子の話し相手になってやってください」
「……そういうことか。冷やかしに来たようには見えなかったんだがね」
はあとため息をついた店主。
私達がなんのためにこの場所に来たのか予測がついたのだろう。
「冷やかしにきたわけじゃないと言っても、口で言っても信じてはくれませんよね」
私はそういって兄との写真を店主に見せる。
「この人、来たことありますよね」
「覚えてる。佐原という警官……、その妹か」
「話す権利も、追い出す権利もあなたが所有している。帰れとおっしゃるのなら素直にここを去ります」
兄の写真はあくまで私たちがただの冷やかしではないと分かってもらうためのもので、その上で話したくないのなら無理に聞き出すつもりはない。
「いや、久しぶりのお客様だ。丁重にもてなすよ。何が聞きたい? ちょうど私も誰かに喋りたかった気分なんだ」
「話したいことを話したいだけ。荒波晴馬という個人の像が曖昧。彼が何を好きでいつもどのように遊んでいたのか。その人物像を知りたいだけなので」
荒波晴馬の人物像、彼がどのように石上に接していたのか。
それを知ることが出来れば、必ず鉄面皮の彼を暴く突破口になる。
「どんな子供だったかか……、長くなる」
そう言った店主の顔はほんの少しだけ綻んだように見えた。
「とびきり長いのをお願いします」
この佐原玖音というクソアマ、晴馬の親に突撃しやがった。
晴馬と僕の遊び場所をかなり詳しく知っている人物。
僕の母親じゃない、家でそんな会話したことは無いというより、会話が無い。
なら、晴馬の両親だ。
晴馬は、彼は、自分がいじめられていることを両親にバレるのを恐れて、必要以上に僕と遊んだことや、学校でのことを親に話していた。だから、こんなに正確に今までの軌跡を佐原は辿ることが出来た。
一人息子を喪ったばかりの親に突撃しに行くなんてな。
怒りを抑えることが出来ない。
表情の乏しい僕だが、きっと怒りが漏れ出ている。
この激情は隣の佐原にきっと伝わっている。
情報を引き出すために、僕の感情を揺さぶるというこの戦いは彼女の勝ちで良い。人間性を捨てたそんな勝利でも望むなら、地を這って拾うと良い。
これで彼女は確信したはずだ。
僕がこの事件に確実に百パーセント関与していること。
それ以上の情報は落とさない。
(また一つ、空気が変わった。情報の出所に予測がついたのだろう。隣の彼は俯き、表情を見せないように努めるが、目がひん剥いている。この怒りよう、殺されても文句は言えないな)
「大丈夫か?」
恐らく、一連のこの流れの真意を佐原から伝えられていないだろう葵は本気で僕を心配する素振りを見せる。
大丈夫だと精一杯の虚勢、ポーカーフェイスを一瞬で回復させて、前を向く。
「……? 注文は?」
幾ばくも生きていない高校生がとんでもなく険悪な雰囲気を生じさせていることに店主は気づいたのだろう。ほんの少しだけ、びくつきながら注文を伺う。
「彼はニンニク、アブラ、ヤサイマシでお願いします」
ね? といった感じで佐原は僕を見る。
晴馬と来た時と同じコール。
まだ死体蹴りを重ねるか。
殺してやろうかと言えば彼女はどんな表情をするだろうか。
なんて考えてはいけないことまで考えてしまう。
「じゃあ、私はこの地獄盛りっていうチャレンジメニューで」
「……あいよ」
この店主が華奢な少女の無謀な注文を受け入れるとは考えにくい。
話しぶりから前に来たことがあり、通常メニューは完食できたらしい。
食の細そうな佐原は小を頼み、葵が少し手伝う形で完食する。
望月は割と余裕をもって完食していた。
「では今日のところはこれくらいで帰るとするわ」
望月はそういって少し歩いた先に停めさせていた黒塗りの車に二人を連れて乗る。
帰りに20万ぽんと手渡された。
本当に貰えるとは。
しかし、やはり疑問は残る。
ショッピングモール内での出来事の符合しない出来事の数々、佐原玖音という女が何か読み違えてくれていると僕は見ている。
その読み違えてくれている、僕に有利な何かであり、その読み違えに気づかれると一気に真相に近づいてしまうかもしれない弱点となりえる何か。
いや、分かるぞ。大体わかった。
まったく晴馬め、微妙な気持ちにさせてくれる。




