プロローグ
『ジャパンオタクゲームズ! 15周年だゾ! 神曲戦記~HE is Rougue One~!』
可愛らしい少女の声が、暗転された画面一杯のタイトルと開発元が表示されると同時に響く。
スキップボタンをこの10周年にもなって実装しないのは、意地でも恐らく高い金を出して出演させただろう声優の声を聞かせたいが為だろうか。
流れているのは、当時SNSにアップされたボーカロイド曲から一躍有名になった大人気アーティストが手掛けた書下ろし楽曲。
このゲームについてざっと紹介するとしたら、アニメ好きなら知らない人はいないだろう豪華声優を起用した、アニメ調モデルで作られた基本プレイ無料のオープンワールドMMORPGだ。
この手のソシャゲにありがちなスタミナ概念は無く、ガチャに使う石を自分で掘り当てる事や配布によって貰える辺り、課金も最小限に止める事が出来る。
出た当初は、日本が某国を超えてアニメ・ゲームコンテンツの王に返り咲いた瞬間だったと話題になったものだ。
ただ、何度も言うようにOPのスキップが出来ない事を除けば。
それと、いまや旧世代となったゲーム機への移植が凍結したのも目を瞑れば(恐らく移植してもせいぜい序盤の序章をクリアして続きは本編で!となるまでがセットだろう)
これがローディングも兼ねているので、文句は言えないが。
いつもの様にゲームを起動したとき――――。
ゲームをやりすぎて、いつもの眩暈がしたのだろうか。
否、そんな事はありえない。
何せ今日初めてログインして間もないし、デイリークエストさえもやっていないのだ。
そんな状態だと言うのに、眩暈なんて起こる筈もない。
一瞬目の前が光り、目を開けた瞬間――広がっていたのは広大な青空と大地。
草と土の匂いが鼻孔に抜ける、爽やかでのどかな風景だった。
目の前には草原と丘、遠くには――中世ヨーロッパのロマネスク様式を彷彿とさせる城が見える。
うん、きっと夢に違いない。
まさか夢の中でさえゲームを起動して、目が覚めるかと思ったらこんな環境に居る、よくある二重構造の夢を見ている。
正にそんな状況だろう。
そう思っていた時だった。
「クウ。どうしたの?」
有名声優の、可愛らしい声が隣から聞こえて来る。
もしや、と思い声のした方を振り向くと、そこには見慣れたキャラクターが居た。
片目の隠れたサイドテールの紫髪、その下に彩られた緑の目。
肩と胸元の空いたゴスロリドレス。
神曲戦記での、我が最古参のキャラにして、パーティーの鉄壁の女、レア度5の最硬ヒロイン――シオンだ。
確かメインストーリー上では、序章で主人公と会う事になっていて、設定では幼少期に第二次天魔大戦の影響により両親と片腕を失ったが、膨大な魔力から魔術師の才能を買われ拾われた魔術師の手によって育てられた少女だという。
事実、実装してメインストーリーが完結した今でもその設定に恥じない人権キャラとなっているが――何故、神曲戦記のキャラが目の前に居るんだ。
「何か、やりたい事でも見つかった?」
微笑んで、つむじを揺らしながら小首を傾げるシオン。
その美顔に、思わず釣られて笑みがこぼれる。
相変わらず、可愛いな――じゃあなくて。
どう、話しかけよう。
いや、だって戸惑いもするでしょう。
今までは画面越しの存在、無機質な定型文を言うだけの存在だったのがこうして実体化しているのだから!
学校でもコミュ障陰キャ極まって、リア友も数える程しかいない。
おまけに自分と似たような属性の陣営ばっかりで、まともな会話といえばネット用語じゃんじゃん使うスレッドみたいなのしかした事ないのだし。
そもそも何かのどっきりに巻き込まれていて、この人はコスプレイヤーかもしれないのだし……じゃあこの目の前に見えているアニメ調の絵を3Dそのものにしたような外見はなんなんだ、という話になるが。
――まてよ。
逆に言えば、今までの主人公への好感度と信頼感が据え置きと仮定すれば何しても……?
