18話 お宝はどこに?
『お主たちにお礼がしたい』
あれから鎧さんはそう言って、とある一つの場所に案内してくれた。
稲荷神社から少し離れた祠の元に来ると、「ここに吾輩のお宝を隠したのである!」と自慢げに胸を張った。
田んぼや村の家々がよく見渡せる道端の小さな祠。
そこから後ろに数歩下がった山肌に、鎧さんの隠したお宝が埋まっているらしい。
「ニャーも手伝ってやるニャ!」
「ホントにあるのです?」
タマは楽しげに声を弾ませて、その足で土を掘っていく。
だが、菊はどこか疑わしそうだ。かくいう僕も今でもお宝が残っているとは思えなかったものの、興味があるのもまた事実だった。
それから三十分ほどに渡って地面を掘ってみたが、山菜すらも見つからない。
「僕、ちょっと家からスコップ持ってくるよ」
「む……ならば吾輩も一緒に行こう」
そうしないと埒が明かないと思ったのだ。
すると土を掘るのに疲れたのだろう。菊とタマも手を止めて、揃って顔を上げた。
「菊も行きたいのです」
「ニャーもへとへとニャ……」
すでに二人の声には気力がなく、どこかその仕草や表情も脱力している。
よほど張り切っていたのか、タマは鎧さんの足元までふらふらと歩いて甲冑の腕に抱き上げられた。僕も菊をそっと抱っこで持ち上げて、自分の被っていた麦わら帽子を菊にあげる。
鎧さんと顔を見合わせて笑い、家路に就いた。
いつしか日も落ちてきて、前方から吹いてくる風も涼しかった。
「ただいまー!」
水分補給のために帰宅すると、リビングから意外そうな顔で爺ちゃんと婆ちゃんが出てきてくれた。
「ありゃ、おかえり。遅かったねぇ」
「おう、おかえり。今ちょうどスイカ食っとったとこだ。手ぇ洗ってくるうちに切っといてやるで、みんなで洗ってこい」
「スイカ⁉︎」
ニカッと笑った爺ちゃんの言葉に、妖怪たちが目を輝かせる。
「ほう! スイカか、なんとも懐かしいであるな!」
「ご主人、ニャーの手を洗うのを手伝って欲しいのニャ!」
「うむ、もちろんであるぞ!」
真っ先に台所の流し台に向かう菊。鎧さんは猫又のタマのためにお風呂に向かい、そんなタマは尻尾を左右に振りながら廊下を歩く。
僕は彼らのはしゃぐ姿に苦笑すると、菊の後を追いかけた。
「ほれ、切り終わったぞ!」
「自分のは自分で持っていくのです!」
「おお、偉いなぁ」
爺ちゃんにそう言われ、菊はふふんと胸を張ってお姉さん気分だ。
その姿を風呂場から戻ってきたタマが「興奮しすぎニャー」と揶揄った。
「タマはうるさいのです!」
はっはっは、と鎧さんの大きな笑い声。僕も菊を見習ってスイカの乗ったお皿を自分でリビングに運び、タマは鎧さんに頼んでいる。
でも、鎧さんは本当にスイカを食べられるのか。
なんて心配していると、鎧さんは何事もなかったかのように口元にスイカを運び、兜の奥の暗闇へと吸い込んでいく。食べられることは聞いていたが、今までその姿は見たことなかったから驚いてしまう。
そんな鎧さんの固そうな膝の上で、タマはご機嫌そうにスイカをかじっている。さっきまでタマに怒っていた菊もシャクシャクと満面の笑みで食べ進めていて、僕はくすっと笑ってみんなに続いた。
「おやおや、何かいいことでもあったのかい?」
「あったニャ! ついにニャーのご主人と会えたのニャ!」
婆ちゃんの問いに、タマが力強く答える。
「ほー? そりゃあよかったねぇ」
「でも、そのお礼にってお宝探しをしてたら、全然見つからなかったのです」
菊はさすがに不機嫌そうだ。
婆ちゃんが怪訝そうに聞き返す。
「お宝探し? この村にそんなものがあるのかい?」
「うむ! 吾輩、こうして妖怪となる前は、前田勘吉という侍だったゆえな。いつ何があってもいいように、村にお宝を隠しておいたのである! 先ほど、それを探していたのであるが……」
「見つからなかったってか? まあ、そりゃあそうだろうなぁ」
「なぬっ⁉︎」
鎧さんは俯いて落ち込んでいたが、爺ちゃんにそう言い当てられて激しい動揺を見せた。
前のめりになって爺ちゃんに顔を近づけ、「どういうことであるか⁉︎」と叫ぶ。
「吾輩の宝は、いったいどこに──!」
「そりゃあ、鎧さんが願っとった通りに使われたに決まっとろう」
「……えっ?」
呆れた様子の爺ちゃんの答えに、僕たちも呆然とした。
願った通りに使われた? それってどういう……。
混乱する僕をよそに、鎧さんは『あっ』と納得したような顔をしている。爺ちゃんはさらに言葉を続けた。
「──『前田勘吉の宝』。そりゃあ、昔っからこの村じゃ有名な話だ。なんせ彼は生前、何か困ったことがあった時は祠の後ろを掘れ、と村の者に言い含めていたそうでな」
「……え、村の人には言ってあったの?」
「そうだ。で、ある年に飢饉が起きた時。彼の飼っていた猫が突然祠の後ろを掘り始めて、そこから財宝を見つけたそうな。そのお陰で村は無事に飢饉を乗り越え、その名残から猫が大切にされるようになったんだと」
「……ねえ。もしかしなくても、その飼い猫ってさ……」
僕はじとっとした目で、鎧さんの膝に座るご機嫌なタマを見つめる。
するとタマはハッと口を開け、気まずげな顔で言った。
「まあ、たぶんニャーのことだろうニャー……」
「いや、なんで忘れてんの⁉︎」
絶対忘れちゃダメなやつだよね、それ!
「陽太。これは年寄りの妖怪には、わりとよくあることなのです」
そう言って肩をすくめる菊に、タマはひどく慌てた様子で抗議してくる。
「年寄りって言うニャ! ニャーはまだまだ現役ニャ!」
「今の今まで忘れておいて、よく言えるのです」
「ニャッ……」
これにはタマも返す言葉を失い、悔しげに黙り込んだ。
はっはっは、鎧さんが愉快そうに笑って、タマを撫でる。菊はタマを甘やかしすぎだと呆れているようだが、別に悪いことをしていたわけでもないのでこれ以上言う気はないらしい。
とはいえ、今回ばかりは僕も菊の意見に同意である。
ついみんなのタマを見る目に呆れが含まれてしまったのは、タマの自業自得というやつだと思う。