23話 ナルシストな天狗と面倒な傘
続いて菊たち三人が向かったのは、どんぐり池のさらに奥。山に隠れ住んでいるという天狗の元である。
だが、そこに向かうタマの顔はなんとも嫌そうだ。
「どうしたのです、タマ?」
「天狗はこの先にいるのであろう?」
菊が問うと、鎧さんも不思議そうに問いかけた。
するとタマは顔をしかめたまま、「会えばわかるニャ」とだけ言って深く語ろうとしない。
やがて山奥に来て、周りが暗くなってきた。木々がざわざわと揺れている様はまるで話しているようでなんとも不気味な光景である。タマが嫌がっていたのはこういうことなのかと勝手に納得していると、一陣の風が吹き荒れた。
直後。菊たちの目の前から、思わず拍子抜けするほど明るい声がする。
「ややっ、誰かと思えばタマではないか! なんだい、この我に会いたくなってしまったのかい? そうなんだろう? いいのだよ、素直にそう言ってくれても! なにせ我は、イ・ケ・メ・ンというやつだからね!」
「…………」
菊たちは三人揃って無言になった。
そしてタマの様子の理由を悟り、『ああ、こういうことか……』と遠い目になる。タマがため息をつくように呟いた。
「……だから会えばわかるって言ったのニャ」
「おやおや、ため息なんてついてどうしたんだい? 悩みがあるなら我が聞いてあげよう! なにせ我は──」
「やかましいニャッ!」
天狗がタマに顔を近づけると、ついに我慢できなくなったのだろう。タマは飛び上がって天狗の頬に肉球を押し付けた。爪を出していない辺り手加減はしているようだが、天狗は「うごっ」とうめいてのけ反った。
「な、なんとも激しい愛情表現だね……。モテる男はつらいよ、まったく」
「誰がニャッ……!」
さすがにこれは嫌になるのです、と菊も思わず同情する。
そんな天狗の頬には肉球の跡がついていて、これも彼の勘違いを増長するのだと思うと、なんだか背筋が凍りそうである。
菊がそうして二人の喧嘩を眺めていると、鎧さんがふと。
「しかし、こんな性格の妖怪も身を潜めているのであるな。そのうち我慢できなくなって騒ぎを起こしそうであるが……」
「──失敬な! 君、新人妖怪だろう⁉︎ でなければそんなことは言わないからね!」
鎧さんの呟きを聞きつけた天狗が叫ぶ。
その表情には妖怪としての誇りや怒りがあって、菊は意外に思った。
怒る天狗によって山に暴風が襲うが、タマは落ち着き払って口を開いた。
「お前の態度見てたら、その思うのも当然ニャ」
「むむっ……我が原因だったか。ならば仕方あるまい」
タマのとりなしに、天狗はすぐに冷静さを取り戻す。やれやれと息をついて静かに目を閉じると、彼は真剣な声音で話し出した。
「……まあ、我は稲荷さまに頭が上がらないからね。彼女の願いとあらば、我は我の誇りをかけて身を潜めてみせるさ」
「……っ!」
菊は思わず瞠目した。
鎧さんも目を見張り、頭を下げて謝罪する。
「なんと……これは大変失礼いたした」
「いや、構わないよ。なにせ我は、イケメンだからねっ!」
「うむ。そのようであるな。吾輩が盲目であったわ」
天狗が髪をかき上げる仕草をして、しかし今度は誰も呆れることなく微笑みながら頷いた。その反応が予想外だったらしく、天狗は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。
「む……素直になられると照れるな……」
「まあ、お前は昔、かなりやんちゃしてたからニャー」
「ああ。稲荷さまに助けていただかなければ、今頃ここにはいられなかったよ」
しみじみと言い、タマの言葉を肯定する天狗。
「それで、ここにはなんの用だったんだい?」
「妖怪の夏祭りがあるから、天狗さんにも来て欲しいのです! 稲荷さまもいるのですよ!」
「稲荷さまも! ならば参加しよう! ……ああ、稲荷さまが我を呼んでいるのか! このイ・ケ・メ・ンの──」
「ほら、さっさと次に行くニャ。こいつの相手をしてたら無駄に疲れるだけニャから」
「……菊も賛成なのです」
一人興奮して騒ぐ天狗をよそにタマが容赦なくあしらったが、今回ばかりは菊も呆れを隠せない。
「……うむ。まあ、なにやら忙しそうであるからな」
はぁ、とため息をついて、菊たち三人は次なる妖怪の元へと急いだ。
やがて辿り着いたのは、河童のいた池のほとりに建てられた小屋だった。
壁の木板は今にも剝がれそうなほど古く、ところどころ穴が開いたまま長年ほったらかしにされているようだ。中からは雨風にさらされてきたせいか、ホコリやカビの匂いが鼻を撫でる。
「うっ、思ったよりホコリ臭いのです……」
「そうニャね……」
菊も鼻を摘まみながら、慎重に足を踏み入れた。
さすがにタマも顔をしかめ、さっきとは別の意味で嫌そうである。しかし鎧さんだけは嗅覚がないのか、それとも慣れているのか、なんともなさそうだ。