そうだ、仮にもたかが一キャラクター、それも所有者は俺なんだし、その上状況整理の為だ、致し方なし。
動画を見ていたら偶然ショート動画で喘ぎ声がいきなり流れ、親に言い訳する図のように高速回転する頭で、シオンの髪に手を伸ばす。
濡れたように艶やかで、さらさらしている髪だ。
じっと見据えた後、鼻に近付けると、仄かにラベンダーのような爽やかさと、ミルクのような甘さを感じさせる匂いがする。
この感触からして、どうやら夢ではないらしい。
それにしても、良い匂いだ――と、体感10秒程度経過しただろう時。
「あ、あの……クウ、そろそろ……止めてもらえる、かな。流石にそろそろ恥ずかしいよ」
顔を見上げてみると、そこには赤面したシオンの姿があった。
目を下に向きながら、もじもじとしているその姿に思わずまた、にやけそうになったものの、すぐに手を放して後ずさる。
「ごめん」
咄嗟に出た一言は、完全に俺が神曲戦記で選んだ主人公のボイスだった。
神曲戦記はアバター作成の際に、アバターの声を100人の声優の声の中から選び、ピッチや声の抑揚を設定する事が出来る。
俺が選んだのは、ハスキーボイスの少年の声だった。
理由は単純に、このゲームをやった時の声に似ていたからだが――改めて思うと、変声期が終わる頃までの思春期をこのゲームと過ごしてきたのか。
振り返ってみると、中々感慨深いものがある訳だが……と考えた所で、薄々感じていた予感が、確信に変わる。
ゲームの中に、入っているのだ。
まだリアルな夢の可能性は捨てきれない。
そうだ、アイテムボックスやステータス表記、メッセージログ、運営へのお問い合わせ等はどうなっているのだろう。
そう思った瞬間に、目の前にいつも見るメニュー画面が表示される。
ただ一つ違和感があるとすれば、目の前に浮かびあがって、よく見ると背景が透けて見える事だ。
コントローラーが無いので、代わりに指でメール画面を押して画面を切り替え、“運営へのお問い合わせ”と書かれた項目に触れる。
すると、メッセージを送れるようで、チャット画面が開く。
運営にどうなっているのか訊くことが出来るなら、まだ状況整理がしやすいかもしれない。
そう思ったのも束の間だった。
――無いのだ、画面上に浮かび上がるべき仮想キーボードが。
これでどう連絡しろというのだ、完全な詰み、運営の罪である。
画面端に通常浮かび上がる、矢印の項目を押して前の画面に切り替え、今度はアイテムボックスを開く。
アイテムボックスには、余った育成素材達や持て余している便利アイテム、普段使いするものと我ながら綺麗に整頓されていた。
アイテムボックスには育成素材、料理、回復アイテム、コレクション、ストーリーアイテム、武器防具の項目があり、武器防具の一つを押して、詳細を確認するとキャラクターのステータス画面へと飛ぶ。
俺は武器の項目を押し、配布ネタ武器である“カリ♂BAN”を押し、詳細を確認すると目の前がガラリと変わる。
目の前に装備者、0と出た所でついでにキャラの画面を切り替えると、今度は自分が目の前に映った。
白髪の、少年魔王。
そんなコンセプトでビルドした中二病全開ゴー〇ンジャーなアバターだ。
紅と黒と紫に彩られた大鎌を握り、課金して設定した不敵な笑みをたたえながら骨の椅子に足を組んで頬杖を突くその様は、今でも見惚れてしまうものだった。
そんな姿と、今感覚にある手元とを見て比較して分かった。
完全に、どうやらアバターと一体化しているらしい。
では、目の前のアバターは?
気になって手を伸ばすと、その質感はマネキンのようで固く、何をしてもその姿勢から崩れそうになかった。
じゃあ、設定を変更すれば崩れるか?
キャラの隣に浮かび上がった、ポーズ変更を押し、試しに初期ポーズである腕を組む姿勢を選択してみると、その通りになった。
なるほど、ポーズ画面での変更で以て始めて、ポーズが切り替わるようだ。
元の姿勢に戻してやって、矢印ボタンを押してメニューに切り替え、 駄目元でログアウトボタンを押した時。
そこには反応が、全く無かった。
ラグやバグと思ったが、夢でもなくゲームに入って出られる訳でもないようだ。
――閉じ込められた?
