12話 座敷わらしは手伝いたい!
朝食を食べながら稲荷さまの言葉を伝えると、婆ちゃんは張り切って稲荷寿司を作る準備をしてくれた。
それから午後五時の鐘が響く頃に、菊と一緒に支度を始める。この時間になったのは、タマが晩ご飯の時に作ればいいと言ってくれたからだ。
「じゃあ、そろそろ作ろうかね」
「はいなのです!」
菊の元気な返事に婆ちゃんが笑い、台所の鍋の蓋を開けた。
事前に油揚げを半分に切って、煮ておいてくれたらしい。菊はその油揚げを取り出すように頼まれると、楽しそうに箸でお皿に移し始めた。僕もその間に炊飯器を開け、大きな木桶にご飯と酢を入れて混ぜ合わせる。
そこにリビングからタマが出てきて、「お、やってるニャー」と呑気に言った。
「タマもなんか手伝ってよ」
「嫌ニャ」
「えー……」
まあ、そうだろうとは思ってたけど。
「あ、婆ちゃん。酢飯は混ぜたら冷ますんだったよね?」
「そうだよ。そこの木桶に広げて、うちわで冷ましといてくれるかい」
いちおう婆ちゃんに確認してから、僕は大きな木桶に酢飯を広げた。あとはテーブルに乗せ、素手で握るときのためにうちわで扇ぐだけだ。
「ねー、タマも扇いでよー」
「めんどくさいニャー。菊に頼むといいニャよ、ちょうど油揚げの作業が終わって暇そうニャ」
「いや、菊はむしろ手伝わせすぎてる気がして……」
こういうのは僕たち人間が主体で、妖怪である菊とタマには少し手を借りるだけが理想だろう。でもタマが暇そうだったし、手伝ってもらうぐらいはいいかなぁ、とも思う。
「なんでニャーはいいのニャ……」
「いやぁ。タマって猫又だし、なんか便利な力とかないのかなって」
「それ、絶対そっちが目的ニャね?」
あ、バレた。
「陽太の顔にそう書いてあるニャー」
「だって見てみたいし」
「猫又は変化が得意なだけニャし、期待しても無駄ニャ」
「えー」
そんなやり取りをしていると、婆ちゃんが僕を呼んだ。
「陽太、そろそろ酢飯も冷めたし続きをやろうか?」
「あ、はーい」
「菊も手伝うのです!」
「おや、ありがとね」
婆ちゃんは嬉しそうに目を細め、菊の無邪気な声にお礼を返す。
それで少し気まずくなったのだろう。タマも菊とそっくりな姿に変化して袖をまくった。
まだ熱の残る酢飯に苦戦しながら稲荷寿司を作り終えると、婆ちゃんはそれを冷蔵庫に入れて冷やし、少し困った顔で酢飯の容器が置かれたテーブルを見つめた。
「だいぶ酢飯が残っちゃったねぇ。どうしようか」
「──じゃあ夕飯は海苔巻きにするかぁ?」
そこにやってきたのは爺ちゃんだ。
のれんをくぐって台所に入ってくると、そう言って笑った。
「ああ、そりゃいいねぇ。畑からキュウリ採ってきてくれるかい?」
「あいよ。陽太、ちょいと手伝ってくれや。暑いで帽子も被って来いよ」
「わかったー」
「菊もやるのです!」
「おお、ありがとさん」
むん、と拳を握って気合を入れる菊に、爺ちゃんは朗らかに笑って玄関に向かう。僕も駄菓子屋でもらった麦わら帽子を自分の頭に被せて庭に出た。
「おし、菊ちゃんはこれでいいな」
「ありがとうなのです!」
菊は爺ちゃんに手ぬぐいを巻きつけてもらい、ご機嫌そうだ。
僕も軍手をつけて準備完了し、庭の広い畑に踏み入って野菜を採っていく。その横では菊が一つ一つ爺ちゃんに聞きながら収穫していた。
爺ちゃんは菊のことをもう一人孫ができたみたいに思っているのだろう。菊が「採れたのです!」と喜ぶたびに自分のことのように喜んでいる。
それから十分後。
「おし、こんなもんでいいだろ」
という爺ちゃんのひと声で台所に戻ってきた僕たちは、順番に手を洗って海苔巻き作りに移っていた。
トマトとキュウリたっぷりの野菜入りに、ツナと刺身入り。他にもハムやウインナーも加えたら、自由な海苔巻きが完成だ。
「──あーっ‼︎」
僕たちがホッとひと息つこうとすると、突然菊が叫んだ。
思わず肩を跳ねさせて振り向き、僕も「あっ!」と声を上げる。
「菊、その着物……っ」
驚愕に目を見開いて、菊の羽織っている着物を指差した。
それもそのはず。その赤い着物の袖口には、大きな裂け目ができていたのだ。
菊は涙目でコクリと頷いて、どこか震える声で言う。
「菊の着物、破れちゃったのです……!」
「……っ!」
この着物は市松人形の菊にとっては、何よりも大事なものだ。なのに……。
僕が言葉を失っていると、爺ちゃんが少し考えてから申し訳なさそうに口を開いた。
「……こりゃあ、さっきの畑でどっか引っかけちまったな。ごめんなぁ、俺の注意が足りんかった」
「い、いいのです! 菊から手伝いたいと言ったのですから!」
そうやって気を遣い合う二人を前に、僕はなぜか平気そうなタマに耳打ちして尋ねる。
「タマ、これって妖怪にとってはあマズいんじゃないの?」
「ニャ? んー……まあ、そこまで心配しなくてもいいのニャ。これぐらいは昔からたまにあることニャから」
「へ? そうなんだ……」
でも、だからと言って大切なものが傷ついて平気なモノなんていない。
僕が不安な気持ちでなっていると、婆ちゃんがくすっと笑みをこぼし。
「菊ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと待っててごらん」
そう言ってどこからか持ってきたのは、婆ちゃんの裁縫用具だ。
中から針と赤い糸を出すと、その場で素早く着物の破れた部分を縫い始めた。それを眺めていたタマが懐かしそうに言う。
「昔はそれくらいのことは、よくあったのニャ。でもそのたびに新しい物は買えニャいし、そういう時はああして着物を縫ってまた使ってたニャ」
「へえー……」
今みたいになんでも買える、買ってもらえる時代には想像しにくいことだ。でも、そういうのは妖怪だけに関わらず価値のある物になるのだろう。
「ニャーたちみたいな妖怪にとって、そういう思い出はお金には代えられニャい価値がある。だから、陽太もそう深刻にならなくていいニャ」
タマの理知的な瞳が僕を見つめる。
そこには温かい感情があって、僕もホッと笑顔になった。
コクリと頷いて菊を見ると、婆ちゃんの裁縫を眺めながら瞳を輝かせている。
「……そうだね。ならよかったよ」
「ニャ」
タマも短い返事で頷いて、また懐かしそうに裁縫をする婆ちゃんを眺めた。
「タマもああやって何か作ってもらったの?」
「うニャ?」
「なんか懐かしそうに見てるから」
首をきょとんと傾げたタマに笑い、僕はそう聞いてみた。
「そうだニャー。ニャーのじゃなかったけど、勘吉の奥方が子供のために縫い物をしてるのはよく見てたニャ。だから、ちょっとだけ思い出したのニャ」
「……そっか」