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悪辣の徒  作者: 瓶覗
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0 奪還

 オリエッタは、王城に勤めて二年ほどになるメイドだ。

 愛想が特別いいわけではないが仕事の速さと丁寧さ、そして誰にでも適切な態度で応対する姿から、上司からも同僚からも信頼の厚い女性である。

 美しい銀髪を綺麗に纏め、廊下を進むその姿はメイドの鏡とまで言われたほどで、まだ二年ほどしか働いていないのに、中央の仕事も任せられるほどの実力者。


 そんな彼女は、王城で日々働きつつとある調べ事をしていた。

 それは王都の外れに浮かんでいる監獄の事で、調べている事を誰にも知られてはいけなかったことから調べ物の進みはあまり早くない。

 それでも二年間で欲しい情報は全て揃った。


 天空監獄ルプシブル。脱獄不可能と言われる、極悪人たちの収められた檻だ。

 王都の外れという位置にあるのは、随時の監視と対応のため。

 そこから逃げることは出来ず、侵入者はすぐさま見つかり捕らえられ檻の中に放り込まれる。


 空にあるから、行くのならば飛行船が必要だ。

 けれど、ただの飛行船ではいけない。近付けば見張りに気付かれて、簡単に捕まってしまう。

 まず必要なのは、中に入れる船だ。


 オリエッタはメイド服を脱ぎ捨て、二年を過ごした部屋を後にする。

 そこに残してきたものは何一つとして自分の素性を表す物にはならない。

 メイド服を脱ぐとともに髪の色は銀から黒へと変わり、オリエッタという名のメイドは居なくなった。




 彼女が向かった先は、ルプシブルと行き来するための飛行船が管理されている塔だ。

 既に次の船の事は調べてあり、その船に乗る中に女性の監視員が居ることも調べてあった。

 足音も気配も消して近付けば、彼女は全く気付かなかった。


 後ろから捕らえて気を失わせ、彼女が着ていた服に着替えて髪色を彼女と同じ金色にする。

 見てくれをしっかり同じにしてから口と手足を縛って転がした彼女の上に、それまで着ていた服を投げておく。最後の情けだ。


「フィリーリ!時間だ!」

「はっ!」


 金髪の監視員の名はフィリーリであるらしい。

 返事をしてすぐに自分を呼んだ男に続けば、男は何の違和感も抱かず囚人たちの連行を開始した。

 囚人たちを乗せ、飛行船が動きだす。窓などない船の中で囚人たちに目を光らせている間に船はルプシブルへと到着し、彼女は囚人を中へと連れて行く。


 そして、目の離れた一瞬の隙をついてあらかじめ調べておいた部屋へと移動した。

 そこは監獄の看守たちの更衣室で、その中のロッカーを躊躇いなく開けたフィリーリは着ていた監視員の制服を脱ぎ捨てて看守服へと身を包んだ。持ち込んだ道具で少し細工をして、帽子を深く被る。

 次の髪色は青。彼女はフィリーリではなくなった。




 部屋の外へ出て、次に向かうのは鍵の保管場所だ。

 堂々と部屋に入り、目的の鍵がある場所へと向かう。厳重な管理がなされており、開けるのには少し時間が掛かる。

 それでも、あらかじめ調べておいて制服には上官に見えるように仕掛けをした。


 その甲斐あってか、周りの注意はあまりこちらへは向かない。

 何か言われる前に素早く部屋を出た彼女は、既にフィリーリが居ないと騒ぎになっている入口付近をちらりと見てから奥へと進んだ。


 しばらく入口で騒ぎになるだろうが、その後は中が騒がしくなる。

 なるべく早く奥へと行かねばならない。

 監獄内の地図は、脳へ叩きこんである。進む足に迷いは無く、怪しまれないように急いでいるようには見えない速度で進む。


 徐々に外が騒がしくなっていくのと合わせて進む速度は速くなり、最後は走って廊下を進んだ。

 天空監獄の最も奥まった場所、特別頑丈な檻の前で足を止めると、中にいた男がこちらに気付いて顔を上げた。


「お待たせいたしました」

「おう、よく来たな」


 笑う男を見て取ってきた鍵で檻を開け、手足を壁に繋ぐ鎖を外す。

 ぐるりと肩を回しながら立ち上がった男は、外の騒ぎに気付いて快活に笑った。


「流石にバレてんのか」

「申し訳ございません」

「何言ってんだ。ここまで来れてるだけで上等だろ」


 話ながら檻を出て、廊下を進む。

 女の誘導で廊下を走りながら、出くわした看守を男は目にも止まらぬ速度で殴り飛ばした。

 その動きには衰えなどないように見えたが、本人は不服そうにしている。


「まぁ、飛ぶのは問題ねぇな」

「良かった。そのつもりで組んできましたから」


 心底穏やかな声色だった。ここが監獄などではなく、草原でピクニックでもしているかのような声で二人は話す。

 話しながら走り、看守たちを殴り倒して建物の外まで駆け抜ける。


 天空監獄から見えるのは、雲とうすらの地上だ。

 追ってきた看守たちはこちらを追い詰めたつもりで足を止めたが、二人は止まらなかった。

 逃げることなど出来ないであろうその高さから、二人は迷うことなく飛び降りる。


 看守たちの驚きの声はすぐに風の音に遮られ、何度やっても慣れない自由落下の感覚に呼吸が止まる。

 隣にいる男は、心底楽しそうに歓声など上げている。少ししてから女の呼吸の不自由さに気付いたのか、笑って手を出してきた。


 その手に女が手を重ねるとすぐに引き寄せられ、腕の中にすっかり納まる。

 それだけで呼吸はずいぶん楽だった。


 しばらくの落下の後、二人は監獄の下の森へと着地した。

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