35 渡し守
東の半島を後にして、向かう先はそこから南下した帝国の端だ。
船で帝国から出るのだが、その行先も複数ある。
どこでもいいから適当に飛んで渡るという手もあるのだが、アグリムには次の目的地があった。
なのでまずは南東を目指して、のんびり歩みを進めている。
途中見つけた街や村を襲いながら、襲い掛かって来た兵士を返り討ちにしながら、帝国を十年ぶり二度目の壊滅状態へ追いやっているという意識は全くなく歩いているところだ。
アグリムからしたら、村が滅ぼうが国が滅ぼうが大差ないので。
そんな調子で途中馬を入手したり手放したりしながら歩いて行き、目的地である南東の端に着いたのは数週間が経った頃だった。
それでも十分早い方で、アグリムの体力が底なしだから普通の人間と違って休憩も無く歩き続けてこの時間である。帝国領は広いのだ。
何はともあれ目的地に着いた二人は、思わず顔を見合わせた。
ここに船着き場があるのは知っていたので適当な船でも奪って行くか、と話し合っていたのだが、目線の先には帝国に入った時に利用した渡し守が居たのだ。
勿論、来た時とは別の船着き場だ。あの時は北端で、こちらは南端である。
「お、いらっしゃいやしたね」
「お前何してんだ?」
「へい、先回りしてやした」
「……何してんだ?」
アグリムが珍しく困惑しているのも気にせず、渡し守はどこまで行きやす?と船を出す準備を始めている。
ひとまず乗り込んでから話をするか、と船に乗り、霧の中出発した後にアグリムは再度同じことを尋ねた。
「で、お前何してんだ?」
「旦那がどこに居るのかは噂で分かりやすから、先回りしてやした。今回も大暴れだったようで」
「何故そんなことを?」
「……その方が噂を追っかけやすいから、でやすかね。せっかく旦那が帝国にいらっしゃるのに、噂すら届かないのはもったいない」
当然の事のように言っているが、中々意味が分からない。
そういえばこの渡し守、以前も同じことをしていたような、とフェイが記憶を引っ張り出している間にも船は進んで行き、帝国領を離れていく。
この先にある小島に着いたら、そこからいくつか島を経由して別の大陸に入る予定だ。
「今回は随分短い滞在でやしたね。帝国にお望みの物はなかったんで?」
「……おう、大した相手もいねぇしな」
「旦那が満足する相手なんて、この世に居るんですかい」
「たまに居る」
「そりゃすごい」
話しかけては来るが、渡し守は次の目的地などは聞いてこない。
ただ滞在が短い事を残念そうにするだけだ。
やはり兵士がアグリムと戦ってすり減って行くのを望んでいるらしい。
……いや、兵士云々は関係なく、帝国内でないとアグリムの大暴れを認識出来ないから、だろうか。
まぁどちらでも構わない。どちらであっても結果は同じだし、二人には関係ない。
この渡し守の思考回路も何もかも、別に興味があるわけでもないのでわざわざ聞くこともしないのだ。
「お、島が見えてきやしたよ」
「そうか。最初の島まででいい」
「へい、承知しやした」
かなりの長時間船に揺られて、ようやく島が見えてきた。
岸に船を寄せて止めた渡し守は、船を降りた二人をどこか惜しそうに見送っていた。
二人は特に感慨も無いので振り返ったりもしなかったが、見えなくなるまでそこに居たらしい。
アグリムは本気で意味が分からなそうにしていたが、フェイは何となくそこまで惜しむ理由も分かる気がした。
結局のところ、あの渡し守もウルムワの住民も、そしてフェイも、アグリムに魅せられた人間だ。
自分とはあまりにも違う存在に、目を焼かれてしまったのだろう。
なんて、そんなことを考えながら歩いて進み、島と島の間はアグリムに抱えられて移動する。
そうして数日移動してやって来たのは、天空都市に上がる前に船を隠したのと同じ大陸だ。
とはいえ、場所は北端と南端で全く違うが。
この大陸と隣の大陸は天空都市と少し重なっていて、隣の大陸の下に天空都市との連絡船が出ている街がある。
今回この大陸に来たのは移動の為だ。
海を渡って、別の大陸に渡る為に捕まえたい鳥がいる。
「この辺だよな?」
「はい。生息地域には入っているはずです」
狙っているのは、ピュメという巨大鳥だ。
人が背中に乗れるほど大きく、魔力を餌としている。
そして何より自分よりも強い者に従う性質があり、アグリムであれば手懐けて魔力で向かう方向を指示できるのだ。
過去にも移動に使ったことがあり、長距離を一気に移動するのであれば捕まえるのが一番早い、というのが共通認識になっていた。
なので移動手段の話になった時にまず話題に上がり、近くに居るからと捕まえに来たのだ。
「お、居たな」
「上ですか?」
「おう。跳ぶぞ」
「はい」
フェイにはどこに居るのか全く分からなかったが、アグリムは早速見つけたようでフェイを抱えて地面を蹴った。
木の上に着地したアグリムの腕の中でフェイもようやく対象を見つけ、その後一撃で終わった格付けを見届ける。
そして地面に降りて大人しくなったピュメの背中に乗り、空へと舞い上がった。




