9 買い物
湖畔のログハウスを離れてさらに西へ西へと進んで行く。
数日歩き続けたところで見えてきたのは、大きな川だ。
アスル川というこの川が、向かう先である砂漠を有した国と今いる国との境目になる。
川向こうには巡回の兵士が居ることもあるらしいので、渡る時間と場所は選ばなくてはいけないだろう。
とはいえ、それほど警戒されているわけではない。あくまで、見回っているという事実があるだけだ。
川自体も川幅と深さがそれなりにあるが、アグリムなら跳び越えられるくらいの幅なので問題は無い。
「越えた後は?」
「少し北の方へ進むと、大きな街があったはずです」
城で働いていた頃に、このあたりの地図も見た記憶がある。
親交のある国なので、何かしら城の者が通る予定があったのか、それなりに詳しい地図があったのだ。
すぐに必要になるものではなかったのでそれほどしっかりとは見ていないが、川を越えた先にある大きな街の位置くらいは覚えていた。
「服も変えるか」
「そうですね、このままだと目立つでしょうし」
「場に適した物の方が何かと都合も良いし……うん、フェイ、久々に着飾るぞ」
「砂漠を進むのに……?」
一応疑問として声に出しつつも、フェイはアグリムに反対する気などなかった。
そもそもそんな気はいつも無いが、フェイを着飾らせると決めたアグリムは絶対にそれを曲げないので慣れてしまったというのが大きい。
それが動きづらい服ならば自分が抱えればいいだろうと言うくらいなので、アグリムの中ではよほど優先度の高い事なのだろうと思っている。
ならばフェイとしては自分の事は放置するアグリムを、どうにか着飾らせる方に頭を回さないといけないのだ。
アグリムはフェイばかりを着飾らせようとするが、フェイだって着飾ったアグリムが見たい。
普段軽装で過ごしている分、たまには色々と着てみてもいいのではないか、と主張することもある。
滅多にないフェイの主張を聞けばアグリムは笑って行動してくれるが、興味がない分フェイの服を選んでいる時の数倍は雑なのだ。
「まずはどこか村でも探しながら進むか」
「はい」
話しながら、アグリムは荷物を背負い直してフェイを抱える。
川までの距離を助走に使って思い切り踏み込めば、その身体はおおよそ人が跳べる高さではないだろう位置まで一息に持ち上がった。
空を蹴るようにしてもう一歩。魔法で空でも歩けるアグリムは悠々と広い川を渡り切り、着地して数歩進んでからフェイを地面に降ろした。
見回りが来たら面倒なので、さっさと北へ向かう。
道中見つけた村から適当に服を頂戴して着替え、多少は周りに馴染むようになったであろう姿で目的の街を目指す。
ついでに、アグリムが背負った斧に視線が集まって鬱陶しそうにしているのを見ていたので、何か斧を覆える布でも入手するか、とフェイは考えていた。
どうせ服を色々見て回るなら、良い布も見つかるだろう。
何なら今着ている服をそれ用の布にしてしまったっていいのだ。
出来ることならちゃんと選んで作りたいが、どうしても急ぎで隠すのならそれも選択肢に入れておいたらいい。
そんなことを考えながらまだ砂漠の気配はしない草原を歩いて行くこと数日、目的地だった大きな街が見えたので、夜になるのを待って夜闇に紛れて街に入った。
堂々と入ってもいいのだが、まぁ面倒事は少ない方がいい。
街の中はかなり平和そうだが、それでも一本路地を入れば治安のよくなさそうな場所もある。
これなら隠れ蓑には困らないだろう、なんて考えながら、フェイは楽しそうに通りを進むアグリムについて行く。
街の中を少し探索すると治安のよくなさそうな一角に空き家があったので、ひとまずそこを宿代わりにすることにした。
フェイが軽く魔法をかければ、その空き家はそこにあったことすら忘れられた状態になるだろう。
「よし、ひとまずはこれで良いだろう」
「そうですね。街の探索はすぐに向かいますか?」
「いや、日が出てからでいい。今日はさっさと寝るぞ」
「かしこまりました」
空き家の中に残されていたベッドに手持ちの布をかけて快適な寝床を手に入れた二人は、明日の予定を話し合って早めに眠りについた。
夜遅くに侵入したので早めに寝たと言っても朝まではそう遠くなく、二人が揃って起きた頃にはすっかり日が昇っていた。
非常に人の多い通りを、逸れないようアグリムの背に張り付くようにして進む。
フェイの今日の髪は茶色で、周りに馴染みやすい色だ。
そんな状態なのではぐれたら面倒だろうと思っているのだが、アグリムはフェイが離れた瞬間に気付くので要らない心配である。
背中に張り付いている状態でも問題なく会話が出来ている時点で気付いていそうなものだが、何故かフェイはそこに頭が回らないらしい。
わざわざ修正する必要もない勘違いなのでアグリムも放置するし、今後も認識は改められる事は無いのだろう。
「あ、アグリム様、あの布いかがですか?」
「あれか?うん、確かに良いな。あれにするか」
「はい」
ともかく楽しい市場巡りをして、二人は拠点である空き家に戻った。




