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悪辣の徒  作者: 瓶覗
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5 平原

 ゲルゴート山脈から外れて進む先は王都の西に広がるファルウェ平原。

 その更に西にあるのが、目的地であるファルウェ大森林だ。

 平原では農耕が盛んで、王都が近いこともありそれなりに栄えているので何も気にせず姿を晒していると王都から警備兵が来る可能性もある。


 けれど、アグリムは一切気にしていなかった。

 街に入る時などは適当に取ってきた外套を着てフードを被るが、それ以外では特に何もせず散歩の如き気楽さで平原を進む。

 体力も筋力も魔力も、納得いくところまで戻した。


 であれば警備兵が来ようが何だろうが、捕まる前とそう変わりはしないので気にする必要もない。

 フェイもわざわざアグリムに姿を隠せなど言うつもりもないので、二人揃って気軽な散歩を楽しんでいる。


 そもそも王都の連中からすれば、アグリムがまだこのあたりにいるという確証もないのだ。

 数か月山でのんびりしていたわけだし、その気になればもうとっくに目の届かない場所まで行っている。

 であれば警備はそこまで極端に厳重にはなっていないだろうと予想して、追っ手が来たとしてアグリムと戦えるやつがいるとも思えないので気にするだけ無駄だと結論付けた。


「……ん?」

「どうなさいました?」

「馬車だな、王都の方から来る」


 そう言って止まったアグリムを見て、フェイは耳を澄ませてみたが何も聞こえなかった。

 まぁ、フェイに聞こえないものがアグリムには聞こえているというのもいつも通りだ。アグリムがそういうのなら来るのだろう、と思いつつ、首を傾げる。


「この道を通るということは……農家ではないのですか?」

「そんな気配には感じられねぇな。護衛っぽいのもいる」

「では、人目を避けた貴族ですかね」


 話しながら、じっとアグリムは見ている先に目を凝らす。

 ようやくフェイにも見えるほどに近付いてきた馬車の影は、確かに農家の物ではなくもっと立派なものに見えた。


 どうやらここで何か貰って行くつもりらしいので、アグリムの邪魔にならない場所に少し下がりつつ、自分に隠ぺいの魔法をかけてフェイは近付いて来る馬車を観察する。

 何も知らない馬車が道の真ん中に立っているアグリムを見て速度を落とし、御者が何かを言おうとしたところでアグリムの手で引きずりおろされた。


 悲鳴を上げる間もなく口を塞がれた御者と、中で早くも異変を感じたらしい馬車の持ち主たちを軽く見渡してから、フェイは馬車の装飾に目を向けた。

 よくある貴族の馬車の作りだ。二年ほどの城勤めの時にもよく見た伝統的なつくりで、ならばと後ろに回り込むと予想通りの位置に家紋が彫られている。


 そこまで確認して馬車の前方に目を向けると、アグリムは護衛の剣を奪って楽しそうに動き回っていた。この分ならもう終わるだろう。

 そう思って馬車の装飾を確認する作業に戻れば、護衛の断末魔が聞こえて来てアグリムが横に来た。


「中に誰かいるな」

「彼らの主人でしょうね」


 躊躇いなく馬車の扉を開けたアグリムの横からフェイが馬車の中を覗き込むと、顔を真っ青にして口を押さえ震える令嬢が乗っている。

 目には涙も浮かんでいるし、返り血を浴びたアグリムが近付いただけでヒィと小さく悲鳴が上がった。


 アグリムが令嬢に手を伸ばして持ち上げ、そのまま静かに下ろした。

 どうしたのかと思えば、恐怖で気を失ったらしい。

 わざわざ切る気にもならなかったらしいアグリムが馬車の中を物色しているので、フェイも横に移動して荷物を眺める。


「お、フェイ、どうだ?」

「……着られるでしょうか。サイズが少し不安ですね」

「そうか、ならいらねぇか」

「はい。……あ、化粧道具」

「それは持ってくか。……お、ヘアオイルもあるぞ」

「鞄が欲しいですね」

「そうだな。ひとまずこれで縛っとけ」


 渡されたご令嬢のであろう外套を結んで鞄代わりにして、見つけた物をあれこれと入れて馬車を出る。

 裁縫道具もあったので、どこかで鞄に仕立てるなりなんなりすればいいだろう。

 なんてフェイが考えている間にアグリムは馬車から馬を外して跨っており、手を差し出されたのでその手に捕まる。


「あの馬車、どこのだ?」

「バング家の家紋が入っていました。ちょうど、向かう先ですね」

「あぁ、森の横か」

「はい」


 馬の上でアグリムの返り血を取ってきた適当な布で拭いて、どこかで着替えないといけないか、と休めそうな場所をいくつか思い浮かべる。

 目的の大森林までは、馬でもそれなりにかかる。


 最後に寄る予定の場所は変わらず、森の横の大きな街だ。

 先ほどの馬車の持ち主の一族が管理する街で、森に入る前の準備と情報収集をする予定でいる。

 あの馬車の事は王都に知らせが行って、その後街に知らされるだろうか。


 どうあれ自分たちが着く前に事態は把握されるだろうけれど、まぁそれもあまり関係ない。

 用があるのは森の方なので、街で騒ぎになろうが知ったことではないのだ。


「アグリム様、その剣でよろしいですか?」

「いや、すぐ壊れる。あと二回ってところだな」

「じゃあやっぱり街で武器は探さないといけないですね」


 馬が手に入ったから移動が楽になったけれど、予定に変更は無さそうだ。

 そんなことを考えながら、フェイは風で舞った髪を押さえた。

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