5話 駄菓子屋、妖怪同士の語らい
僕は菊を肩に乗せ、爺ちゃんたちに外で遊んでくると伝えて外に出た。
すると思った通りというべきか。
二人には菊の姿が見えなかったらしく、その視線が泳ぐことも菊について聞かれることもなかった。やっぱり、とつい菊と顔を見合わせてしまい、二人に怪訝な顔をされながら玄関に向かう。
「気をつけてな、陽太」
爺ちゃんの声に「うん」と返し、僕は麦わら帽子と水筒、財布を持って家を出る。
セミのやかましさと夏の日差しに顔をしかめつつ、真っ青な空を見上げた。今日も暑くなりそうだねと菊に言い、稲荷さまがいるという稲荷神社に向かって歩みを進める。
そんな僕たちの真横。
バス乗り場の木陰から、「ニャー」と猫の声がする。
「あ、タマだ。なんか欲しいの? 僕、今はお茶しか持ってないけど」
「フニャー……」
「いや、そんな不満そうな顔されても困るよ」
ぱちっと片目で僕を見て歩み寄ってきたタマに言うと、タマは恨めしそうな目つきでこっちを見上げてきた。
『何ニャ、こいつ。昨日からケチだニャー』
「ケチって言わないでよ。ほら、ついでに駄菓子屋に寄ってあげるから……って、あれ? タマ、今喋った?」
「……喋ってないニャ。気のせいだニャ」
がっつり喋ってるじゃん。
焦りを隠せないタマは必死になってそっぽを向いているが、その動きが明らかにぎこちなくなっている。誤魔化しきれないと思ったのか、タマは逃げ出そうと姿勢を低く構えた。
だが、僕はそんなタマをさっと胸に抱き上げる。
「フニャッ、何するニャ! なんでお前、見えてるのニャ⁉︎」
「そういや、タマって僕がちっちゃい頃からいるような……もしかして、タマも妖怪なの? 猫だし、やっぱり猫又とか?」
お、尻尾も二股だ。
「ニャ、尻尾を触るニャ! というか、なんで妖怪のこと知ってるのニャ⁉︎」
「だって、昨日も寂しそうに喋ってたじゃん。あと、妖怪はついさっき知ったよ」
タマが嫌がって暴れていまい、僕は仕方なく地面に下ろしながら答えた。
するとタマが驚いた様子で僕の肩を見て、菊の存在に気付く。
「ついさっき⁉︎ って、よく見たら菊じゃニャいか! お前のドジにニャーを巻き込むニャ! こんニャの稲荷さまにバレたら大目玉ニャよ⁉︎」
「ありゃ、二人とも知り合いなんだ?」
「当然ニャ! 妖怪は長生きだからニャ!」
ふふん、と得意げに胸を張るタマ。どうやら妖怪たちの世間は狭いようだ。
僕が納得していると、菊はきょとんと小首を傾げてタマに尋ねる。
「……タマ、菊がいなくて寂しかったのです?」
「ニャッ……誰もお前みたいなドジっ子の話ニャんかしてないのニャ!」
「菊はドジっ子じゃないのです!」
むっと頬を膨らませ、タマに抗議する菊。タマは鼻で笑うような顔をして二股の尻尾をゆらゆらと揺らした。
「どうだかニャ。陽太に妖怪ってバレてるし、説得力がないニャ」
「バレたのはタマも同じなのです」
菊の冷静な言葉に、タマはむぐっと顔をしかめて口をつぐむ。
「まあまあ、せっかく久しぶりに会ったんでしょ? なら喧嘩してないで仲良くしようよ。ちょうど近くに駄菓子屋あるし、なんか買って食べない?」
「むむ……」
「賛成なのです! ついでに稲荷さまにも何か買っていくといいかもしれないのですよ!」
僕の誘いにタマが少し考え込み、菊は瞳を輝かせて提案してくれた。
「あ、そうだね。タマはどうする?」
「……仕方ニャいからついて行ってやるニャ。べ、別に陽太のためじゃニャいから、勘違いするニャよ!」
「タマは昔から意地っ張りなのです」
「うるさいニャ!」
そんな二人の会話に苦笑して、僕は昨日立ち寄った駄菓子屋に向かった。
カラカラと扉を開けて中に入ると、相変わらずおじさんは店の奥にいるようだ。テレビの賑やかな音が聞こえて、タマが呆れたように言う。
「あいつ、また寝転がってテレビ見てるニャ? そういうところは父親そっくりだニャー」
それを知っているタマは、いったい何歳なのだろう。
いつか聞いてみたい気もするけど、今はそれより稲荷さまへのお土産選びのほうが大事だ。
「陽太、稲荷さまにチョコやガムはやめたほうがいいのですよ」
「そっか。じゃあ何が好きとか、聞いたことある?」
僕は何気なく手に取ったチョコのお菓子を棚に戻して菊に尋ねる。
菊がうーんと頭を悩ませ、腕組みしながら僕の肩から飛び降りた。その姿を変化させて大きくなり、店内を歩き回ってどれがいいかと選んでいる。
「稲荷さまの大好物は稲荷寿司なのです。でも、稲荷さまは人間が好きなので、悪意がなければ喜んでくれるのですよ。……あ、これとかどうなのです?」
「え、これでいいの?」
菊が選んでくれたのは、駄菓子の中でも特に安い棒状のスナック菓子。
もっと高いものを選ぼうとしていた僕は、つい不安を口にしてしまう。だが、菊は心配ないとばかりに胸を張った。
「いいのです! 一番大事なのは無理をすることではなく、相手を想う心なのですから」
「まあ、ニャーは高いものも大好きだけどニャ!」
タマがそんな余計なひと言を付け足し、菊はむっと唇を尖らせた。
「まあ、そんな気はしてたよ。二人の分も買ってあげるから、好きに選んでよ」
「いいのニャ⁉︎」
「いいのです⁉︎」
妖怪二人が声を揃えて、僕はふっと笑みをこぼしながら頷きを返す。
それから僕にしか聞こえてこない、二人の賑やかな言い合いがテレビに負けじと店内に響いた。
ちゃっかりしているタマが選んだのは、当たりつきのきなこ棒。
味にこだわる菊が選んだのは、イチゴ味の棒キャンディー。
タマが呼んできてくれたおじさんに代金を払って、お店を出てから二人に渡した。僕は自分の分として買ったひと口サイズのチョコを開封して、口に放り込む。
「むっ、これはハズレだったニャ……」
「菊のキャンディーはまだ残ってるのです!」
ハズレのきなこ棒に落胆したタマに、菊が自慢げな表情で言う。
タマはなんとも恨みがましそうな目で菊を見つめていて、僕は思わずくすっと笑った。
「二人とも、お茶いる?」
「いるニャ!」「欲しいのです!」
声が重なり、どちらが先に飲むかと睨み合う二人。
稲荷神社に向かって歩き出した僕たちの足取りは、いつしか駄菓子屋に入る前よりも軽くなっていた。
猫又:日本の民間伝承や古典の怪談、随筆などにあるネコの妖怪。大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが年老いて化けるといわれるものの2種類がある。
(Wikipediaから)
悪い妖怪としての話が多かったですが、良い飼い主には懐いて従順になるみたいですね。猫を神格化して祀る神社もあるようです。