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午後9時、沈黙の中で名前を呼んだ
午後9時。
カフェを出て、少し遠回りしながら駅まで歩く。
街はすっかり夜の顔で、ビルの明かりが途切れ途切れに灯っている。
隣を歩く神谷くんは、特別なことは何も言わない。
でも、その沈黙が落ち着くのは、彼が隣にいるから。
ときどき、手と手が触れそうになって、
でもそのたび、お互い気づかないふりをする。
「……今日、楽しかったね」
その一言が、想像以上に胸に響いた。
ほんのささやかな言葉なのに、
“今日”という日を、ちゃんとふたりで過ごしたんだって思えた。
風が冷たくなってきた夜道で、
私はふいに口を開く。
「ねえ、神谷くん――」
呼んだ名前のその先に、
これから何を続ければいいのか、言葉がつまる。
でも彼は立ち止まって、
小さく微笑んで、
ただ一言、こう言った。
「……こっち、歩こう。もう少し、話したいから」