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悪辣の徒  作者: 瓶覗
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39 約束

 フェイに向って放たれた矢には、当然アグリムも気付いていた。

 放たれた直後に弓兵を殺し、間に合わなかったことを知って即座に矢を切り落とし、しかし止まらない矢に魔法を放つも、やはり矢は止まらなかった。


 普段なら見えない速度で起こっただろうそれを、フェイは全て見ていた。

 けれど身体は動かない。迫ってくる矢を、避ける事が出来ない。

 駄目だ、と思うのと同時に、アグリムにも止められなかったその矢の正体に気が付いた。


 血統魔法の一つに、絶対に当たる矢を放つものがあったはずだ。

 放たれた時点で当たる事は確定していたのだから、アグリムにも止めることは出来なかったのだ。

 理解して、それと同時に身体に衝撃が走る。


 矢じり側を切り落とされた矢が、止まることなく身体を貫いて、その先の地面に落ちた音を聞いた。


「フェイ!」

「あ、ぁ」


 視線を落とすと、胸を中心にじわじわと血が広がっていくのが見えた。

 倒れる身体が大きく傾く前にアグリムに抱えられて、支えてくれるその手も赤く染まっていくのをただ眺める。


「フェイ、おい、まて、フェイ!」

「あぐ、りむ、さま」


 こぽり、と口から血が溢れる。

 フェイにすら分かる死の気配が、アグリムに分からないはずがない。

 もう助からないのだと、致命傷なのだと、二人とも理解していた。


「ごめん、なさい、アグリム様。かってに、しぬなって、いわれてた、のに」

「……いや、お前が見つかる事をはなから考えてなかった俺のせいだ。お前は悪くない」

「あぐりむ、さま……すき。すきです、あぐりむさま、あいしてます」

「知ってる。俺もだ。愛してる」


 寒さはあまり感じなかった。身体は勝手に震えるけれど、抱きしめれられているからか、心が満たされているからか、寒くはない。

 ぼやけてきた視界と、重くなる瞼をどうにか持ち上げて、フェイは最後の瞬間までアグリムを見ていた。


 それもそう長くは続かない。

 閉じられていくフェイの瞼が終わりを告げて、アグリムはまだ暖かいその身体に最後の口づけをした。






 フェイの身体を矢が貫いた直後、一帯は火の海になっていた。

 アグリムがフェイを抱えながら、邪魔なものを全て焼き払うために放った炎で、高い炎の壁に囲まれて二人の姿は周りから見えていない。

 その上広範囲を焼く炎は集まっていた兵士も容赦なく焼き、周囲は地獄の様相と化していた。


「フェイ」


 返って来ない返事を求めて、アグリムはゆっくりと目を閉じたフェイにキスをする。

 数多の死を見てきた。数多の死を与えてきた。だから、もう戻ってこないことは知っている。

 けれどすぐに何かをするには、ついて来る感情が多すぎた。


 あたりが火の海になったことで邪魔は入らない。

 軽い身体を抱えて、アグリムはしばし考える。


 置いて行くなどと言うことは言語道断だ。

 この地でフェイが安らぐわけがない。


 けれどこのまま連れて行くのも、きっとフェイは嫌がるだろう。

 邪魔になることを嫌っていたから。それに、フェイの身体が腐っていくことも好ましくない。


「……まぁ、お前は俺がすることを嫌がらないしな」


 燃やす。


 それがアグリムの出した結論だった。

 フェイの身体は全て燃やして、その灰の一欠けらも残さず連れて行く。

 それには何かフェイの遺灰を入れる物が必要で、適当な物に入れるのはアグリムの心が許さない。


 荷物の中身を確認したアグリムは、普段は開かないフェイの荷物も開き、その中に何も入っていないガラスの瓶があるのを見つけた。

 どこかでフェイが気に入っていたから買った、綺麗なガラス瓶だ。

 これならば、いいだろう。


「まさか、お前自身が入ることになるなんてな」


 小さく呟きながら、フェイの身体を抱きしめる。

 その時ちらりと視界で反射した首飾りは、外しておくことにした。

 これは瓶の外側に付けることにする。他に、荷物の中にあるフェイの装飾品やドレスも持ち上げた。


 抱きしめたまま、炎を生み出した。

 風も作って、炎が他の何かを巻き込んだり灰が飛んでいったりしないように閉じ込める。

 抱きしめたまま燃やして、燃やして、そうしてフェイは、瓶に納まるほどの灰となった。


 遺灰は魔法でまとめて全て瓶の中に入れ、しっかりと蓋をする。

 その瓶のネックにフェイが付けていたドラゴンの鱗のネックレスを巻き付けて、瓶は腰から下げておく。

 周りでは、まだ炎がごうごうと燃えていた。


「……約束だったからな。滅ぼすか、世界」


 小さく呟いたアグリムに返事をする者は居なかった。





 その国では昔から魔力によって個人を判別する技術が発達していた。

 アグリムはその危険性から主要な街で常に警戒されており、その魔力を発見次第国の全土に通達が行われていたのだが、ある時一人の観測係があることに気が付いた。

 それは、アグリムの傍にもう一人分、別の人間の魔力がある、ということだった。


 アグリムの強大な魔力に隠されているが故、精度の低い観測機では発見できない。

 けれど、毎回同じ魔力がアグリムの傍に居る。

 それが何なのか、という話になった時、ある人が言った。


「もしや、その謎の魔力の主がアグリムを強化しているんじゃないか?」


 アグリムがあまりにも人を越えた強さをしているが故の発想だった。

 けれど、それならあの強さにも納得がいく。そう話が広がって、次にアグリムの魔力が観測され、そしてその傍にいつもと同じ魔力を観測したのなら、その魔力の主を探し出せと命令が下る事となった。

 謎の魔力の主を討伐するため、一撃必殺に長けた血統魔法の持ち主も軍に召集され、国はいつか再び現れるかもしれないアグリムへの対策を強化していったのだった。

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