二歳の変身
今日、どうやらわたしは二歳になったらしい。
両親含めいろいろな人に”誕生日おめでとう”的な声をかけれてたのでそう認識したのです。
そして、今まさに、わたしの誕生披露パーティーが開かれているのだ。
巨大で豪勢な部屋に、大きなテーブルがたくさん並び、豪華な食事類が並んで居るのは、友人の結婚披露宴で見た景色にも少し似ている。
着飾った貴婦人や正装の紳士達など一般人とは思えない人々が大勢出席しているのにはかなり引いています。
わたしは父の横で椅子に座らされており、そんな出席者達が入れ替わり立ち代わりに父に挨拶に来るのを眺めている。
皆去り際にわたしにも声をかけていくが、お誕生日おめでとうレベルの言葉だけだ。 こちらは、それっぽい反応をしたりしなかったりで流している。
ある程度順番通りだった儀式が一通り終わったのか、少し間が開いた時、父が一人の男の人を手招きした。
男の人は、すぐに手にしていたグラスを近くの給仕に手渡すと、慌てる風もなく近づいて来た。ん、父ではなく私の方?
やはりわたしの方らしい、目の前に来ると膝をついて目線を合わせ笑顔を作る。
「セビル様、お誕生日おめでとうございます。
姫様におかれましては、ご健勝の折、大変喜ばしく存じます」
そう言ってから頭を撫でてくれた。
「あ、ありがとう……ございます」
たぶん少し引きつった表情で、声もどもっていたかもしれない。二歳だし、しゃべれるのも片言でいいでしょう。
「怖がらせてしまったかな、ごめんね」
申し訳なさそうな顔をしてる。
「あ……」
何か答えようと思ったけど、知らない人だし、正解が思いつかない。
良い人そうなのにほんとごめんなさい。
だって、実際、この状況どう対処すればいいかよくわからないのよ。二歳じゃないし。
「ふだんはこんなに大人しくないのだがな、緊張しておるのだろう許してやってくれ」
そうだっけ、そうかも。
「こちらこそ、少しはしゃいでしまった様です」
男の人は、もう一度わたしに笑顔を向けてから立ち上がって父の前に移動した。
「グレッドよ、ご苦労だった。
重要な会談から戻ったばかりだと言うのに、呼びつけてすまんな」
わたしの雰囲気に気付いたのか、父が引き取ってくれたのだ。
「王よ、ご挨拶が遅れ申し訳ございません。
騎士団長グレッド、ただいま戻りました。
ご報告は後ほど」
団長って、この人若いよね?
「主賓はこの子だ、余などは二の次でよい。
お前の父によって守られたこの子が成長している姿を見てもらえればそれでいい。
いや、将来、貴君が婿になってくれると嬉しいのだがな。
いっそ、仮でよいからこの場で婚約でもしてもらえんかの?」
父よ、何を言ってるんですか? わたし二歳ですよ。しかもなったばっかりの。
で、この人いくつ? 二十代だと思うけど、顔もいいし、性格もよさそう、身分もそれなり?騎士団長だし、断る理由は無いかもだけど、何年後の話よ……。
ああ、でも、魂年齢ならわたしが上かもだったら、話しが合ったり?
もっと生きて見ないと、この世界の事さえわからんのに、歳の差で話が合う合わないも無いか……ん。歳の差?
そんなことより、この人の父によって守られた?ってどういうことなんだろう。とにかく恩人のお子さんなのは記憶しておこう。
「ありがたきお言葉ですが、酒宴の席では返答に困ります」
冷静すぎる。 でも、ちょっとだけ釈然としない。
「まぁよい、考えておいてくれ」
とりあえず一件落着。
「きっとお美しくなられるでしょうから楽しみです」
落着してない?
