30 軍馬
帝国領へ入ってすぐに適当な外套を入手して顔を隠し、二人は東の半島を目指すことにした。
そろそろアグリムは平和に飽きてきた所であり、戦闘を求めているので独立だ何だと荒れているらしい場所へ行ってみることにしたのだ。
かなり距離があるので、到着までに時間はかかるだろうが、その道中でも何か面白い事があればいいなと、そんな気楽な調子で目指している。
「馬でも捕まえるか?」
「では、どこか村へ寄りましょう」
「一番近いのはどこだ?」
「以前と変わりなければ、ここから南西へ進むと村があったはずです」
二人がこの国に居たのはかなり前の事なので、もしかしたら滅んでいるかもしれないがその時はその時だ。
急いでいるわけでもない。向かう方向も完全に外れるという訳でもないから、寄って行ってみようというだけの事であり、馬が居なかろうが村が無かろうが別に構いはしない。
向かう先である東の半島も用事があるわけでもないので、歩くのに飽きたら行くのをやめたっていいのだ。恐らくアグリムは世間話感覚で話題に出しただけであり、絶対に馬が欲しいわけでもないのだろう。
フェイはそれを察しつつ、話題に出されたのなら馬の入手方法を述べるのが常なので今回もそうした。
そんな話をしながら歩いていた所、アグリムがふと何かに気付いたように遠くを見る。
「……お?なんか来るな」
「馬車ですか?」
「いや、馬が複数。軍馬か?」
足を止めたアグリムが背負った斧を下ろして布を外しているので、フェイは邪魔しないようにその布を回収して道の端に寄っておく。
生えていた木の後ろに隠れて隠匿魔法を使えば、アグリム以外には見えないだろう状態になる。
そのまま少し待っていると、アグリムの言った通り馬に乗って列をなした一団が現れた。
その恰好から帝国軍だろうと判断しつつ、道の真ん中で立ち止まるアグリムに声を掛けてきた先頭の軍人を眺める。
見覚えは無いし、鎧に特徴も無い。特に強い相手ではなさそうだ。
「おい、そんなところで立ち止まっては危険だ。道の端に避け……」
馬の足を緩めさせながらそんなことを言った軍人は、緩やかに斧を振りかぶるアグリムを見て慌てたような声を出す。
そして、そのまま斬り捨てられて落命と共に落馬した。馬が暴れるのを押し止めて、アグリムは続く軍人たちへと目を向ける。
後ろの軍人たちは既に剣を抜いており、アグリムに斬りかかるがどの剣も傷をつけるには至らなかった。
逆にアグリムの振う斧は一振りずつ確実に兵士たちを斬り捨てており、戦闘はそう時間もかからずに終わる。これでは戦闘とすら呼べないかもしれない。
満足はしていないだろうな、などと考えながら木の裏から出てきたフェイがアグリムに近付くまでに、アグリムは乗って行く馬を決めたらしい。
暴れる馬は斬り捨てて、アグリムへの恐怖でか大人しい馬の手綱を引いている。
「ちょっと待て」
「はい」
鞍に血が付いているか確認していたらしいアグリムは、確認を終えて問題なさそうだと判断したのか馬にまたがり、傍に来たフェイに手を差し出した。
その手に捕まるとすぐに鞍の上に引き上げられ、馬の足を進めさせる。
「斧はそのままになさいますか?」
「おう。帝国内で隠す必要もねぇだろ」
「かしこまりました」
目立つからと布で覆えるようにしていたが、ここからは別に目立っても構わないので布は外して、一応畳んで荷物に入れておく。
今後また観光目的でどこかへ行くこともあるだろうから、その時に付けられるようにしておこう。
使う時になったら新しく作ってもいいのだが、そう荷物にもならないし布なら他の使い道もあるので、入れておいていいだろう。
「村に寄る必要はなくなったな」
「そうですね」
のんびり話しながら馬を走らせる。向かうのは東の半島だ。
途中で結局村か街に立ち寄って情報収集はするかもしれないが、それにしたって近い方が情報も集めやすい。
順調な道のりだ、なんて考えながら脳内で帝国内の地図を広げたフェイは、あれからどれくらい変わっただろうか、とそれを更新していく。
「……以前立ち寄ったのは、十年近く前ですか」
「あ?そんな前か?」
「ルプシブルの脱獄が一年前、アグリム様が捕らわれたのがそれの約三年前、捕まるまで王国で過ごしたのが……」
「二、三年か?」
「はい。帝国から王国に行くまでに三年ほど間があるはずなので、九年か十年ほど前ですね」
ピュテレ帝国はアグリムとフェイが二人旅を始めてまだ数年しか経っていなかった頃に立ち寄った国だ。
アグリムがどこに行くにもフェイを連れて行くようになった後の事で、短時間でも離れる事が少なくなった二人が初めて長期滞在した国でもある。
国からしたら勘弁してほしい事かもしれないが、あの頃のアグリムは帝国の兵士を良い遊び道具だと思っていた節があるので、試したい事があるととりあえずどこかの街にちょっかいをかけて兵士を引き出していたのだ。
魔法の練度や武器の扱いは帝国での滞在期間にかなり上達していた覚えがある。
当時のフェイはそれを見て、まだ上がる余地があったのか、なんて考えていたものだ。
アグリムが斧を多用し始めたのもその頃だ。帝国は世界中で恐れられている大犯罪者の鍛練に、気付かぬうちに付き合っていたのである。




