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24話 お祭り騒ぎ

「おしっ、着いたぞー」


 稲荷神社の前に爺ちゃんの軽トラが駐車すると、僕は助手席から下りて数十の石段の先にある本殿を見上げた。両脇に提灯お化けや火の玉がひとりでに浮かび舞う中で、わずかに本殿の屋根が見える。

 その石段を上がる者たちに人間は誰一人としておらず、頭に角が生えた鬼らしきモノ、木々を超える背丈のモノ、手足の生えたやかんや靴などといった付喪神の妖怪たちが楽しげに話しながら歩いていた。

 どこからか聞こえる太鼓に笛といった、祭り囃子の音。

 妖怪たちの興味や好奇心、懐かしそうな目が向けられる中で、僕は眼前の光景に圧倒されている。


「……この村、こんなに妖怪がいたんだ」


 もしや、この村の人口も優に超えているのではないか。

 そう思うほどの数である。

 しかも稲荷神社の門をくぐった妖怪たちは姿を隠さずに堂々と歩いているらしく、妖怪が見えない爺ちゃんも運転席から出てきて口をポカンと開けていた。


「……ホントだな。俺ぁ今までちっとも知らなんだ」

「まあ、普段はずうっと隠れてるもんね」

「だなぁ。っと、早く荷物を届けんとな」


 僕は苦笑しながら荷台に回って、爺ちゃんと段ボールに詰め込まれた料理の入れ物を持ち上げる。

 とはいえ爺ちゃんはもう歳だから、上まで運ぶのは僕の役目だ。周りにいた妖怪は事前に僕のことを聞いているのか、大喜びで運ぶのを手伝ってくれた。

 たまにお年寄りの荷物を支えてあげることはあるようだが、自分で運ぶのは久しぶりのようで嬉しそうだ。そうこうするうちに将太たち三人も軽トラの荷台から降りてきて、みんなで一緒に荷物を持って石段を上がった。


「陽太ー! これ、この辺に置けばいいか?」

「そーっとね! ありがとう!」


 夏祭りの屋台をイメージして、バラバラに距離を開けて料理の入った段ボールを配置していく。

 それがすべて終わった頃、へとへとに疲れた様子で菊とタマと鎧さんが石段から上がってきた。将太たち三人と話していた僕の元までふらふらと歩いてくると、鎧さんを除いた菊とタマがばたりと倒れ込む。


「やっと声かけが終わったニャー……」

「こ、こんなに大変だとは思わなかったのです……!」


 ぜーぜーと荒く息をする二人に鎧さんがはっはっはと笑い、ぎろりと睨まれる。


「ご主人は今も昔も疲れ知らずだから、ニャーたちの大変さがわかってないのニャ……ッ」

「む、それはすまぬが、吾輩も多少は疲れておるぞ?」

「よく言うニャー……」


 タマは呆れたように言うが、その表情は達成感に満ちていた。

 そこに将太たちがジュースを持ってきて、菊たち三人に笑顔で差し出す。


「これ、飲んでくれよ!」

「こっちのも!」

「たった今、みんなで運んできたんだぜ!」


 将太に浩二、茂が誇らしそうに胸を張り、周りの妖怪たちも力こぶしを作ったりして自慢している。菊とタマはそれを聞いてお互いの顔を見合わせ、ふっと笑った。


「それは凄いのです!」

「ニャッ! じゃあ、ありがたくもらうニャ!」

「む、吾輩の分もあるのか! かたじけないであるな!」


 鎧さんもお礼を言いながら、嬉しそうにジュースを受け取っている。

 そうして菊たちの水分補給も終わると、稲荷神社の本殿正面、お賽銭箱の後ろが勢いよく開いた。その奥から稲荷さまが出てくると、まるでアイドルを見たかのように声が飛び交うが、それも稲荷さまが手をかざすと瞬く間に静まり返った。


「皆の者、ずいぶん久しぶりじゃな! 元気にしておったか⁉︎ 今宵は無礼講じゃ! 飲んで食って、好きに騒げ! ──これより、人と妖怪による宴の始まりじゃあーっ!」

『おおおおおお──っ‼︎』


 妖怪たちの大歓声が、地響きのように神社に響く。

 稲荷さまは掲げていたジュースのコップをぐいっと一気飲みして、ぷはーっという声を漏らした。


「……なあ。あの様子じゃ、本来の目的を忘れてないか?」

「あー……かもね。まあ、しばらくそっとしといてあげたら?」


 将太が不安そうに耳打ちしてきたが、僕は苦笑しながらそう言った。

 なにせ彼らは数十年ぶりの再会なのだ。稲荷さまだって、たまには羽目を外して遊んでもいいだろう。

 そのうち将太たち三人も妖怪たちの輪に混ざり、賑やかに騒ぎ出した。菊やタマ、鎧さんも楽しんでるみたいでよかった、と僕はみんなに料理やジュースを配って回りながら笑う。


