8話 正体見られたり!
「ところで陽太。さっきこの子たち、なんか喋ってなかったかい?」
「……っ!」
やっぱりバレてたんだ!
どうしようどうしよう、なんて誤魔化したらいいんだ⁉︎
「……そ、そう? 僕は気付かなかったけど」
僕はなんとかそう誤魔化したが、菊とタマから下手くそと責めるかのような視線が飛んでくる。が、元を辿れば二人の自業自得なのだ。
僕も負けじと睨み返し、婆ちゃんに怪訝そうな顔をされた。
「ふうん? しっかし、タマはどっから入ってきたんかねぇ」
「さあ……?」
ニャー、とタマが適当な返事をして軽く身じろぎしている。だが婆ちゃんはしっかりとタマを腕に抱いたまま、逃がす様子はない。
タマから気を逸らしてくれと視線で訴えられて、僕は苦し紛れの問いを投げた。
「……ところで婆ちゃん。市松人形の供養って、どうするの?」
「ん? そりゃあ、お寺で燃やしてもらうんだよ」
あ、やっぱり……。
「──燃やすのです⁉︎」
それを聞いては我慢できないと、菊が叫んだ。
「ん? やっぱりなんか喋ってないかい?」
婆ちゃんは首を傾げて菊を見やる。
正直、もう見ていられない。二人の助けを求める悲鳴が聞こえてくるようだ。
「き、気のせいだと思うよ? 僕には何も聞こえなかったし……」
僕が言い繕ってみるが、婆ちゃんは完全に疑っているようで、「そうかねぇ」と不思議そうに手のひらに乗せた菊を眺めていた。
と、そこに台所から扉を開ける音が鳴った。
「──おん? なんだ、タマが入って来ちまったのか?」
リビングに入ってきたのは爺ちゃんだ。
きっと台所に誰もいないから探しに来てくれたんだろうけど、なんにせよ最悪のタイミングである。なにせ、これで二人の逃げ場がなくなってしまったのだから。
「そうなんだよ。おまけに市松人形まで転がっとったし、さっき喋っとった気がするんだよねぇ」
「ほー?」
爺ちゃんが面白いものを見るような目で菊に顔を近づける。
「そらぁ妙なこともあるもんだなぁ?」
マズい、と僕は強い危機感を抱いて、どうしたらいいのかと必死に頭を回した。だがその甲斐もなく、爺ちゃんが口を開いた。
「だがまあ、そういうことは気付いてもそっとしといてやれ。あんまり無理に探るもんじゃねぇや」
その意外な言葉に、僕はポカンと呆ける。
すると爺ちゃんが僕たちを見て、ニッと笑った。
「……っ!」
「……まあ、それもそうだねぇ」
爺ちゃんの言葉に婆ちゃんも微笑みながら納得すると、僕に菊を手渡してタマは床にそっと下ろしてくれた。
そんな会話を聞いていた菊の表情は明るく、嬉しそうに綻んでいるようだ。
僕に向けられるタマからの悪戯っぽく揶揄うような目に罪悪感が沸きつつも、爺ちゃんと婆ちゃんのことが誇らしくなる。きっともう正解はわかっているだろうに、知らない振りをしてくれているのだ。
それが菊とタマも嬉しかったのだろう。
タマが菊と目を合わせて、「ニャア」と小さく鳴いた。
「? タマ、どうしたんだい?」
不思議そうに婆ちゃんが尋ねると、タマはどこか真剣さの宿った瞳で見上げる。
「菊、もう隠す必要はないニャ」
「──っ⁉︎」
爺ちゃんと婆ちゃんが、ハッと息を呑んだ。
僕も慌てる中で、菊も落ち着きのある声でコクリと頷きを返す。
「はい、菊も同感なのです。元々菊たちのような妖怪の秘匿は、人間たちを混乱させないためなのです。でも、この二人なら……」
「きっと大丈夫ニャね」
そんな会話を堂々とする妖怪二人を前にして、爺ちゃんと婆ちゃんは戸惑いを見せている。
「……た、タマ? い、いったい何が……」
「市松人形が動いとる……」
ひどく衝撃を受けているようだが、やはり爺ちゃんたちに恐怖はなかった。ただ予想もしなかったことが起きて、事態の把握ができないでいるだけだ。
「……二人とも、いいの?」
僕が確認すると、二人は意外なほどあっさりと。
「陽太の家族に挨拶してるだけだからニャー。それに、もうバレてるのに意味があるのかニャ?」
「タマの言う通りなのです。……あと、燃やされるのは嫌なのです」
あ、まだそれ気にしてたんだ。
「けど、稲荷さまに怒られるんじゃ……」
「うニャ、それは思い出したくないニャー。……ただ、今は最悪とは程遠い、むしろニャーたちみたいな妖怪にとっては理想とも言える状態だからニャ」
「というと?」
首を傾げる僕に、菊が続けて言う。
「菊たち妖怪は、人間の創造力や想いから生まれるのですよ。……だから逆に言えば、忘れられたらいずれ消えてしまうのです」
「昔は暴れて知名度を上げてた妖怪もいたけど、今の時代はそうもいかないニャ。稲荷さまは神社の神さまだから安心ニャけど、ニャーたちは違うニャ」
「じゃあ、稲荷さまが僕を許してくれたのって……」
僕は目を丸くして、菊とタマを見た。
二人の真っ直ぐな眼差しと菊の真剣な声音が返ってくる。
「きっと菊たちを忘れさせないためなのです」
「だから、お前たちもそんなに気を遣わなくていいのニャ。ひと昔前も、人間と妖怪は持ちつ持たれつの関係だったんニャから」
タマがそう言って声を掛けたのは、僕たちの会話に困惑と心配の感情を見せていた爺ちゃんと婆ちゃんだ。
その言葉に爺ちゃんたちは顔を見合わせ、ふっと口元を緩める。
「……よくわからんが、会ってもいいんだな?」
爺ちゃんが嬉しそうに再度確かめて、菊とタマもそっと手を伸ばした。
「はいなのです。だから、これからはよろしく、なのですよ!」
「ニャーからもよろしくお願いするのニャ!」
がっちりと繋がれた、人間と妖怪による握手。
小さな市松人形の座敷わらしとは爺ちゃんが、黒い毛並みの猫又とは婆ちゃんが。お互いの手を握り合うその光景に、僕もいつしか思わず笑顔になっていた。