午後4時、距離が少しだけ近づいた
「午後4時、恋が動き出す」
その日、私は仕事で小さなミスをした。
大きな問題にはならなかったけれど、私自身がいちばん落ち込んでいた。
資料の確認不足、スケジュールの思い違い。自分でも、気が緩んでいたとわかっていた。
午後4時過ぎ、ようやくひと息つけたタイミングで、給湯室へ向かう。
コーヒーでも飲まないと、頭が回らない。
そこにいたのは、神谷くんだった。
「……佐伯さん、大丈夫?」
私の顔を見るなり、そう言ったその声に、思わず胸がじんとした。
「うん、ちょっと、やっちゃって。自分にがっかりしてるとこ」
ふっと苦笑すると、神谷くんは無言でマグカップを差し出した。
「ホットココア。今日はこっちの方が合うと思ってさ」
それは、思いがけない優しさだった。
私、そんなに疲れた顔してたんだな。
ふたりで並んで壁にもたれ、カップを手にする。
甘さが、心まで沁みてくる気がした。
「……ねえ、神谷くん。私さ、ずっと強く見せようとしてたのかも」
ぽつりとこぼすと、彼は少し驚いたようにこっちを見た。
「いつも頼れるって言われるの、悪い気はしないけど……ほんとは、弱いとこだってあるし、泣きたくなる日もある」
私の言葉に、神谷くんはゆっくりうなずいた。
「そういうの、ちゃんと話してくれるの、嬉しいよ」
そう言って、彼はやさしく微笑んだ。
「俺、ずっと佐伯さんのそういう強いとこに憧れてたけど……
本当は、もっと近くで支えたいって思ってた。仕事仲間とか同期とか、そういうの超えて」
胸が、ぎゅっとなる。
鼓動が速くて、どう答えたらいいのかわからなくなるくらい。
それでも、ちゃんと伝えなきゃって思った。
「……ありがとう。私も、あなたと一緒にいたいって思ってた」
その一言が、彼の目をやわらかく揺らす。
気づけば、私たちは微笑み合っていた。
オフィスの隅にある、小さな給湯室。
その空間が、こんなにあたたかく感じたのは、初めてだった。
午後4時。
コーヒーでも、ココアでもない――恋の香りが、ふたりの間に静かに漂っていた。