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4話 屋根裏で動き出すモノ

「陽太、もう朝だよ。そろそろ起きんさいな」

「んん、わかったー……」


 婆ちゃんに身体を揺らされて、僕は寝ぼけ眼で返事した。

 瞼をこすりながら上半身を起こすと、のそのそと立ち上がって着替えを始める。台所からはテレビの賑やかな音が聞こえて、誘われたようにのれんをくぐった。

 おはよー、と爺ちゃんと挨拶をして、お味噌汁の香りを嗅ぎながら椅子に座る。


「お味噌汁できたよー。陽太、ご飯よそってくれるかい?」

「はーい」


 今日の朝食はご飯とわかめのお味噌汁、それと卵焼きだ。

 いただきまーす、と両手を合わせ、箸を持つ。ご飯を口に運んでいると、ふと昨夜のことを思い出して、そういえばと問いかけた。


「ねえ、婆ちゃん。そういえば僕、昨日の夜に変な夢見たんだ」

「変な夢?」

「なんだ、お化けでも見たんか?」


 僕の言葉に、爺ちゃんも怪訝そうに首を傾げている。


「うーん、そうかも。でも怖くなかったよ。座敷わらしにスイカを出してあげる夢だったから」

「はははっ、そりゃいい夢だったなぁ」


 そう言って豪快に笑う爺ちゃんだが、婆ちゃんはなぜだか眉根をひそめて思案していた。


「? 婆ちゃん、どうかした?」

「陽太、それってホントに夢なのかい?」

「へ? うーん、どうだろ。よくわかんないや。なんで?」


 なにせ夜だったし、寝ぼけていただけかもしれない。僕の返答に、婆ちゃんはさらに難しい顔になる。爺ちゃんが「どうしたんだ?」と尋ねると、婆ちゃんは不思議そうに。


「朝ここに来たら、小皿に乗せてたスイカが片付いてたんだよ。昨日冷蔵庫に入れといたのに、おかしなこともあるもんだと思ってたけど……今の陽太の話、ホントかもしれないねぇ」

「え……」


 僕は思わず目を丸くして、絶句する。

 もしそうだとしたら、僕が昨日会ったのって本物の座敷わらしなのかな。


「そらぁいいや。今日はまんじゅうでも置いとくか?」

「そうだねぇ。そうしようか、ちょうど昨日買っといたし」


 二人で笑い合う爺ちゃんたちをよそに、僕はだとしたら……と屋根裏にあった市松人形を思い浮かべる。もし本当に座敷わらしがいるとしたら、その正体は間違いなくあの人形だからだ。


