対決準備
夜遅く、西自治区。 とある軍病院の二階の角部屋。
隊長のガットさんが入院してる場所は知っていた。以前に様子を見に来たことがあるからだ。
ファイナルフォームⅡで屋上から侵入し、該当の部屋の前まですんなり移動できた。部屋に扉は無かったので、そぉっと室内の様子を確認してみる。
よかった、まだ入院してた。いや、もちろん良くないのですが。そして、他に人の気配は無い。
回復が進んでも個室をあてがわれているのは、やはりそれなりの要人ということだろう。
「誰だ?」
ガットさんは、声だけで威嚇する。 もう気付かれたのね、さすがだなぁ。
こちらから見えて無い方の手は武器に延びてるかもしれない。
「ええと、お見舞いに来ました」
ゆっくりと入室しながら、たぶん無難な言葉を掛けてみた。
「お前か、いや、違うのか?」
体を起こしながらわたしを分析している。
「ええと、白い悪魔です。
ちょっと見た目変わってるかもですけど、お気になさらず」
「わざわざ見舞いとはな、しかも今更か……なんてな。
で、要件はなんだ?」
「昨日東自治区のある方にお会いしてきました。
帝国に対して手を出さないで欲しいと伝えました。
結果、三十日間の猶予をいただきましたので、西自治区の方にもお願いしにきました。
お体悪いのに、見知った方があなたしかいないので頼らせてもらっています。 ごめんなさい」
必要事項を淡々と伝えた。
「もう十分元気になった。骨折がくっつけばすぐにでも退院できる。 で、理由は教えてくれるんだろうな?」
「もちろん東と同じ内容はお話しできます」
「では、お願いしようか」
わたしは、グレッドさんに話したのと同じ内容を伝えた。 あ、結局グレッドさんの名前出しちゃった、個人的内容は別にしてだけど。
「そうか、英雄が承諾した内容であれば大丈夫だろう。
恐らく明日には、本部に書簡が届くのではないかと思う。 俺が伝令を使うより早いかもしれん」
「そうなのね」
まぁ、そういう内容か、勝手に東自治区だけが止まっても他が困るもんね。
「さて、要件は終わりかな?」
「あ、はい」
「もう少し時間をいただけるかな?」
「この後大事な用事があるので手短にしてくださいね」
「承知した。
では、先日は、俺も含めてたくさんの命を救っていただき、本当にありがとうございました」
ベッドの上で体を前に倒しながらお礼を言われた。
「その体勢では窮屈でしょう。早く体を起こしてください」
「お礼だけはちゃんと伝えておきたかった。
君とはゆっくりと話がしたいのだがな。 白き天使よ」
「え? 天使?」
「今更軍内の通称は混乱を産むため変更できんが、個人的に会話するなら構わんだろ」
「へへ、照れまする。
だから、悪魔で構いませんよ」
「俺は君を信じる人間の一人だ。 好きなようにやってくれ、期待をしている」
「ありがとうございます」
「ところで、その恰好はどうにもならないのか?
さらに幼くなったのもあるが、露出を減らせないもんかと」
「本人も、本気でそうしたいけど、できないって理解しておいてくださいね」
「そうか。 では、行ってくれ。
次こそ、ゆっくりと話をしようぞ」
「そうですね。頑張ります」
ちょっと死亡フラグっぽい約束だけどね。
わたしは、そのまま窓から飛び立った。来たルートを戻る意味もないので。
翌日の昼前、ミラ様宅。 ちょっと帝国領で休んだけどファイナルフォームⅡのスピードのおかげでちょっと余裕だった。
だけど、そこには、既に全員が集合していた。
皆と挨拶を交わすが、一人だけ見たことが無い姿があった。三十歳前後と思われる男だ。 たぶん沖田さんだけど。
「小さくなったな」
沖田さんは、そう言いながら頭を撫でてくれた。ん?
「はうっ。 なんで、頭を撫でる」
沖田さんは、特にそれに対する回答はなく、少し離れた場所に座った。
「沖田さん、素敵よね」
カナデは意味不明な言い回しでわたしを抑えた。
「ところで、ミラ様達、なんでもう居るの?」
既にミラ様が居たことにちょっと驚いた。 戻ってくるまで待つつもりだったのです。 うまくいけば三十日も要らないかも?
