午後6時、恋になる手前の静けさ
「午後6時、さよならの手前」
午後6時。
駅前のカフェで神谷くんと向かい合っていた。
会話はゆるやかに流れて、笑い合ったり、真面目な話をしたり。
仕事では見せない、柔らかな表情の彼がそこにいる。
「……佐伯さん、今日も頑張ってたね。見てたよ」
その一言に、胸の奥があたたかくなる。
「ありがとう。……神谷くんが見てくれてるって思うと、なんか、心強いんだ」
コーヒーのカップが空になる頃には、外はすっかり夜の気配。
窓越しに見える街の灯りが、ふたりの間に静かな時間をつくっていた。
「そろそろ、帰ろうか」
彼がそう言って立ち上がる。
私も席を立ち、カップを片づけて出口へ向かう。
駅までの道。少しだけ距離をあけて並んで歩く。
付き合ってるって、誰かに知られたわけじゃない。
でも、言葉にしなくても“特別”な空気が流れている。
「……ほんとは、もっと一緒にいたいんだけどな」
ぽつんと、彼が言った。
思わず、足が止まりそうになる。
「……私も。まだ、バイバイしたくない」
自然と、ふたりとも笑ってしまった。
きっと、気持ちは同じなんだ。
駅の改札前、別れの時間。
「また、明日ね」
そう言って手を振る私の手を、神谷くんがそっと取った。
ぎゅっと握って、離さない。
「明日、また会えるけど……今日は、ありがとう。ほんとに、嬉しかった」
彼の手のあたたかさが、指先から心にしみる。
「……じゃあ、また明日。私も、ありがとう」
ようやく手を離して、改札をくぐる。
振り返ると、彼がまだ同じ場所に立っていた。
私が見えなくなるまで、ずっと。
午後6時。
別れ際の少し寂しい空気も、
ふたりの気持ちを確かめ合えたことで、愛おしく感じた。
――また明日。
そう思える誰かがいることが、こんなにも心を満たしてくれるなんて。