「タマよ、ここにはどんな妖怪がいるのであるか?」
「提灯お化けニャ。夏祭りニャんだから、あいつだけは絶対に見つけないとマズいのニャ」
「……え、この中から探すのです?」
菊は呆然と呟いた。
というのも、菊たちの目の前には山積みのゴミがあるのだ。それは単なる木の板だけでなく、壊れた椅子やタンスといった家具、時代遅れの女性服など、生活用品が丸ごと揃いそうなほどである。
タマもさすがにうんざりといった顔だが、仕方なさそうに。
「それしかないニャー……」
「ええ……」
「あ。それと最初に探すの忘れてたから、急いで欲しいニャ」
「……最悪なのです」
タマがしれっと自分のミスを告げて、菊は初っ端からどんよりとした気分になりつつも、愚痴を吐いて小屋に踏み入った。
だが、あまりのゴミの多さに鎧さんですら気疲れを見せている。
「呼んだら出てきたりしないのです?」
「しないだろうニャー……あっ、でも暗くすれば見つかるかもしれないニャ!」
「ホントなのです⁉︎」
「ならば吾輩の図体が役に立つかもしれぬな!」
タマの思いつきに、菊も鎧さんも飛びついた。早速窓や出入り口を木の板で塞ぎ、鎧さんがそれを支える。すると。
「む? おおっ、本当に明るくなったぞ!」
提灯が一人でに光を放ち、鎧さんが嬉しそうに言った。
だが、菊とタマはそれを見てたまらず叫ぶ。
「う、上にぶら下がってたのです⁉︎」
「お前、なんでさっさと言わないのニャ! 今すぐ下りてこいニャ!」
そう怒りに任せて声を上げた二人だが、大抵の妖怪は自分勝手なものである。提灯お化けは何事もなかったかのように光っていて、今にも飛びかかりそうなタマのため、鎧さんが仕方なく両手を伸ばして提灯お化けを手に取った。
だが、光りはしているが動かない。
「さてはこいつ、まだ寝てるニャね?」
「……え?」
その様子を見ていたタマがそう呟き、菊は自分の耳を疑った。
「なんと、寝ておるのか?」
「ま、こいつは他のやつよりも呑気だからニャー……」
驚いた様子の鎧さんに、やれやれとばかりにタマが言う。
「まだこの辺にいたような気がするけど、もう疲れて思い出せないニャ」
『えっ』
と、残念そうな声が響いた。
「? 今、何か言ったかニャ?」
「誰も言ってないのです。ってことは……」
それは他の妖怪の声、ということだ。菊は慌てて明るくなった周りを探し、床に不自然な水たまりを見つけた。それを辿ると、まるで泣いているような古い傘がある。
「む、これであるか?」
鎧さんがひょいっと傘を持ち上げ、水を軽く払った。
「しくしく……」
「ほれ、泣くでない。どうした」
どうやら濡れていたのは泣いていたかららしい。
鎧さんが心配そうに問うよそで、タマはなぜか「うニャッ⁉︎」と叫んで顔をしかめている。
「めんどくさいのに会っちゃったニャ……」
「ひ、酷いですよぉ! わたくしみたいな壊れた傘にも心はあるのに!」
「泣き虫は嫌いニャ」
「ば、ばっさりなのです……」
よほど疲れているのか、タマは容赦なく傘の妖怪に告げた。
戸惑う菊だったが、鎧さんは動揺することもなく考え込んでタマに問いかける。
「ふむ。タマよ、この妖怪はもしや……」
「唐傘お化けだニャー。こいつは昔から卑屈だから、話すと疲れるのニャ」
「だってだって、わたくし雨の一つも防げないポンコツ傘ですよ! そりゃ自信もなくします!」
唐傘お化けはやたら力強く力説し、菊は困惑を隠せなかった。
「そこは自信があるのです……?」
「これだから嫌なのニャ。お前の主人はそんなことで使うのをやめたりしなかったニャ。何度も直して使われてたから付喪神にニャったのに、そんな大事なことも忘れたのかニャ?」
タマが呆れ果てた口調で、しかし優しさのある声音でそう伝える。
すると唐傘お化けもハッと我に返った。
「あ、そうでした……。な、ならば、自信を持って夏祭りに挑みます!」
「……果たして、夏祭りにそこまでの気合がいるのであろうか?」
唐傘お化けの元気が戻ったようで何よりだが、鎧さんやタマも怪訝そうに首をひねっていた。
「……ま、まあ、元気になったのならよかったのです」
天狗:日本の伝承に登場する神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般的に山伏(山中で修行をする修験道の道者)の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。
(Wikipediaから)
唐傘お化け:付喪神の一種で、捨てられた唐傘が恨みの力で妖怪へと変貌したもの。巨大な一つ目と下駄、長い舌が特徴。
付喪神の中でも特にポピュラーな存在であるが、具体的に何をする妖怪なのかは分かっていない。
(ピクシブ百科事典から)




