午後8時、触れた指先がすべてを変えた
午後8時。
都会の夜はまだ明るくて、駅前の灯りが足元を照らしていた。
仕事終わり、珍しくふたりで立ち寄ったカフェ。
店内は少し暗くて、隣に座る神谷くんの顔がやけに近く感じた。
「お疲れさま。今日、なんかずっとバタバタしてたよね」
彼の声はいつもより少し低くて、夜の空気とよく似合っていた。
私は、ミルクたっぷりのカフェラテをひと口すする。
――こうして、仕事のあとにふたりで時間を過ごすなんて。
少し前までは考えられなかった。
ただの同僚。
名前を呼ばれても、書類を渡されても、
何も特別じゃなかったはずの関係。
「……最近、なんかさ」
神谷くんが、テーブルの上で指をすこし動かす。
私の手のすぐ近く。
「君のこと、気づくと目で追ってるんだよね」
思わず視線を上げると、彼は照れたように笑っていた。
「別に意識してるつもりなかったんだけど、なんか……気になるっていうか」
心臓が、さっきよりずっと速くなる。
声も出せないまま、私はただカップを両手で包んだ。
そのとき。
テーブルの下で、そっと指先が触れた。
一瞬だった。でも、彼は離さなかった。
目が合う。
何も言葉にしなくても、伝わってくるものがあった。
「……もうちょっとだけ、こうしててもいい?」
彼の問いかけに、私は小さくうなずいた。
もう、“ただの同僚”には戻れない。
触れた指先が、私たちの関係をゆっくりと変え始めていた。