「わしも神に呼ばれたんじゃよ。
久方ぶりに話し込んじまったがの。
で、話の最後に、パワーアップしたお前が早々に訪ねてくるじゃろうと教えられたのさ」
「え? ちょっと待って、わたし速攻で帰されたんだけど」
扱いの違いはなんなのでしょう。
「ああ、それか。 なんか付いてきた友人を気にしていたからすぐに帰してあげたとか言っておったぞ。 もう少し話したかったと残念そうじゃった」
「そんなぁ~。
それにしてもスコットくんのせいなのか~、巻きんだのはこっちだけどさ~。
そして、付いてきたんじゃなくて勝手に連れてったんでしょうに。
あの時、もっと話す時間さえあれば、フォームの色素の件もきっと相談できたのになぁ。くしょ~」
「でも、なんで無関係の人間を巻き込んだんでしょうね」
カナデが疑問を口にした。
「わしもそこまでは聞いておらん」
「ああ、あれって、手を強く握られた瞬間だったのよ。
だから、わたしの持ち物扱いされたんじゃないかな?」
「手を強く握られたじゃと。 そうかそうか、お前もちゃんと夏季休暇しておったのじゃな」
「ん? なんか勘違いしてますよ。 超最大限の譲歩で握手しただけだからね。なのに両手で掴まれちゃって。
しかも、スコットくんがあそこに居た原因はカナデだし」
「なんじゃつまらんのぉ」
「そんな話はどうでもいいのよ」
本当にどうでもいい話なのだった。
「ああ、だいたいの事情は、カナデに聞いたからしなくていいぞ。
北に昇って行けば海に出る。そこで見せてもらおうか」
ミラ様、最初に言ってくだされ~。
「なんじゃそりゃ~。 まぁ、おまかせよ」
「沖田、待たせたの」
「ああ。 変身、ダンダラ」
沖田さんは変身するとさっさと外へ向かおうとした。
「あ、沖田さん、教えてください」
その変身後の姿を見て、今気付いたことをとても聞きたかった。
「なんだ?」
「その刀、実体のものですよね?」
「そうだ」
「なるほど、もう理解しましたけど、変身解除で一緒に格納されるんですね」
刀が実体である以上そういう結論になる。
「知らなかったのか?」
「はいっ。
もっと早く知りたかった」
勝手にそうならないと思い込んでた。埃とか汚れとかが付いていかないから。 これ知ってたら、フォームによっては紐パンとかパレオとか褌とか着用しててもよかったじゃん。
「もちろん、わたしも知らなかったわよ~」
カナデも追従する。 SWに変身は関係無いので仕方なかろう。たまにいろいろ教えてくれるけど。
「普通は必要無いからのぉ」
ミラ様はもちろん他人事だ。
「でも、その場合、他のフォームでも刀は使えるんです?」
「魔法少年にはフォームは一つしか作ってやらないと聞いている。
まぁ、専用フォームに仕上げてくれた様だが。
それに少女達のフォームと違って、重複変身による即時修復が可能だがな」
「なんか、ずるくないですかって言いたい様な、そうでも無いような」
「まぁ、俺は草刈りをしていただけだから、鎌を振れれば問題なかったよ」
「草刈り?」
「麻薬の原料だよ。 いたちごっこは承知の上で、見つけて、こっそり刈り取る。 それだけさ」
「そんな役目もあったなんて……」
「お前の代では無かったかもじゃ、神が人に託すことにした案件はいろいろとあるよ」
ミラ様が補足してくれた。
「なるほど」
「では行こうか」
沖田さんは、外へ出た。
皆が続く。 ちなみに、ここまでテネさんがずっと抱きついてたのは言うまでもない。
「これは……確かに神が火力云々と言うだけのことはあるな」
偉そうに分析するミラ様は、沖田さんに抱えられているのですが、それは飛行速度が遅いからです。ただ、なんとなく定位置になっているらしい。
「そうでしょ。って、実際わたしも初めて使ったんだけどさ。
この感じだと、あと二発くらいなら撃てるかなぁ」
「お前の神力は底なしか、わしの歳ではその半分の力でも一発撃ったら枯渇して即死しそうじゃ」
「そうなんです?」
「超人の体も関係しておるかもな」
「なるほどなるほど」
「さて、じゃぁ、次にどう動くかですね。
カナデが見つけた訓練所から独自に探索するか、皇帝さんに勝てる自信ができたので教えてって頼むか」
「まずは後者じゃ。 おそらく皇帝は何か知っておるじゃろう。それが知りたい。
断られたら、帝国と一戦交える覚悟で前者じゃな」
「どちらにしろ、罠の可能性に気を付けろ。
皇帝とやらが信用に足るか不明なうえ、訓練所の情報がこのタイミングで掴めたのも気になる。
安易に得られた情報は疑いたい」
沖田さんの指摘は否定できない。
「おっしゃる通りだわ」
どちらの情報も得たカナデが賛同する。違和感があるのかしれない。
「でもね、わたしは、帝国も助けて欲しいんじゃないかって思ってる。
罠の逆なのよ、だからどっちにしろ怪しく見えちゃうのかも」
「一理あるな」
「まぁ、慎重に行くぞ。
今回、SWは全員留守番じゃ。
敵が魔導士系であるいじょう役に立たん上に消される心配で足手まといじゃ」
「賛成だ」
沖田さんが即座に賛同した。
「何かしらできることがある程度では、リスクに見合わん」
「わたしも賛成です」
テネさんも賛同。
「消えて欲しくないです。
そして、やるなら急ぎましょう。 犠牲者を減らせるならその方がいいです」
わたしも、まぁ賛同。
「そうじゃな。
では、今夜は休んで明日決行じゃ。
SW達は、ちゃんと帰るんじゃぞ~」
SW達は不満そうだったが、それぞれの本来の役目、留守時の代役の為に戻っていった。
帝国、皇帝の私室。未明。
「バーストルよ、悪魔達は動くと思うか?」
「ええ、あの気性であれば、何かしらやってくると思います。
可能性がわずかでも見いだせるなら、我らも覚悟を決める必要があるでしょう」
「あの日、選べなかった選択肢を、あらためて選び直すことになるな」
「私は、どちらでもお供いたします」
「助言は貰えんのだな」
「私には荷が重うございます」
「俺にもだがな……」
東自治区、スコットくんの滞在先。未明。
スコットくんはベッドに横になって考えていた。
「あの時、目の前のイメージというか、あれはいったいなんだったんだろう。
すごく現実的だったのに、現実的では無い状況だった。
変な格好の人達が次々と話しかけてきて、その言葉も聞いた事が無いものだった。
一瞬、セビルさんが一緒だった様な気もするのに、気がするだけみたいだし。
本人にも言われた様に嬉しくて混乱してたと言うのが一番しっくりくる。僕だもんなぁ。
ああぁ、カナデさんに早く逢いたいなぁ。 復習でもするか~」
彼が真実を知る日は……きっと来ないでしょう。