「さて、そろそろ姫は寝かせねばならん。
宴もこれまでとしよう、すぐに会議を始める」
え、お酒飲んでるのに? いや、その勢いか。 この世界、なんちゃらハラとか言わないというか、そういうくくりが無い世界なんだろうなぁ。
そして確かにもう眠くなってきたよ。二歳児の体はこんなものですわ。
わたしは前世の記憶を持っている。
西暦二千年七月に生まれ、二千二十五年に事故で命を落とした、と思う。
少し前から記憶が戻り始めて、今はほぼ戻ったと思う。
だから、なんでもいいから情報を集めてきたが、記憶が戻ってから本日二歳になった程度の者にできる範囲では高が知れていた。
文明があまり進歩していないのは電化製品が一つもない時点で想像がついたが、過去である事は感覚的に違うと思う。
それでも、地球とは何か違うのはわかった。
そして、お姫様であることも理解した。
今は、成長してみるしかないけど、何かのタイミングが来るまでは年相応を演じていこうと考えている。
さて、寝よう。
母様の子守歌はとても心地よく、寝ながら思考しようと思ってても、いつもあっさり落ちている。
(「……く、苦しい……何?……え?!」)
わたしは、息苦しさと首のあたりの痛みで目が覚めた。
なんとか片目だけでもと頑張って少し瞼を開ける。
ベッドの横に立つ人影が、わたしの首を押さえている。 でも、喉を押さえられていて声は出せない。この体ではもがく力もない。 そして人影の右手が上がった。
その手には、刃渡り二十センチくらいの短剣が逆手に握られている。
そして、振り下ろされた。わたしの胸のあたりに向けて。やばい、死ぬ。
しかし、刃は寸前の場所で止まっていた。 その刃の部分が別な手に掴まれているのだ。 その手から血が滴る。
「させないわ」
それは、十歳そこそこと思われる少女だった。
「動……かない、ちっ」
人影は、短剣から手を放し、後ろ手に腰横の短刀を抜いて、少女に向けて横なぎにふる。 声の感じは若い男だろうか。
「容赦ないのね」
少女は、くるりと横回転しながら短刀を交わすと、奪った短剣を構えて向かい合う。
「ああ。
その在り得ない力、その見た目、とても普通の少女とは思えない……超人か?
それどころか、悪魔のたぐいか?」
答えると、苦無の様なものを投げながら、後退る。苦無の半分は、わたしを狙った様だ。
「殺人鬼に悪魔呼ばわりされるとは。
しかも、この見た目でって……。
あなただって、常人とは思えないけど」
少女は、全てを短剣と手刀で防ぎきると、長い髪を掻き揚げた。
次の瞬間、十センチ径くらいの黒い球が放られた。表面に赤い点が一つ光って見える。
そして少女の手前で弾けた。
一面が煙にまみれる。
煙がじょじょに晴れてくると光の壁のようなものが少女とわたしの前に現れているのが見えた。
そして、室内を見回してみたけど、人影の姿は見つけられ無かった。
「爆弾かと思ったわよ。
さて、どうします?
侍女さん達は眠らされてるだけみたいよ」
少女は、賊が去ったと確信したのか、明かりを点けてから倒れている侍女たちを確認しつつわたしに向けて問いかける。
「あなたって?」
わたしは、立ち上がりながら、とりあえず聞く。初対面だが、心当たりは当然在る。
「もちろんカナデよ。 この姿なら出られたので、あんたもなんとかできるんじゃない?」
少女カナデはさらに室内を物色し、扉に耳を当てて外の様子を伺っていた。
「そっか、やってみる。
ところでそのかっこうは?」
明かりの下で確認できたのは、長い金髪、碧い瞳、美しい顔、そしてその美少女の着ているのは俗に言うセーラー服だった。
「こっちの服の知識がほとんど無いからね。
ちなみにこのセーラー服は、あなたが魔法少女になった時の衣装よ、いわば初期装備。
ちなみに、中はスク水でしょ。だから、スカートの中を気にせず動けたし」
カナデは、スカートを少しめくって見せた。
「なるほど、確かに覚えてる。 まぁ、今は、どうでもいいか。
では、行きます。 神力変装ぉ、サンダーフォ~~ムっ」
わたしは、思ったより少し舌足らずだが、妙な掛け声を発してみた。右手を上げるポーズも付けて。
「あらら」
カナデがお手上げねってポーズを取る。
「だめじゃん」
わたしは、かなりがっかりしていた。 想定した成功はそれほどのものなのだ。
「待って。
逆年齢制限かも、そういうのあるのよ。
あの神、設定好きだから、とりあえず作ったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「わたしが、この見た目だから、たぶん十歳ちょいくらい」
「ふむふむ」
「だから、ファイナルフォームなら、あるいは?」
「ええ~、ファイナルフォームぅ~?」
如実に嫌な顔をしてしまった。 過去の記憶が蘇ったのだ。
「じゃ、順番に試してみれば?」
「では、神力変装、アースフォームっ。