そのメニューも隅のバツボタンを押して閉じると、時が止まっていたかのようにシオンは再び動き出した。
「今日のデイリークエスト、まだ終わってないよ? 一緒に頑張ろうね」
そう無邪気に言うシオンに、所詮はゲームキャラだ、どんな対応をしたって良い筈だと言い聞かせて。
深呼吸し、問うた。
「待て。質問がある」
「どうしたの?」
「君は“どこまで覚えている”?」
「どこまで……? 何をどこまで?」
「全部だ。覚えている限り全部を話してもらう」
シオンのようなキャラが覚えているのは、果たしてメインストーリー上の出来事だけなのか。
それとも、どこのギルドを襲撃したか、ボスをどれぐらい倒したのか、はたまた最近どんなアイテムを手に入れガチャはしたのかも覚えているんだろうか。
シオンは真剣な表情で、小さな顎に手をやって俯く。
体感5秒した後、答えが返ってきた。
「ええと、最近だと冒険者レベルAのギルド“初心者ーず”と同盟を組んで、冒険者レベルEXの“ヒロイック”、“ぷにぷにもっちり♡”“あああああ”、“ロリ教”を襲撃、ヒロイックとぷにぷにもっちり♡は75%の壊滅、ああああは完全敗北、ロリ教には30%の侵攻度合いで撤退を余儀なくされて停戦協定を結んだ……あとはデイリーだけですね」
このゲームはPKやギルドへの襲撃が可能だ。
更に、停戦協定を結んだ相手とは互いに決めた期間内で互いに侵攻、侵略行為が不可能となる。
PKや襲撃によって、土地やレアアイテムが奪う事が出来る為、上級者は積極的に他ギルドへの攻撃を仕掛けるのだ。
だからこそ、拠点作成には慎重になるし、今は殆ど戦争行為は起こらないとはいえ、SNSで“おまいらガチ大戦仕掛けようずww”事件ではサーバーがダウン、後のメンテナンスで運営は同じ地域でも三つまでサーバーを選択する事が出来るようにしてくれたのもあったか。
俺も当時大戦に参加して、アイテムや拠点をむしり取られたりして萎えて、また数か月かけてプラマイちょっとマイナスぐらいになるまで頑張ったものだ――――。
戦時の事を振り返る退役軍人の感想のように、当時の事を回想して、先程と同じようにメニュー画面を開く。
ボタンを押せど、やはりログアウトだけは反応が起きない。
この広大な神曲戦記の世界、もしかしたら俺の他にもプレイヤーは居るかもしれない。
それから、“外”に、現実世界に戻れる方法も、きっと。
入る事が出来るなら、出る事も出来るはずなんだ。
入道雲に彩られた青空と、陽光。
眼前の先にある城下町へ、俺はとりあえず行くことにした――。
キャラクター情報
名前 シオン
種族 人間(種族ボーナス レベルアップ時必要経験値数-20%)
外見 紫ツインテのメカクレゴスロリ美少女
身長 149cm 体重 38㎏
スリーサイズ 79 55 78
ステータス
レベル 130
HP 469
MP 247
力 130
頑丈さ 208(60%)
攻撃力 208(60%)
防御力 395(90%)
魔力 247
速度 130
スキル 純潔幻想届かぬ腕ささやかな願い全霊応援 難書読解
魔術 技能最大強化 全員全回 残像火(火)技能超強化 技能大強化
装備 ホーリーブライトネスグレイブ(白金のグレイブ)魔術師少女の外装(上記の特徴のドレス)扉叩く腕(黒い細身の義手)思い出のチョーカー(黒いレース付チョーカー)
一口メモ 人権シールダー。この一言に尽きる。純潔幻想によるシールド、届かぬ腕による集敵、ささやかな願いによる毎秒回復、全霊応援による全体バフと初心者救済サポーターとして完璧な性能を誇る。
難書読解は経験値を詰ませるのに必要な素材を通常キャラより少なくすることが出来るスキルだが、このスキルだけは酷評されがちである。
魔術はクウの場合、受けテンプレ型と呼ばれるビルドを組んでいる。