海の色、空の色
白紙の作文用紙にペンが、ころころと転がってゆく。
夏休みの課題は「海と空」。手を付けたが、何も浮かばないまま時間だけが過ぎゆく。
頬杖をついて外を見る。窓で切り取られた空があった。立ち上がり、窓を開けて身を乗り出すと、外の熱気と共に空が飛び込んできた。だが海は見えない。
海まで遠くはない。
帽子を被ると自転車で海へ出かけた。
焼けるアスファルトを振り切り、海岸までたどり着く。8月も後半。人の疎らな砂浜に立ち、海を見つめる。遠くで揺らめき、波が立つと、白く砕けて砂を濡らす。空との境界が太陽のきらめきで区切られ、空は青く高く続いている。
夏の”青”が視界に飛び込む。海の”青”を掬い取ろうと靴を脱ぎ海に入ると、波は濡れた砂だけを残して逃げてゆく。空の青を掴もうと天を仰ぐと、眩しい太陽に目が眩む。
”青”から遠ざけられ、一人、波打ち際で立ち尽くす。膝まで波で洗われ、眩しさに手をかざすしかない。
夏は終わるのに。
後ずさりすると、海と空に背を向け、焼けた砂浜を走り出した。
夏休みの学校。誰もいない図書室に入り込む。薄いカーテンを開け、窓を開けると清廉な空気と、勢いよく空の”青”が流れ込む。その向こうに海の”青”が横たわる。
夏の青を留めておく術を探す。
一時も探すとそれは見つかった。「色の辞典」。それを携え机に向かう。
「青」のページを開くと、数十もの青色の名前が並んでいる。それを丹念に指でなぞる。一つ一つ丹念に。そして、海の色、空の色を思い浮かべる。辞典の”青”が瞳から入り込み、今日見た、あの”青”達に名前を与えると、海と空のを青色に染めてゆく。
遠く彼方にある海の色は「紺碧」。次第に「鴨頭草」に変わり、「水色」に透けて、海底の色を浮かべる頃には、砂底を洗う澄んだ水になる。
空は「青白磁」に始まり、高くなると「天色」に変わる。そして、「群青色」の天中から太陽が海を見下ろす。
”青”達が海の色、空の色に命を吹き込まれ、目の前に現れる。
立ち上がり窓辺に立つ。「青白磁」を胸いっぱいに吸い込むと、窓に寄りかかり、遠くに見える「紺碧」に手をかざした。
白紙の作文用紙には、海と空の”青”に満たされた。
夏が終わった。日に日に熱さが和らいでゆく。提出した課題が帰って来た。作文用紙に満たされた”青”の色。それに、大きく赤い丸がされていた。
その赤は、優しい「茜色」だった。