そして、神力変装、シャドウフォームぅ。
次っ、神力変装、アイスフォ~~ムっ。
もひとつっ、神力変装、うぃんどふぉ~む。
後は室内ではあんまし変身したくないけど。
神力変装、ファイア~フォ~~ムっ」
「ああ、そういう順番ね」
カナデは何かに納得していた。
「はぁ~。
仕方ないか~」
ただ、言葉を並べただけで意味なかったじゃん。傍から見たらかなりなおまぬけぶりだ。
「気持ちはわからなくもないけどね」
「ファイナルフォームかぁ。
あんなの移動砲台じゃん。
巨獣に対した時は防波堤に並べられて。
隕石が落ちるって時は、成層圏に渦巻き状に配置されて。
超大型台風にはその逆向き。
宇宙人襲来時は、地対空ミサイル配備の要所に一人ずつ張り付いて、ミサイルで撃ち漏らした無人の殺戮兵器を迎撃させられた。
まさに移動砲台。
しかも、外装も装備も大きいし、フローティングシールドもいっぱい装着されて、もうロボットとか重戦車じゃん。
顔もフェイスシールドで覆われて、魔法少女どころか中の人の個性ゼロだし」
「そうね、魔法少女達、みんな嫌ってたよね」
カナデは、適当に相槌を打つ感じで応じる。
「愚痴っててもしょうがない。
できないよりは絶対にいいはずだから。 ……なのかな。 いや、なのよ。
……では、神力変装、ふぁいなるふぉ~むっ。
あ、でき……」
わたしをほんの一瞬だけ光が包んで消えた、そして変わった……ただ……。
「お? 何?」
カナデは、わたしが変身できたことに反応した顔を、すぐに引き気味の表情へと変貌させた。
「げっ」
わたしの口から洩れたその声も、人を引かせるほどとてもとてもやばいものを見てしまったから出たのだ。
「ええと……」
カナデは、コメントに困っているようだ。
「これは、変身できたのかできてないのか? いや、できてはいるか……」
わたしは、眼前の少女と同じ顔と体形だった。そこは良いのよ。 だが、違うのはその装いで、白いビキニ姿にロボットの手足が付いた感じなのだ。
「見えてる部分と見えてない部分があるみたいね」
カナデは、元々冷静な性格なのだろう、ところどころに手を当てながら分析してくれた。
「見えてないとこも、確かに感触はあるわね」
わたしもあちこち触れてみる。
「ファイナルフォームって、全体的に黒いイメージだけど、その黒い部分だけが見えて無くない?」
カナデはいろいろと理解している様で気付いた事を教えてくれた。
「あ、そうかも?
手足肩はほとんど残ってるけど、胴はライン的なのが宙に浮いててなにこれ状態。
ただ、体部分でかろうじて残ってるのが……白いビキニ……う~ん、やっぱり下着じゃん」
「白い水着でいいんじゃない? どうでもいいけど。
ええと、黒ベースの鎧的なのがあって、黒ベースのフローティングシールドが数枚張り付いてて、背中のマントも黒だったよね。手足が白ベースに銀とか青は残ってるし。リーダーカラーだと白黒逆だったかな関係ないけど。
そして、白水着、それは第一装甲ってことだね。そういえばその白、隙間から見えてた白はそれだったんだ。装甲の一部だと思ってたよ。
急に、あの無骨なファイナルフォームもエッチに思えてきた」
「何言ってるのよ、他人事だと思って」
「でも、透明部分も現物があるとすると、その大きさだと何かを着て隠すのも無理かもね。
毛布かカーテンに穴を開けてかぶる? 一枚じゃちょっと足らないかもだけど」
「う~ん、とりあえずこれでいいや。
見た目の年齢は上がってるから、本人とはバレないだろうし」
「開き直った」
「ええと、今ね、サンダーフォームができなくて良かったと本気で思ったら、これってましな方かとね、思えて来たのよ」
「ああ、あれは黒地に黄色のラインがカッコよかったね。でも、胸と股間は黒のベタか、やばいね、ものすごく」
「他のフォームも、もしかすると別な問題があるかも、これは二番目に嫌いだったウィンドフォームが一番ましかもなんて……。
……じゃ、ちょっと追ってみるよ」
変身というとてもすごいことをやれた二歳児だけど、既にそれはさほど重要ではなく、次の行動に移るのが大事なのだ。
「状況が全くわからないし、あいつの単独犯でも無いかもしれない。 わたしで余裕だったから、あんたなら問題ないと思うけど。
とにかく気を付けてね。
わたしは、少し片づけをしとく」
片付けとは、自分の存在を分からなくする為の証拠隠滅か偽装みたいな感じだろうか。
「いちおう気を付けるよ。
外が、わたしの常識レベルの世界であってくれることを祈ってて」
わたしは、そう答えると、大きな窓を開けて飛び出した。空は飛べるのだ。
さっそく、動作確認も兼ねて一気に上空に舞い上がる。
すごく気持ちがいい、空は同じ感じだ。 いや、環境汚染や都市の明かりがほとんどない夜空は地球よりきれいなのかもしれない。
ああ、晴れててよかった。
さて、あいつを探そう。 見えるとこに居てくれるといいけど……。