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15話 屋根裏の大掃除

「わっ、凄いホコリなのです!」

「ケホッ……うわ、ホントだね」


 ひと足先に屋根裏へと登った菊がそう驚き、その後に続いた僕も思わず咳をする。

 時々菊が使っていたとはいえ、今まで誰も屋根裏があることなんて知らなかったし、きっと長年のホコリや汚れが溜まっているのだろう。とはいえ爺ちゃんと婆ちゃんはハシゴなんて危なくて登れないから、僕たちで掃除することにしたのだ。

 ホウキと雑巾、それとバケツを屋根裏に上げると手のひらを打ち鳴らして汚れを払う。


「さてと、早速始めよっか?」

「はいなのです! でも、結構広いのですね……奥が暗くて見えないのです」


 僕がホウキを手渡すと、菊は元気に返事をして屋根裏の先に目を凝らした。

 そんな菊の言葉通り、ホコリだらけの屋根裏はこの家が平屋であるせいか、走り回れるほどの広さがあるようだ。


「壁際は天井も低いし、菊も気をつけてね?」

「わかったのです!」


 そうして僕たち二人きりの終わる気がしない大掃除が始まった。

 本当はタマにも手伝ってもらいたかったが、タマは猫ということもあってか汚れた後に水浴びをしたくないという理由で拒否されたのである。


「しっかし、凄いホコリだね。これって何年分なんだろ」

「なんだか一〇〇年分はありそうなのです。きっとおっきなゴミ袋がないと入らないのですよ」

「菊、着物は大丈夫? いちおう上に一枚着てるみたいだけど」


 僕が婆ちゃんの割烹着を羽織っている菊に問いかけると、「大丈夫なのです!」と自慢げな声が返ってきた。

 婆ちゃんに服をもらったのがよほどうれしかったらしい。


「そっか。婆ちゃんの割烹着があるもんね」

「はいなのですよ!」


 菊を見つけた時には気にならなかったが、奥に進めば進むほどホコリが多くなっている。床もきしむような音がして、僕たちは慎重に掃除を進めていった。

 やがて掃き掃除にも終わりが見えてきた頃。

 壁際を掃除すると言って僕から離れていた菊のほうから、大きな声が聞こえてきた。


「陽太ー、ちょっと来て欲しいのです!」

「わかった、今行くよ!」


 僕は慌てて菊の元に駆け寄り、「どうしたの?」と聞こうとして息を呑んだ。


「──菊、これは……?」


 そこにあったのは、まったく見覚えのない古い木箱だ。

 かなり昔の時代のものらしく、かすかに漢字があるのがわかるだけで文字は読めない。ミミズのように砕けた走り書きで、木箱も丸まった大人が入れそうなほど大きかった。

 僕の問いに、菊は首をふるふると横に振る。


「わかんないのです。かなり昔のものみたいですが、陽太のご先祖様のものなのです?」

「さあ……? こんなものがあるなんて、聞いたことないよ。たぶん爺ちゃんたちも知らないんじゃないかなぁ」


 うーん、と僕は菊と一緒に頭を悩ませた。


「まあ、とりあえず開けてみようか?」

「そうするのです。菊はこっちを、陽太がそっちを持つのですよ!」

「うんっ。じゃあ、せーので開けよう」


 せーの、と声を合わせて蓋を開ける。

 重い蓋が外れると昔の空気の香りがして、おお……と呟いた。


「え、これって……甲冑?」

「そう、みたいなのです。でも、なんでこんなところに……?」

「さあ……?」


 僕は菊と揃って首を傾げ、箱の中を眺める。

 そこには、昔の鎧兜が入っていた。

 五月人形の兜より遥かに大きいが、驚くべきはその状態だ。長い年月が経って色は落ちているものの、大した損傷もなく綺麗な状態が保たれている。


「……でもこれ、とんでもない発見だと思うよ。それこそ、博物館で展示されるような……」


 そんな話を菊としていると、どこからか「おーい!」と僕たちを呼ぶ陽気な声が聞こえた。


「……っ、何、今の!」

「菊にも聞こえたのです! 『おーい!』って……」


 菊は顔色を青白くして、恐怖に染まっている。


「おーい、吾輩はここである! 早く出してくれんか! 一人では動けん!」

「ここって……まさか!」


 僕は驚愕して目の前の木箱を見つめた。

 間違いない。この声は、木箱の中から聞こえているのだ。


「うむ! お主の目の前におる甲冑が吾輩である!」

「な……」


 僕の確信を肯定するように、声の主は元気に声を張り上げる。

 菊が息を呑み、目を丸くした。

 なにせ長年屋根裏にいた菊でさえ、この甲冑の妖怪の存在を知らなかったのだ。


「吾輩、数十年前に妖怪となったのだが、この通り木箱に入れられておってな! ちっとも動けなんだ! まあ我慢は得意ゆえ、それほど気にしておらぬが……相手が妖怪を知る者であれば別であろうよ!」


 はっはっは、と豪快に笑う甲冑の妖怪。

 しかし、そんな彼が言っていることはけっこう洒落にならない。


「す、数十年もここに閉じ込められてたのです⁉︎」

「うむ! まあ、吾輩にとっては長い昼寝のようなものよ!」

「ええ……」


 そんなわけないでしょ、と呆れる僕だが、彼は本気でそう思っているらしい。菊が驚いているのを見るに、これが妖怪の常識というわけでもなさそうだ。

 僕はホッとしつつも、呆れるほどの我慢強さについ。


「物音ぐらい立てればよかったのに……」

「そうはいかん! 吾輩のような妖怪は、人には恐れられるモノであろう! 吾輩はそのような混乱を望まぬ! ゆえ、期が来るまで待っておったのだ!」

「いくらなんでも我慢強すぎるのです。菊だって、たまには外に抜け出して他の妖怪と交流してたのですよ?」

「へー、そうなんだ、っと」


 僕がよいしょと甲冑を持ち上げながら感心すると、菊は「そうなのです!」と胸を張った。


「うむ、もう大丈夫だ! 感謝するぞ、陽太と菊よ!」

 彼はそう言って甲冑の音を鳴らしながら立ち上がると、僕たちに手を差し伸べてくる。その固い手を取って握り、僕はふっと微笑んだ。


「こちらこそ。僕たちのことを気遣ってくれてありがとう、鎧さん」

「お疲れ様なのです!」


 菊の満面の笑顔に、鎧さんは「うむ!」と嬉しそうに頷いた。


「では、早速お主らの掃除を手伝うとしよう!」

「え、鎧さんもやってくれるの?」


 ガチャリガチャリと甲冑を鳴らしながら掃除道具を取りに向かう鎧さんに目を丸くしていると、鎧さんはハハハッと豪快に笑った。


「吾輩が長年世話になっておる屋敷ゆえな! ほんの恩返しよ!」

「ただ木箱に閉じ込められていただけなのに、なのです?」


 不思議そうに小首を傾げる菊。


「なあに、そんなことは些末事よ! 最初から気にしておらぬわ!」

「ええ……それはもっと気にしたほうがいいんじゃ……」


 そう言ってみるが、鎧さんはまた陽気に笑って近くにあったホウキで掃除を始めた。僕たちは舞い上がるホコリに咳をしていたのに、無機物である鎧さんはお構いなしだ。

 僕と菊も慌てて負けないように掃除を再開したものの、疲れ知らずの鎧さんには敵わない。

 数日かかると思っていた作業は、鎧さんの大活躍のお陰で午後の明るいうちに終わることができたのだった。

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