part1
1 M
心臓の早鐘が僕を目覚めさせる。シーツも寝間着も洗濯から取り上げたばかりかのように、酷く濡れている。
もちろん、僕自身の汗によってのものだ。連日、同じ内容の悪夢ばかりを飽かず見続けている。
僕が人よりもうんと臆病なのは知っていたし、このような状況になることは予期されていた。普段通り生活すること、今、求められていることはたったそれだけなのに、その覚悟ほどは持てるだろう思い入れはあったはずだったのだが、今にも楽になってしまいたい。僕みたいなウジ虫が人の命を奪ってまで生きていることに堪えようのない罪悪感が湧き出す。
そして、それに比肩する炎すらも焼き尽くすような激情が僕の身を貫いていた。
起床、少し後に鳴り出す、目覚まし時計を最初のワンコールで消す。居間の方で寝ている母親を起こさないようにするためだ。
もし、起こしてしまうと朝から、人格を否定するような聞くに堪えない罵詈雑言が僕を襲うだろう。そうでなくても、起こしてしまうのは忍びない。
正直に言えば、僕だってあの人と会話したくない。きっとあの人の方がそう強く思っていることを知っているから、なおさらだ。
ビールの空き缶やら、お菓子の袋やらで汚くなった居間とは違い、ある程度の清潔が台所には保たれている。僕にこれといった趣味や好物はないため、家をこのようなぞんざいにはしない。
つまり、あの人の活動範囲の分、汚くなるというわけだ。それも、居間の掃除をしたのも最近のことだった気がするが。
寝起きも早々に簡単な朝食を作り始める。
昨日の余りものの生姜焼きと冷凍していた白米にインスタント味噌汁これを一食だけつくる。
なぜ、一食なのかというと基本的に母は朝を食べないからだ。ただ、それはそれとして、朝起きて朝食が用意されていないと自身が軽んじられていると思うのか、嬉しくない時間が訪れてしまうので、一応そこについては敬意を示そうというわけだ。
我が家の家計は芳しくない。
僕がせっせとバイトで得たお金もその二割ほどは母の娯楽へと消えてしまう。
「ご飯はいらないから」
寝起きも早々に彼女は飯の心配か、彼女にとって僕は兵隊あり以上の価値を持たないのだろう。
僕は分かったとも返事をせずに辞された朝食を食べ始める。例えるなら、良しといわれた犬のようなというのが正確だろう。
「無口で不愛想で、顔も悪い。本当に私の子かしらね」
毎日のように聞かされる言葉だが、僕は一度も彼女の子であることを疑ったことは無い。これも毎日、鏡の前に見飽きた顔が映るからだ。
性根の悪さも身に覚えがある。若さに物言わせ、やっとのことで捕まえた、それでも顔も性格も平均より幾ばくか下の男性。いい気になって子供を作ったはいいものの、それで逃げられてしまっては仕様がない。
逃がさないためと産まれた子供だが、生まれてしまわない方が母もその男性も、僕だって幸せだったかもしれない。
同情を引く境遇だと自分でも自覚があるが、僕としてはそう苦痛にも思わない。昔はうまく回ってくれない世界に対して憎悪のような感情も持ち合わせていたが、最近、高校を入学してからは存外、生きられないほどでもないと思えるようになったし、今でも死にたいという思いこそあれど、実行はまずしないだろう。なにより、その勇気が持てない。
人に、そして自分に過度の期待をしないことが生きていくうえでのtipsだ。
向かいで手鏡片手に派手なルージュの口紅を塗る母が、そういえばと口を開いた。
「あんたも災難ね。この前一人自殺したばっかなのに、今度は他殺なんてね」
僕は軽く頷き、黙々と食事を摂る。鼓動が早鐘するが、どうにか態度には出ないように努める。単なる世間話だろうか。もしかすると、警察が母に根回ししたのかも。それとなく尋ねてみるようにと。
「まあ、あんたのことなんかこれっぽちも興味ないんだけどさ。精々、私には迷惑かけないでよ」
母はそう言い残し、出て行った。キャバクラに勤務しに行くのかはたまた、ホストのところへ行ったのか。母の言いぶり的に、警察から何か吹き込まれたのだろう。それとなく僕に伝え、本気で迷惑そうにする彼女のことを特段嫌いでもなかったのだ。
この作品はマジで自信作なので追ってほしい。