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3話 月光に照らされる人影

「陽太、庭の井戸でスイカを冷やしとるでな。ちょいと出すの手伝ってくれんか」

「うん、わかったー」


 僕が台所に荷物を運び終えると、爺ちゃんはそう言って庭の井戸に向かった。僕は慌てて後を追い、井戸の手動ポンプの近くに置かれたバケツの水を捨てて中に沈んだスイカを持ち上げる。


「おっとと……」

「重いで気をつけんと割れちまうぞー。俺ぁバケツ置いてくるで、先にスイカ持っていってくれや」

「はーい」


 あまりの重さによろめいた僕を見て、爺ちゃんが笑った。

 それからは慎重に持ち上げ、婆ちゃんのいる台所に向かう。のれんをくぐって流し台まで運び、僕はスイカの冷たさで凍えそうな手を洗ってタオルで拭いた。

 それでもかじかんだままの手のひらを開閉していると、婆ちゃんがふふっと微笑んでくる。


「よう冷えとるね、スイカ。すぐ切ってあげるで、向こうで待っとり」

「うん、そうするー」


 婆ちゃんに言われ、僕はバケツを片付けてきた爺ちゃんとテレビを眺める。ちょうど高校野球が流れていて、喉の渇きを感じながら画面に見入った。

 婆ちゃんが来たのは、それから二分後くらい。


「はい、お待たせ。まだあるで、足りんきゃ言いんよー」

「はーい」


 お盆に載せられた小皿のスイカがテーブルに配られ、僕の元にもリンゴジュースが届いた。婆ちゃんはついたばかりのクーラーを涼しげに見上げ、扇風機をつけて腰を下ろす。

 扇風機は古いせいかカラカラと音を鳴らし、ぎこちなく首を振った。


「いただきまーす」


 小皿の上でシャクっとスイカにかじりつくと、みずみずしい果肉や塩の味が口に広がる。あっという間に八分の一ほどもあったスイカは小皿から消えて、後には食べ終わった皮だけが残った。


「どうだ、美味いだろ」

「うん、ご馳走さま!」


 ふう美味しかった、とお腹を撫でながらテーブルを見ると、得意げな顔をする爺ちゃんの小皿には二切れの皮が載っていた。

 え、もう二切れも食べたの?

 思わず驚いていると、婆ちゃんが小皿をまとめて片付けてくれる。何か手伝おうとついていくと、婆ちゃんはまたスイカを切っていた。


「あれ? 婆ちゃん、まだ食べるの?」

「ああ、仏壇に供えようと思ってねぇ」

「へー。じゃあ、僕も手伝うよ!」


 二つあった小皿の片方を持って、婆ちゃんと一緒に仏壇に向かう。

 一つは仏壇の目の前に置いて、もう一つは子供用の木製の椅子の上だ。


「婆ちゃん、なんで二つも?」


 そう尋ねると、「それはねぇ」と婆ちゃんはラップを軽く直しながら答えてくれる。


「この家には、昔っから座敷わらしがいるっていう話を聞いててね。だから、いつもありがとうって意味で置いとるんだよ」

「え、座敷わらし?」

「そうそう。この家の守り神さまだよ」


 へー、と僕は相槌を打って、ふと思った。

 それって、さっきの市松人形じゃない? と。


「陽太、どうかしたかい?」

「……ううん、なんでもない」


 まさか、ね。

 僕は少しだけ気になったけど、そんなわけないかと思い直して首を振った。




 その夜。

 晩御飯の後になると、婆ちゃんはそろそろ冷蔵庫に仕舞っとこうか、と仏壇にあったスイカを片付けてしまった。

 あれから五時間くらい経っているから、こんな夏の時期に放っておいたら痛んでしまうのだ。もちろんスイカが食べられている、なんてこともなく、最初に聞こえた足音がもう一度聞こえてくることもなかった。

 僕たちに見られたくないのかな、と思ったけど、さすがに夜中ずっと出しておくわけにもいかないだろう。

 そのまま眠る時間になって、僕たちはリビングのテーブルを退かして布団を敷く。爺ちゃんたちの布団に挟まれて、三人で揃って眠りについた。


 ──しくしく……。


 どこからか誰かの泣いているような声に、僕は「んん……?」とうめきながら目を覚ます。

 けれど周りを見回しても、誰もいない。何もない。

 確かに聞こえたのになと不思議に思って、僕はこっそり布団を出ると声の聞こえた方向を探した。


「しくしく……」


 やがて再び耳に届く泣き声。

 どうやら仏壇から聞こえているらしい。

 そうっとハシゴの隠されていた部屋から障子越しに仏壇の部屋を見てみると、月明かりに照らされて着物の少女の姿が映し出された。目元を押さえて、なんだかひどく悲しそうに泣いている。

 この子は誰なんだろう。どうしたんだろう。


「スイカ、私も食べたかったのです……。どこに行ってしまったのですか、私のスイカは……」


 僕は、その言葉にハッと思い出す。


「……そっか。この子、きっと座敷わらしだ」


 彼女を脅かさないよう、小声で呟く。

 おそらく昼間のスイカを食べに来てくれたのだろう。でも、そのスイカは婆ちゃんが冷蔵庫に入れちゃったから、どこにあるのかわからないのだ。

 そうとわかれば、と僕は台所に急いで、冷蔵庫から彼女の分のスイカを取り出す。


「でも、これってどうやって渡したらいいんだろ」


 きっと普通に出ていったら、あの子は驚いて逃げてしまうだろう。屋根裏に逃げ込むか、もしかしたらこの家を出ていってしまうかもしれない。

 だって、あの子はもの凄く臆病そうだ。


「……あ、そうだ」


 いいこと思いついた、と僕はそのまま小皿を持って仏壇に向かう。ただし、わざと大きな足音を立てて、床板のきしむ音を鳴らしながら。


「きゃっ! に、逃げないとなのです!」


 とたとたと仏壇を離れていく座敷わらしの声。

 僕は苦笑しながら、わざとらしく独り言を口にした。


「あーあ、婆ちゃんがスイカを冷蔵庫に入れちゃってたよ。ちゃんとここに置いとかなきゃね」

「──っ!」


 隣の部屋から、息を呑む音が聞こえてきた。

 なんとか声は我慢してくれたみたいで何よりだ。僕は隣を見ないように、暗くて何も見えないような手探りの歩き方で仏壇を出る。リビングに戻る途中で振り向いてみると、どこかで見たような赤い着物の少女が子供用の椅子に座ってスイカを食べながら、なんとも嬉しそうに足をパタパタと動かしていた。


 ……よかった。ちゃんと食べてくれてるみたいだ。


 僕はホッとひと安心して、リビングに敷かれた布団へと戻る。けれどなんだか心が沸き立って、この日の夜はなかなか寝付けなかった。

座敷わらし:主に岩手県に伝わる妖怪。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。

(Wikipediaから)

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