お隣の領地へ出発
話し合い──というにはあまりに暴力的な気配を漂わせたやり取りの末、なんとか皆で仲良く旅に出るという結論に至ったことで、とりあえず揉め事は収まった。うん、結果オーライ。平和って素晴らしい。
……のはずだったのに、なぜかセラ達はその場で模擬戦を始めていた。いや、それ話し合いの流れ関係ないよね?どう考えても、ただ戦いたかっただけだろう。しかも何故かその輪に俺まで巻き込まれるという理不尽。
セラ、ミラ、ジャンヌの順に、ありがたくもお相手させていただいたが──辛勝だった。いやほんと、皆強くなったなぁ……遠い目をしたくなるほどに。
特にセラ。お前、騎士志望じゃなかったっけ?それが今や素手の戦闘技術に磨きがかかりすぎていて、もう拳で語る武人みたいな領域に片足突っ込んでる。ミラとジャンヌに至っては、木製の短剣と剣を両手に構えて二刀流。もはや模擬戦という名の本気勝負である。
しかも全員、俺への謎の信頼からか、手加減という言葉を知らない。頭に木剣が直撃すれば普通に死ねるというのに……そんな未来を全力で回避しながら、俺は必死に受け流し、かわし、抑え込む。
セラは特に酷い。素手の勝負が終わると、なぜか真剣と盾を構えて再戦を申し込んでくる。いや、何がしたいの!? このままいくと冗談抜きで命に関わるんですけど!
……そう、もし俺が日々の鍛錬をサボり、成長を止めていたら──
「仲間に殺されたヒーラー」として、後世に語り継がれていたかもしれない。主に戦乙女の皆様によって。実に不名誉である。そんな未来は全力で回避しなければならない。今日も明日も、精進あるのみである。
模擬戦という名の命がけの儀式もなんとか終え、俺たちは準備に丸二日をかけ、ついに旅路へと踏み出した。
目的地はお隣の領地。とはいえ一ヶ月かかる長旅である。久々に本格的な遠出になるため、準備は念入りに行った。
移動は馬車を使うとはいえ、時間はかかるし、食料や寝具も積み込まなきゃならない。荷物はすぐに膨れ上がり、まるで荷台が膨らんだ風船のようになっていく。異世界あるあるの無限収納袋的な便利アイテムは……どこかに落ちてませんかね?誰か落としてくれ。
結局、馬車を二台、御者を二名、冒険者ギルドから借りることにした。自前で連れて行ってしまうと、向こうに着いてから馬の世話をどうするかという問題がある。狩りに出てる間に放置しておくわけにもいかないし。
その点、借り馬車なら到着後は自動的に帰ってくれるし、帰りはまた現地で手配すればいい。文明って偉大。
出発メンバーは総勢18名。クランハウスの留守を預かってくれるのは、ワニの婚約者3名とジャンヌを除く戦乙女の5人、そしてオルフェン討伐後に加入してくれた新メンバー達。ありがたいことだ。
……代償として、「帰ってきたら全員で一日デート!」という契約を結ばされたが。いや、それで済むなら安いものか。今はそう信じよう。
なお、その契約成立時、他の婚約者達からの視線が突き刺さってきたが……気にしたら負けである。気にしなかったことにするのが、俺の処世術。
王様への出発の挨拶を済ませ、冒険者ギルドでギルマスに声をかけ、いよいよ馬車へ乗り込む……はずだったのだが、問題はそこからだった。
一台の馬車には、ワニと戦乙女の中でも彼の婚約者である3人が乗り込み、もう1台には、残りのメンバー全員。そう──14人。無理があるだろうが!!
文句を言おうとしたが、すでにワニ達は広々とした空間でいちゃいちゃタイムに突入済み。苦笑いとともに、優雅に馬車は先へと出発していった。
残された俺たちは、両側に木製の長椅子が備え付けられた車内に、対面でぎゅうぎゅうに押し込まれた。6人掛けのベンチに7人座るってどういう了見なの……。
皆は「ハガネと一緒がいいから」と嬉しそうに言ってくれるが、長距離移動だぞ? これは人類に許された限界を超えた密着度では……。
特にラナ。姫様である彼女にこの環境は酷ではと思ったのだが、「こういうのは初めてで、何だか楽しいな」と、なぜか満面の笑顔だった。スカーレットも隣で少し狭そうにしながら、特に不満そうではない。
荷物はさすがにワニ側の馬車へ全部移してもらったが……このまま一ヶ月は無理だ。数日したら、馬車のメンツを再編成しよう。イチャつく余裕どころか、肘を伸ばすのも困難な状況である。
──そして一週間。
何事もなく平穏に、そしてぎゅうぎゅうのまま旅が続いていた。まさか皆このままで平気だとは……意外すぎる。人間、慣れって怖い。
けれど俺としては、もう限界が近い。そこで、隣に座るハクにそっと声をかけてみた。
「ねぇ、ハク……流石にこの状態だと疲れない?」
「全然平気ですよ? 毎日席も交代してるし、ハガネさんの隣にも座れますし。それに、ここにいる皆さんは大好きですから!」
満面の笑顔で返されてしまい、こちらが申し訳なくなる。が──その時、対面に座るリカが、やや低めの声で口を開いた。
「何、はーさんは私とくっつくのが嫌なの?」
「そんな訳ないでしょ、リカが隣に居てくれて嬉しいよ」
即座にフォロー。反射速度には定評のある俺。
しかし、フォローしたことで逆に火種が増えるのがこの世界の宿命。
「じゃあ、昨日ハガネの隣に私が居た時は嬉しくなかったのか!」
セラ、全力で噛みついてくる。俺、否定。全力で。
……こういう会話、もう三ヶ月も一緒にいるというのに、いまだにうまくさばけない。将来、今の婚約者たちと一緒に暮らすようになったら、毎日がこの調子なんだろうか。心が保つ気がしない。
前世でも、浮気や二股三股の末路はよく耳にしたが、こんなに堂々と同居してバランス取れてた人なんていただろうか?
この世界では貴族なら5人婚とか当たり前らしいが、13人て。さすがに限界突破してると思う。
よく王様もラナをこんな所に送り込んだなと思うが、聞けば王様自身も妾含めて10人。とはいえ、妾たちは別邸で暮らしてるから日常的に顔を突き合わせることはないらしい。いわば大奥システムか。
その点、我がクランハウスは50人規模の大所帯の中で、現在30人が同居中。建物は一つ。日常的に顔を突き合わせ、生活する。揉め事が起きないほうが奇跡。
……武術だけでなく、こういう関係の調整能力も鍛えていかないと、本当に死ぬ。
と、そんなことを考えていた矢先。
「タマ伯爵!前方に、道を塞ぐように集団がいます!」
御者の慌てた声が響いた。猫じゃない、俺の家名ね。ええ、分かってますとも。
盗賊か? 一週間、何事もなく平和すぎて少し退屈していたところだ。ちょうど良い、体もほぐしたいし。
「馬車を止めて頂けますか。ちょっと様子見てきますので」
そう言って御者に指示を出し、ぎゅうぎゅうの馬車からようやく地上へ。
涼しい風が吹き抜け、身体を解きほぐす心地よさが全身に染み渡る。地に足をつけられるって、なんて素晴らしいんだ。
さて……退屈しのぎにはちょうどいい相手だといいんだが。