「お主、さっきから皆に気を遣ってばかりじゃが、それでよいのかの?」

「え? あ、稲荷さま」


 ありがとよー、と言って酒瓶片手に仲間の元へと戻っていく鬼の妖怪に手を振っていると、いつの間にか隣に立っていた稲荷さまが声をかけてくれた。


「いやぁ、いろんな妖怪がいるから見てるだけでも楽しいですよ。何よりみんな楽しそうですから。……稲荷さまも、そうですよね?」

「まあのう。じゃが、今妾たちの全員を覚える必要はないじゃろ? ──ほれ、ここは妾が代わってやるのじゃ。せいぜい楽しんでくるとよいぞ」


 そんな稲荷さまの言葉を聞きつけてか、天狗の妖怪が嬉しそうにやってきた。


「稲荷さまから飲み物をもらえるのかい⁉︎ もしかして、この我のために……!」

「違うわ、たわけ!」


 ナルシストな天狗の頭をぺシンと叩き、稲荷さまは「ほれ、さっさとどっか行け!」とうんざりした顔で追い払う。


「あはは……じゃあ、僕もなんか食べてきます」


 僕はその姿に思わず苦笑し、その場を離れた。

 焼きそばを配っていた一つ目の妖怪の元に行くと、その近くでキュウリをかじっていた河童が僕に気付いて歩み寄ってきた。


「おっ! お前さん、この夏祭りの立役者なんだってな! ありがとよ!」

「ほう! この子がそうなんか!」


 皆一様に明るい顔をして、お行儀よく列に並んでいる妖怪たちの様はどこか滑稽に見えて、僕はくすっと笑いながら。


「いちおう間違ってはないけど……でも、みんなで準備したんだよ」


 そう答えるが、やっぱり自分勝手な妖怪たちは聞く耳を持たず、河童が周りの妖怪たちに大きな声を上げた。


「おーい、主役のお通りだぜ! こいつにゃ先に渡してやれ!」

「え、いや、そこまでしなくても……」


 僕は慌てて遠慮するが、結局無理矢理押し切られてしまった。その場のみんなが「たんと食ってデカくなれよ!」なんて言うものだから、つい受け取ってしまったのだ。

 それを持って本殿前の三段しかない石段に腰を下ろし、僕は焼きそばを食べながら皆を眺める。

 菊とタマは久しぶりに会う仲間と楽しげに話し、将太たち三人はたまに動揺しつつも笑って妖怪たちとジュースを乾杯している。鎧さんはその外見もあってか他の妖怪たちに興味を持たれてしまったようで、もみくちゃにされているのが見えた。

 くすっと笑いながら焼きそばを食べ切ると、疲れ知らずだった鎧さんがへとへとになって僕の元に逃げてきた。大きく息をつき、安堵した様子で僕のほうに歩いてくる。


「やれやれ、ひどい目に合ったな……。む、陽太か。どうした、こんなところで」

「ううん、ただみんなの顔を見てただけ。……なんか、いい光景だなって思ったから」

「……そうだな。吾輩も目に焼きつけておこう」


 しみじみと鎧さんが言うのを聞いて、僕はふとポケットの中からスマホを取り出した。


「僕、写真で撮っとこうかな?」

「いや、吾輩たち妖怪はそういったものに映らぬらしいぞ?」


 鎧さんが首を振って、僕は「え?」と戸惑いながらカメラを向けてみる。

 だが、そこには将太たち三人やタマがいるだけで、それ以外の妖怪たちは何も映らなかった。どうやら人間の前で姿を現しているからといって、彼らが写真に映るとは限らないらしい。


「中には映るモノもいるだろうが、ほとんどがそうであろうな」

「…………」


 タマから事前に聞いていたのだろうか。鎧さんの口調は、少し寂しそうだった。

 こんなに楽しい光景なのに、どうして形に残せないんだろう。

 僕は、それが妖怪たちの未来を表しているように感じて、嫌だった。どうにかして残せないものかと考え込んでいる僕を、鎧さんが心配そうに見てくれている。

 その優しさが伝わってきて、僕はやっぱりこのままじゃ嫌だとまたいっそう強く想った。


 ……そうだ。大変そうだけど、あれなら……!


「ねえ、鎧さん。お願いがあるんだけど──」

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