「どうした、陽太。箸が動いとらんぞ?」

「うん……ねえ、爺ちゃん。この家に屋根裏があるって知ってる?」

「屋根裏ぁ? 俺ぁそんなもん知らんぞ」


 だよねぇ、と僕はますます悩んでしまう。爺ちゃんも知らない部屋があるなんて、どういうことなんだろう。


「なんだ、座敷わらしがどこにおるか知りたいのか?」

「んーん。そうじゃなくて……」


 そうじゃなくて、僕は夜中に見たのがあの市松人形だったのかを確かめてみたいのだ。


「いや、やっぱりなんでもなーい」

「あん? よくわからんやつだな……?」


 ごめんね、爺ちゃん。

 あんまり広めちゃいけないことかもしれないから。

 僕は心の中で爺ちゃんに謝って口をつぐみ、代わりに朝食をかき込んだ。「ご馳走さま!」と言って席を立つと、リビングに戻って布団の片付けを始める。

 僕の気持ちはいまだ、踊り出しそうな興奮の真っ只中なのだ。




 はやる心を抑えて夏休みの宿題を進め、二時間ほど続けたところでキリをつけた。リュックにノートを仕舞って、僕は走って秘密の扉を開けに向かう。

 今度はきっちり閉じられていた板壁。

 それを横にぎこちなく滑らせて、現れたハシゴを慎重に登った。


「お、あった……」


 あの木箱は昨日と同じように蓋がずれている。

 昨日直した気がするのにな、と僕の疑念は確信に近づいていく。

 そうっと中を覗いてみると、やはりそこには市松人形が横たわっていた。冷たくも温かくもない、ただの人形にしか見えない彼女は本当に座敷わらしなのか。

 ……やっぱり気のせいかもしれない。


「……あれ? 口元が汚れてる」

「────」


 服の袖で拭き取ってあげると、なんだかベタベタした感触があった。

 まるで、スイカを食べた後みたいだ。

 だとしたら、手が綺麗なのは小皿を片付けてくれたからだろうか。


「座敷わらしさん、今日のお供え物はまんじゅうだって」

「──っ」


 ぴくり、と木箱の中にいる市松人形が震える。

 やっぱり本物なんだ、と僕は嬉しくなって言葉を続けた。


「ねえ、僕とお話しようよ。キミの名前はなんていうの?」

「…………」

「ダメかな?」 


 そう聞いてみるが、それきり市松人形は動かなくなってしまった。

 今更気のせいだったとは思わないけど、そういうことにしておいたほうがいいのかもしれない。


「……そっか。ごめんね、お邪魔しちゃって」


 僕は謝罪を口にして、またハシゴを下りることにした。

 ただ座敷わらしと話してみたかっただけで、困らせたかったわけではないのだ。

 だが、その時。


「うわっ!」


 ポンッと小さな音がして、市松人形から白い煙が起きた。

 僕が呆然としていると、その中から昨日と同じ女の子の声が聞こえてくる。


「菊のような妖怪は、人間の前に現れるわけにはいかないのです……」


 今にもかき消えそうな可愛らしい小声だ。

 煙が晴れると、そこには赤い着物を羽織ったおかっぱ頭の少女がいた。僕は驚きのあまり声を出せず、口をポカンと開ける。

 本当にいたんだ、座敷わらしが!

 けれど、そんな僕の様子に彼女は気付いていないようだ。


「……どうせこの姿では人間には見えないから、これで勘弁して欲しいのです。……でも、お前の名前ぐらいは聞いてみたかったのです」

「僕、前田陽太だよ」


 寂しそうな彼女の声に、急いで名前を教えてあげる。

 すると座敷わらし──菊は「えっ?」とまん丸の瞳を見開いた。


「き……聞こえるのですか? お前は……」

「うん。ちゃんと聞こえるし、見えてるよ。ほら、目も合ってるでしょ?」


 僕は自分の目を指差し、僕と同じくらいの背丈まで大きくなった菊を見つめる。まさか妖怪が見える人間がいるとは思わなかったのだろう。ぱあっと菊の表情があからさまに明るくなって、すぐさま青ざめていった。


「ほ、ホントなのです! 人間に妖怪は見えないはずなのにっ! な、なんで陽太は見えるのです⁉︎」

「さあ? なんでだろ。というか、普通は見えないんだ」


 まあ、今初めて見たもんね。

 僕が気になって問いかけてみると、菊は動揺しながらもそれを隠すように胸を張り、お姉さんぶった仕草で答えてくれた。


「あ、当たり前なのです! 今の時代に妖怪がいたら、人間を怖がらせてしまうのですよっ!」

「あ、そんな理由なんだ。……でも、そりゃそう、なのかな?」


 むしろ喜ばれそうな気もするけど、そういう人ばかりじゃないのは僕にも理解できていた。僕は「じゃあさ」とさらに続ける。


「妖怪を怖がらない人間になら、姿を現しても……」


 すると、菊の顔がみるみるうちに青白さを増して。


「……もしかして、よくないの?」

「当たり前なのです! 菊は、稲荷さまに怒られちゃうのですよ!」

「稲荷さまって?」

「人間に言っちゃダメなのです! あ、でも今言っちゃったのです……」


 笑ったり慌てたり、忙しい子だ。

 だがよほど罪悪感があるのか、今度はひどく落ち込んだ様子で俯いて、泣きそうな顔になっている。


「ちゃんと隠れてなきゃいけないのに、つい気を抜いちゃったのです」

「あー、えっと……ごめんね、菊」

「いいのです。陽太は悪くないのです。菊が悪いのですから」

「そんなことないと思うけど……」


 とはいえ、僕は妖怪のことをほとんど知らない。だから、どうしたらいいのかもわからなかった。


「普段はみんな隠れてるの?」

「そうなのです。菊も人間からは見えないはずなのに、なぜか陽太には見つかっちゃったのですよ」

「……僕、そういうの見えるタイプだったんだね」


 自分自身でも知らなかった事実に、僕は驚きを隠せなかった。

 とはいえ、それなら──。


「でも、だったらそのうち見つけてたんじゃないかな? それが今日だっただけで」

「あ……そうかもしれないのです。よし、そうと決まればっ!」

「? どうするの?」


 ふん、と鼻息荒く気合を入れた菊に問うと、菊はポンッと白い煙を起こして市松人形に戻り、ハシゴを下りる途中にいた僕の肩に飛び乗ってきた。おっとと、と左手を添えて菊を支える。


「決まってるのです! 今から稲荷さまの元に行って、陽太と菊の許しをもらうのです! そしたら、菊は陽太といっぱいお喋りするのですよ!」


 僕の頭を支えに立ち上がった菊が空中を指を差し、そう叫んだ。

 そんなに上手くいくかなぁと僕は苦笑しながらも、菊の反対は口にしない。なにせ僕だって、もっと菊と話がしてみたいのだ。


「そうだね、菊。僕からもお願いしてみるよ」

「よろしくなのです、陽太!」


 僕は自分の肩に人差し指を伸ばして、その指先を掴んでくれた菊と小さな握手を交わすのだった。

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