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9話 タマは何歳?

「にしても、ひと昔前はあった交流がなんで途絶えたの?」


 五人で朝食を食べながら、僕は押し入れから出してきた子供用の椅子に菊を座らせ、僕の膝に乗っているタマに聞いてみた。

 爺ちゃんたちも興味深そうに眉を上げ、タマを見る。


「単純に会わなくなったからニャね。その時は時代の代わり目だったから、人間の邪魔にならないように、ニャーたちから距離を取ったのニャ」

「え、邪魔だなんて……」


 そんなことをすべての人が思っていたとは考えられない。

 僕がそう思っていると、タマがご飯の入った器から顔を上げて頷いた。


「きっと思ってなかっただろうニャー。でも、その時すでに妖怪は時代とともに信じられなくなっていたニャ。だからニャーたちは、その変化を受け入れた。それだけの話だニャ」

「ただ、菊たちも人間が嫌いになったわけではないのです。むしろずっと好きなままだからこそ、これまでの選択があったのですから」

「────」


 菊とタマは堂々と胸を張って、自分自身を誇るようにそう言った。

 すると婆ちゃんが二人に慈しむような目を向けて、口を開く。


「……寂しくは、なかったかい?」

「ニャッ……!」

「……それは」


 菊とタマの表情が歪んで食事をしていた手が止まり、僕たちはそれで彼ら妖怪たちの苦しみの一端を知った。

 過去の決断に後悔はなくとも、決して割り切れているわけではないのだと、僕も気付く。婆ちゃんが、優しい声音で二人に言った。


「……そうかい。ありがとうね?」


 コクリ、と俯いたまま頷きを返した二人の妖怪。

 彼らは小さな身体だけど、その心に深い親愛を秘めている。だから二人は心底嬉しそうに感情を弾けさせて。


「こちらこそニャ!」

「こちらこそなのです!」


 と、満面の笑顔を浮かべていた。




「それにしても、タマはいつ妖怪になったのです? 菊も普通の人間よりは長生きしている自負はあるのですが、タマがいつから生きているのかは一度も聞いたことがないのです」

「それ、さっきも言ってたよね。そんなに聞かないの?」


 婆ちゃんが流し台で食器を洗う音が鳴る中で、僕は菊とタマにそう尋ねる。菊は「はいなのです」と頷いて、僕の膝から下りるタマを見つめた。

 そんな僕たちの視線を感じてか、タマが呆れ顔で振り向いてくる。


「お前たち、そんニャことに興味あるのか? ニャーはどうでもいいのニャ」

「さてはタマ、年寄りすぎて言いたくないのです?」

「やかましいニャ」


 菊の遠慮のない発言にタマがむっと顔をしかめ、僕は苦笑した。


「でも、そういうの聞くと僕も何歳か気になってくるね」

「ほらタマ。陽太もそう言ってるのです!」

「だからなんニャ……」


 得意げな菊に、タマはどっとため息をついた。

 今度は菊がむうーっと頬を膨らませて、不満そうな顔をしている。


「タマは強情なのです」

「ちなみに、菊は何歳なの?」

「うーん、確か一〇〇はいってないのです。でも菊は市松人形として生まれたので、妖怪になった年齢だけなら五〇くらいだと思うのですよ」


 菊は頬に指を当てながら考え込み、そう答えた。

 どちらにしても半世紀は経っているのだから、菊もかなりの高齢だ。しかしタマはそれ以上だというのだから驚いてしまう。


「そっか、菊もそんなに生きてるんだ……」

「まあ、妖怪だからニャー。でも、ニャーぐらい長生きだと歳なんていちいち数えてないのニャ。たぶん五〇〇歳ぐらいだった気がするニャンが……」


 うーむ、とタマは頭を悩ませている。


「五〇〇歳⁉︎」


 僕と菊の声が重なり、菊は慌ててタマに問い詰めた。


「タマ、元々ただの猫だったのですよね⁉︎」

「そりゃそうニャ」


 ほえー、と菊は気が遠くなったような顔をしている。


「五〇〇年前って言ったら……」

「戦国時代ニャね。ニャーのご主人もよく鎧着てたニャ」


 懐かしいニャー、とタマが目を細めて過ぎ去った過去に思いを馳せた。

 しかし僕たちからしたらそれどころではない。タマ本人も正確な年齢を覚えていないようだが、ここまで来るともはや誤差の範囲なのだろう。

 あまりの衝撃に、僕と菊は目を丸くして叫んだ。


「えぇっ⁉︎ ほ、ホントに?」

「ホントなのです⁉︎」

「……なんで疑ってるニャ。ニャーは嘘なんて言わないのニャ」

「いや、それはそうだろうけど……」


 タマのじとっとした目が向けられるが、僕はそれでも信じがたくて呆然とする。


「五〇〇歳とか、もう妖怪の中でも大御所なのですよ? どおりで誰もタマの年齢を知らないはずなのです!」

「それはどうでもいいニャー」


 菊がそう言って驚愕を露わにする中で、タマは心底関心がない様子である。

 後ろ足で首周りをかくと首輪の鈴がカラカラと鳴り、二つの尻尾をゆらゆらと揺らしてリビングに入っていく。菊と一緒にタマを追うと、タマは器用にテーブルに置かれたリモコンでクーラーをつけて座布団の上で丸まった。

 タマはこれまで、どうやって生きてきたんだろう。

 タマの言うご主人という人物は、どんな人だったんだろう。

 僕もタマの生きてきた過去に思いを馳せながら、リュックから宿題を出した。テーブルにノートを広げながら、ちらりとタマを見て問いかけてみる。


「ねえ。タマのご主人って、どんな人だったの?」

「む? ……知りたいかニャ?」


 タマが僕を見上げ、どこか楽しげに口元を綻ばせている。

 きっと自分の好きな人のことを聞かれて嬉しいのだ。

 だから、僕は菊と揃って大きく頷いた。


「うん! 聞かせてよ、タマ!」

「もちろんなのです! 早く菊たちに教えるのですよ!」


 わくわくとした興奮に、僕たちの心が跳ねている。

 タマは呆れ顔をしながらも、嫌がる様子もなくこう言った。


「仕方ニャいなー。たまには聞かせてやるニャ。──ニャーのご主人のことを」

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