4 魔法
脱獄から三か月ほど、二人はゲルゴート山脈でのんびりと過ごしていた。
アグリムが衰えた身体を鍛え直す時間であり、三年近く離れていた二人がお互いの存在を強く再確認するための時間だ。
衰えは筋力と体力よりも魔法の方にはっきりと表れているらしく、アグリムは晴れた日は外に出て魔法を撃っていた。
魔法の威力は自身の魔力量と行使の技量で決まる。
そのどちらもある程度鍛えることが可能で、魔力量は魔法の継続的な使用や、魔力を多く含む物を食したり、倒したりでも増加する。例えばそう、ドラゴンなど倒せば、その時傍にいた者たちの魔力量は格段に増えるだろう。
ドラゴンなどはその場にいるだけでその土地の魔力量を引き上げたりもするので、ドラゴンの傍で生活していても魔力量は増えるらしい。
そして行使の技量の方は、どれだけその魔法をはっきりと認識出来るか、と言い換えることが出来る。
極端な話、充分な魔力量があれば「出来る」と思ったことはなんだって出来るのだと、フェイはアグリムから聞いた。
魔法は最初のコツを掴むのに手間取ることがあるが、コツさえ掴めば魔力量の問題以外で使えなくなることはほとんどない。
アグリムは捕らわれた際に魔封じの鎖に繋がれていたので、三年近く行使出来なかった魔法に勘の鈍りがあるらしい。
そう言ってはいるが、フェイが見ていた限りアグリムの魔法は以前と変わらず美しい。攻撃に特化したその魔法は、風であればどこまでも相手を追い、炎であれば対象だけを焼き尽くす。
「お前の血統魔法の方が綺麗だろう」
「私からはあまり見えませんので」
「そうか。……まぁ、何であれこの色が一番美しいとは思うが」
フェイの深紫の髪はアグリムのお気に入りで、町などに行くときはいつも違う色にしているからなのか、色の変わらない髪を見るだけで楽しそうにする。
「私には、アグリム様のように炎を刃にすることは出来ませんから」
「それでいえば、俺もお前のように痕跡を隠せはしないが」
「……ふふ」
思わず笑えば、アグリムは満足そうに笑って手の上で丸めていた水魔法を空へと放った。
散った水が光を反射して落ちてくるまでに氷になるのを見て、フェイは小さく歓声を上げる。
アグリムの魔法はどこまでも攻撃に特化しているが、フェイの魔法は隠匿に特化している。
足跡も、自分の素性に繋がる情報も、相手の記憶に残る自分すらも覆い隠して煙に巻くのだ。
隠れておきなさい、見つかってはいけない。と、言い聞かせるようにしてフェイはいつも魔法を使う。アグリムには隠そうと思っていないから、彼の目だけにはフェイの魔法は効果を発揮しない。
「さて、大分勘は戻ったな」
「何よりです。どこかに移動しますか?」
「そうだな……斧ももう持たん」
アグリムが軽く手を動かすと、洞窟の入口に置かれていた斧が手元に飛んでいく。
山に入る前に入手したそれは既にボロボロになっていた。
むしろ良くここまで持ったな、とフェイはボロボロの斧を見て思う。
戦いが無かったからだろう。素手だろうと負けはしないアグリムだが、武器はあればなんだって使う。
剣でも槍でも斧でも、時には盾を武器に大立ち回りを演じることもあった。
その時は武器に魔力を込めて使うから、それをしていればあの斧は今日まで形を保っては居なかっただろう。
そもそもの力が人の数倍はあるアグリムが使うと、どんな武器も道具も簡単に壊れてしまう。
あの斧は壊さないように調整しながら使っていたようだが、それでももう限界が来ているのは一目でわかる。
「斧がよろしいですか?」
「そうだな。剣でも木は切れるが……ま、何であれ斧がいい。手に馴染む」
「以前の物は……流石に、回収は難しいですね」
「どこに持っていかれたんだかなぁ」
捕まる前にアグリムが使っていた斧は、とあるドラゴンの鱗に持ち手を付けたお手製の斧だった。
ドラゴンと数日間の戦闘をした際、とどめを刺すには至らなかったが鱗を落とす程度の傷は与え、その落とした鱗を斧にしたものだ。
定期的に持ち手を作り直す手間はあったが、鱗は一切傷もつかずに使い続けられたのでアグリムのお気に入りだった。
けれどそれも捕まった際にどこへ持っていかれたか分からなくなり、調べることも出来るだろうがそうなると王都の方へ戻らなければいけない。
「ま、代わりを探す方が早ぇな。なんか良さそうなのは居るか?」
「そうですね……西方の大森林にドラゴンが居るという噂は聞きます」
「西の大森林……あー、あれだ。攻略隊だのなんだのってやつ」
「それです。深部まで攻略が進みましたが、そこから先の魔力量が跳ね上がったので何かが奥に居るのだろう、と一時中断されたそうで」
前にアグリムが戦ったドラゴンとは別物だろうが、それでも同じような鱗を持っている可能性はある。
ひとまず目的地が決まったので三か月ほど過ごした拠点を片付けて、出発は明日の朝だ。
道中適当な武器を見繕うことにしたらしいアグリムが森の近くの町についての記憶を掘り起こしているのを邪魔しないようにしつつ、フェイは自分たちの痕跡を隠すために魔法を何度か洞窟内に重ね掛けしていった。