6 準備
大森林の横の街は、予想通り暗く不安な空気が漂っていた。
けれどそんなこと関係ないとばかりに、アグリムの機嫌は良い。
フェイを飾ることが趣味の彼にとっては、フェイが化粧をしているところを見ているだけで気分が上がるのだ。
街に興味も無いので、どれだけ暗かろうが見知らぬ男たちに不躾な目を向けられようが、一切気にすることはない。
ただしその不躾な目がフェイに向くと男たちの目を潰すくらいはするので、見ない方が吉ではある。
「どうだ?」
「どうやら信仰の対象になっているようです」
機嫌の良いアグリムはフェイの情報収集を邪魔しない場所で彼女を待っており、戻って来たフェイの口から紡がれた言葉に首を傾げる。
外套のフードを押さえながらアグリムを見上げるフェイの髪は今日は深緑だ。
「森の魔力が増えたことで、貴重な薬草類が自生するようになったらしく、討伐はせずに共生することにしたようです」
「ほーん……じゃあ、ドラゴンと確定もしてねぇのか」
「そうですね。どうなさいますか?」
「変わらん。予定通りだ」
返って来た予想通りの答えに、フェイは頷いて次の目的地を指さした。
必要なものは既にある程度揃っていて、後はアグリムの武器を見繕えばすぐにでも森へ行ける。
他にも欲しいものはあるが、準備はさっさと終わらせるに限るのだ。
街には当然正規の入り方などしていないが、アグリムが街にいると少し噂になっている。
ただの予想が噂になって独り歩きしている形ではあるが、実際居るし警備もかなり厳重だ。
戦って勝てないなんてことはないが、面倒なのでさっさと街を出られるようにしておくのは悪い事ではない。
目的の武器屋は、裏通りの入り組んだところにある。
ワケアリの客もよく利用する場所で、店主はこちらを詮索するほど愚かではない。
武器の調達場所を探していたフェイが見つけたその店は、アグリムも先に聞いてた通りの印象を受けた。
雑多に置かれている武器から一番頑丈そうな斧を見繕い、軽く振ってみてどの程度持つかを考える。
どの武器であってもどうせ最後までは持たないだろうから最後は魔法を使っての肉弾戦になるのだが、それでも長く持つならその方がいい。
結果として斧を一つと剣を二つほど選んだ。
こちらを見ている店主に向けて、フェイが袋を一つ投げた。
店主がそれを開けて目を見開いたのを見て、さっさと店を後にする。
袋の中身は金貨だ。一枚ではなく、パッと見ただけでは数えられないだろう量が入っている。
馬車の中で見つけて持ってはきたが、アグリムたちは基本通貨を使わない生き方をしているので邪魔だったのだ。
一応まだあるが、そのうちどこかで適当に手放すことになるだろう。
そんなことを考えながら武器を担いで道を進むアグリムの横に並ぶ。
時々足を止めるのは、フェイには分からない位置にいる警備隊を躱すためだ。
「他になんか要るもんは?」
「薬の類をもう少し探したいですね」
「そうか。ならそれと、着替えだな」
穏やかに話しながら向かう先を見繕って買い物を済ませ、夜の闇に紛れて街を出た。
入って来た時と同じように、アグリムが荷物とフェイを抱えて街を囲む壁を飛び越える。
基本的に見回りの兵が居ないところを通るが、見つかったら叫ばれる前に仕留めてしまえばそれで済む話だ。
音も無く地面に着地したアグリムがフェイを地面に降ろして荷物を背負い直したところで、フェイが先導する形で森の中に入った。
どのあたりから魔力が高まるのか、どのあたりに探索隊がいて、どのあたりを薬草採取の人々がよく通るのか。
そのあたりのことはこの数日で大体把握したので、邪魔の入らない場所を選んで進んで行く。
森の中は歩きにくい上に暗くなるのも早いが、アグリムにとっては大した問題ではなかったので、暗くなってからはフェイを抱えて彼女が指さす方向へスタスタ移動して、街の喧騒からかなり離れたところで一夜を過ごした。
森の中を何日か進んで、二人は最深部に辿り着いた。
ぽっかりと穴が開いたように木のない空間が目の前に広がっており、その中心に大きなずんぐりむっくりしたものが座っている。
こちらに気付いて、警戒しているようだ。
「ドラゴンか?あれ」
「……おそらく。飛ばないタイプですね」
「そうだな。翼は無いし、飛ぶ身体じゃねぇし」
「鱗はありますね」
「おう。斧は作れそうだな」
ドラゴンにも種類がある。飛ぶタイプと飛ばないタイプにざっくり分けて、そこから細分化していくのだ。
以前斧の材料にしたのは飛ぶタイプだったが、目の前のこれは飛ばないタイプ。
それでも十分使えそうな鱗が全身を覆っているし、とくに背中にあるとんがった鱗なんて斧にはちょうど良さそうだ。
平たくて、ふちが薄くてよく切れそう。四足歩行で首の後ろから尻尾の方までその鱗が一列に並んでいるから、ちょうどいい鱗が見つかるだろう。
なんてフェイが考えている間にアグリムは荷物を下ろしてドラゴンに殴りかかっていた。
迷いのないその動きを見送って、フェイは地面に置かれた荷物を安全のため木の裏に移動させていく。
長い戦いになるだろうから、終わるまでフェイは木の裏からアグリムの様子を眺めることになる。