34 討伐軍
偽りの戦闘ではアグリムは現れない、というこちらの意思は、しっかりと伝わったらしい。
アグリムをおびき出すためのやる気のない戦闘は、それをするとどこからか魔法が飛んでくると気付いてやめたようで、彼らは結局本気で殺し合うしかなくなった。
「戦闘を止めるという選択肢はないのですね」
「元は俺関係なくやってたしな、それはそれで意味があるんじゃねぇか?」
「そうなのでしょうか……単に上が無能なだけな気もしますが」
のんびりと話しながら眺めているのは、先ほど始まった戦いだ。
アグリムは斧を背負ってそれを見下ろしており、フェイは望遠鏡片手に帝国軍の指揮官を探している。
ついでにどこかで待機しているであろう討伐軍も見つけたいのだが、その前にアグリムが戦場に降りそうだ。
「ま、全部斬るから変わらねぇよ」
「そうですね。では、お気を付けて」
「おう。なんかあったらすぐに呼べ」
「はい」
軽く勢いをつけて戦場に降りて行ったアグリムを見送って、フェイは上から戦場の動きを眺める。
彼らからしたらここからが本番だろう。どこかに、アグリムを待ち構えていた兵士がいるはずだ。
望遠鏡で戦場を端から端まで眺めていたら、動きの大きな場所を見つけた。
恐らくあれが討伐軍だろう、と思って観察を始めたら、兵士が上に吹き飛んだ。
どうやらアグリムも存在に気付いて隊列の中心に割り込んだらしい。
人が紙か何かのように吹き飛んでいる戦場をぼんやりと眺めて、結局そこまで時間はかからなそうだ、と考える。
帝国軍は、十年前と変わらずあまり魔法を使わない。
使えない訳では無いと思うのだが、使う人間が居ないし魔法使いが軍に属している様子はない。
魔法使いが居たらどうにかなる戦力差という訳でもないが、数人でも居たらもう少しアグリムの暇つぶしにはなっただろう。
三年前に皇帝が変わって改革があったというが、それでも魔法使いを、という話にはならなかったのか。
それとも、今育てている所なのか。
まぁ魔法に馴染みがあるか、重用するか、というのは地域に寄るので、帝国では昔から魔法使いをそこまで重用ししないのだろう。
「それにしたって、十年前にアグリム様に魔法で蹂躙されただろうに……」
呟いてみても誰に聞こえるわけでもないので(もしかしたらアグリムには聞こえているかもしれない)口を閉じて望遠鏡での観察に戻る。
とはいっても、ぼんやり考え事をしていたこの短時間で兵士はかなり数を減らして、もう既に隊列を組むことも難しくなっているので、そろそろ終わりそうではあるが。
残念ながら今回も、アグリムが楽しめるほどの相手は居なかったようである。
十年前はそれなりに楽しめる相手が何人かいたのだが、その貴重な数人は当時のアグリムの手によってこの世から去ってしまっているので、再戦は敵わない。
この十年で育った兵士の中に見込みのありそうな者はいないのか、と戦場を見渡してみるが、少なくともこの場には居なさそうだと言うことが分かった。
「面白いもんでも見つけたか?」
「おかえりなさいませ。残念ながら、面白いものは何も」
「そうか。ま、そうだろうな」
戻って来たアグリムが返り血を流しに行ったので、いつも通り着替えを用意して追いかける。
今回も全て返り血で、アグリムは怪我一つ無いようだ。
「討伐軍だって言うから、もう少し楽しめるかと思ったんだがなぁ」
「期待外れでしたね」
「そうだな。どうすっか……」
「討伐軍の本拠地は見つけましたが、どうなさいますか?」
「あー……そうだな、半島とそこと、潰して出るか」
「かしこまりました」
今回何となく寄ってみた帝国だったが、思ったよりも楽しくはなかったのでさっさと別の場所に行くことにした。
前回の記憶ではかなり楽しめたのだが、十年経ってアグリムの強さに磨きが掛かったことも原因の一つとしてあるのだろう。
とはいえ、そんなことは関係ない。
楽しい戦いが出来ないのなら、見える範囲を腹いせに潰して別の場所に行こう、となるだけだ。
脱獄してから一番派手な滞在になっているが、帝国相手ではこれが常である。
「すぐに準備いたしますか?」
「明日起きたらにするか。今日はさっさと寝るぞ」
「はい」
返り血を流したアグリムに着替えを渡しながら、フェイは荷物について考えていた。
荷物を整理して、要らない物は置いて行ってしまっていいだろう。
この洞窟が見つかるとも思えないし、見つけた誰かに使われても問題ない物しか置いて行くつもりはない。
翌日の明け方、荷物をまとめた二人はまず手始めに半島に出来ていた独立軍の拠点を潰した。
朝日が昇るよりも先に赤く染まった大地を後にして、次に向かうのは討伐軍の拠点だ。
アグリムがこの戦場に現れると知られてから作られた拠点はまだ新しく、これから整備する余地もあるように見える。
そこまで長く戦うつもりだったのだろうか、とフェイが考えている間に拠点は炎に包まれており、騒がしくなってきたところで他の魔法も数発撃ち込まれて壊滅状態となった。
もしまた来ることがあれば、その時はアグリムが楽しめるほどに兵士が育っているといいが、なんて他人事のように考えて、二人はその場を後にした。




