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久々の運動

 両手を頭の上に伸ばして、背中をぐっと反らせる。

 こきこきと鳴る肩甲骨と、ついでに鳴る腰が心地良い。


 軽く身体をほぐしていると、馬車の方からラナの声が飛んできた。


「ハガネよ、一人で大丈夫なのか?」


 うん、まぁ……そりゃそう思うよね。

 視界の先には、どう見ても10人近くの盗賊風の男たちが、街道のど真ん中にズラリと並んでいる。顔を隠したり、布を巻いたり、もういかにも「我々は悪党です」と言わんばかりのスタイルだ。

 そんな彼らに向かって、見るからに貧弱そうな男が一人、のこのこ歩いて行こうとしているんだから。


 ラナは俺の模擬戦には何度か立ち会ってるけど、本当の戦いぶりはまだ見たことがない。

 それはスカーレットも同じで、ラナの隣でちょっと眉を寄せながら、じっとこちらの様子を見ている。心配されるって、わかっちゃいるけど、やっぱりくすぐったい。


 ただね、ここで襲ってくるような連中にしては、ずいぶん堂々と構えてる。

 林の陰に潜むわけでもなく、馬車の御者から丸見えの位置で仁王立ちしてるあたり、何というか……初々しいというか。うん、盗賊界の新米感がすごい。


 もしかすると、「盗賊デビュー!俺たち今日から本物だぜ!」みたいなテンションなのかもしれない。そう考えると微笑ましいような、憐れましいような。


 ……いや、だからって油断していいわけじゃないけどね。

 一応、誰かが背後に隠れてる可能性も考えておかないと。見た目で油断して痛い目見るの、冒険者あるあるだからな。


「特に問題はないと思うよ。ただ、少し時間はかかるかも。それと……ほら、馬車から飛び出したくてウズウズしてる娘が数名いるからさ、一緒に連れて行こうかな」


「このクランは戦うのが好きな人が多い気がする……。世間一般では、盗賊に待ち伏せられたら、普通もっとこう……ピリピリするものじゃないか?」


 スカーレットが半ば呆れたように呟く。

 まぁ、正論だよね。正論だけど、たぶんこの一団には通じない。



 ラナとスカーレットの背後から、じぃーっとこちらを覗いてくる視線が三つ。

 ええ、もう予想通りです。セラ、ミラ、ジャンヌの三人娘が、目をきらきらさせながら出番待ちの顔をしていた。何だこのアイドルのオーディション会場みたいな空気。


 ジャンヌなんて、最初に出会った時はPKプレイヤーキラーにビビって、戦闘どころじゃなかったのに。今じゃ盗賊退治に行く気満々だもんなぁ……。


 ……きっとこれは、セラとミラの悪影響だな。うん、間違いない。

 でも本人にそれを言ったら、「全部ハガネのせいでしょ?」って返ってきそうだから、触れないでおこう。大人の対応、大事。


「セラ、ミラ、ジャンヌ……一緒に行くかい?」


「「「もちろん!」」」


 ……返事が良すぎる。なんだこの息ぴったりの三重奏。

 こっちは戦闘前だってのに、まるでデートの誘いみたいなテンションで答えられると、ちょっとだけ複雑な気分になる。いや嬉しくはあるんだけど、状況が状況だからね……。


 女性陣を引き連れて盗賊団に突っ込む男、という構図は、一般的には多分間違っている。

 でも、うちのパーティの場合、それが「いつものこと」になってるから困る。今さら止められない。


 うん、諦めよう。


 改めて盗賊たちの様子を確認する。

 馬もいないし、野営の痕跡もない。このあたりを根城にしてる連中かな? それとも通りすがりの成り上がり狙い?

 いずれにせよ、待ち伏せってほどの用意もないし、奇襲を狙うような頭の良さもなさそうだ。


 武器は……あー、うん。見なかったことにしたい。

 短剣?っていうより、折れた剣の残骸を握ってる奴もいる。武器屋で普通に買えなかったのか、そもそも金がないのか。

 防具も同様。防具というか服だな、これは。ボロ布に麻袋のような何かを被せただけ。あれで魔物の一撃に耐えられるのか、本気で疑問だ。


 遠距離職っぽい奴も見当たらない。弓矢を背負ってる姿が一人もいないのはちょっとびっくりだ。

 ……うん、やっぱり一人で十分そうだ。でも、旅の安全と運動不足解消のためにも、みんなで身体を動かしておくのは悪くない。


「じゃあ、とりあえず俺が先に行くから、後は任せたよ。絶対に、こんなところで怪我しないように」


「もちろんだ。けど、怪我をしたらハガネが癒してくれるんだろう?」


「癒されたいからって、自分から怪我しちゃダメだよ、セラ」


「さすがにここでセラさんが怪我するとは思えないけど……」


 ミラが軽くセラをたしなめる一方で、ジャンヌは完全に心配すらしていない。もう慣れてしまっているのか、それともセラへの信頼が厚いのか。

 ……まぁ、あの見た目の盗賊たちにセラが傷つけられたら、こっちが驚くわ。レナなんて、絶対びっくりして飛び出してくる。

 焦ってヒールを連発するレナの姿が、目に浮かぶようだ。


「でも皆、油断大敵だからね。じゃあ、行ってきます」


 馬車の中から、ハクたちが無言でエンチャントをかけてくれる。

 セラとディムも、いつものように歌と踊りで気分を盛り上げてくれた。……ほんと、いいPTになったよなぁ。


 俺はまるで近所の友達に会いに行くかのような軽い足取りで、街道に広がる盗賊団の輪の中へ向かっていった。

 あまりにも自然すぎて、盗賊たちもポカンとしてる。

 敵意をまだ出していないせいか、誰も攻撃してこない。


 ……ので、「御苦労様」と笑顔で一言だけかけて、堂々と集団の中央を通り抜ける。

 すると、ようやく反応が返ってきた。やっとか。


「おいお前、1人で逃げてんじゃねぇ!」 


「女どもを置いて逃げるとは、情けねぇ男だな!」


「お前も女も逃がさねぇから、諦めなっ!」


 ほうほう、急に元気になったな? 俺が逃げたと思ってテンションが上がったらしい。

 どこにでもいるよな、こういう“弱い奴にだけ強気”な連中。哀れと言えば哀れだけど。


「貴方たちに紹介できる女性はおりませんよ。代わりに私が、お相手させていただきますね」


 ふっと表情を変えて、盗賊の方へと向き直る。

 その中でも、一番前にいた大声の男に狙いを定めて、ゆっくりと近づいていった。


 お前には盛大に喚いてもらって、みんなの注意を引き付けてもらわないとね。


 見下ろしてくる男の顔を真正面から見上げながら、俺は笑った。

 背が高いからって、優位に立ったつもりになるんじゃないよ?


 そして――右足を持ち上げ、片足立ちになる。

 膝を胸元まで引き寄せ、両手でしっかりと抱え込む。


「……何してんだ、お前は?怖くて可笑しくなったのか?」


 はい、きました油断台詞。今のうちに殴るか刺すかしないとダメなのに。

 でもまぁ、その隙をありがたく使わせてもらうよ。


 返事もせず、俺はそのまま右手を放し、ため込んだ勢いを利用して――


 右足を、渾身の力で斜め前に突き出した。


 踵が、盗賊の膝に、いい角度でぶち当たる。

 骨の軋む音とともに、膝は明後日の方向に曲がり――


「ギャアアアアッ!!!」


 とてもお上品とは言えない悲鳴が、街道に響き渡った。

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