ギャル、異世界へ行く。 part3
セシリアは、一瞬風が吹く音を響かせたかと思うと、次の瞬間には真愛の背後に立っていた。
そして、混乱したまま喚き散らしている真愛の右腕を強く掴むと、そのまま後ろ手に回して組み伏せる。
「いたっ!? 何よ!?」
右腕に走る痛みが、混乱した脳に正常な判断を取り戻させる。
地面に押さえつけられた真愛は、背中に乗るメイド騎士、セシリアに文句を叫ぶ。
「何すんのよ!! 痛いじゃないの、あーしはそこの人を助けようとしたのよ!」
「そうか、感謝はする。しかし、キミが何者かわからない以上はこうするより方法はない。それとも、問答無用で斬られたいなら別だが」
その言葉を聞いて、真愛も文句の言葉を飲み込んでしまう。
冗談で言っているのではない。これ以上、真愛が抵抗したり、暴れたりしたら迷わず斬るだろう。発する声には、素人の彼女にもそう確信させるだけの迫力があった。
「悪いな。ここの所、魔族たちが王国領内で暴れる事案が頻発しているだろう?。どうしても手荒な手段を取らざるを得ないんだ」
「王国? 魔族? 一体何を言ってんの?」
単語の意味自体は理解できる。
だが、それが実感を持った口調で話されると、途端に意味が伝わらなくなる。
魔族というのは、恐らくは先ほどのイノシシ人間、このメイド騎士はオークと呼んでいた。だが、それだけ。
真愛の知る限りでは、あんな生物は存在しない。推察が可能な分、余計に混乱を招くだけだった。
王国など言わずもがな。彼女の知識の中では、風変わりなメイド騎士に剣を振り回させる王政の国などないはずである。
「なに? キミの方こそ何を言っているんだ?」
しかし、返ってきた言葉は困惑だった。
自分たちを取り巻く状況を知っているのが当たり前で、それを前提にした会話を続けようとしていた者の反応だった。
「騎士隊長、コイツやっぱり魔人なんじゃあ……人間に化けているのかもしれません」
そう言ったのは、先ほど真愛が助けた騎士の男。
助けてもらった恩義も忘れたのか、すでに腰から下げた剣に手をかけている。
「ちょっと、冗談じゃないわよ! イミわかんない状況のまま、そっちの都合で勝手に殺されるなんてゴメンなんだけど!」
無抵抗にも限度がある。
真愛は全身に力を込めて、背に乗るメイド騎士をどけようとする。
本来ならば。
ど素人の真愛が少々暴れたところで、若干二〇歳で騎士隊の長を務めるだけの実力者であるセシリアがどうこうなることはなかったであろう。
普通の女子高生と、訓練を受けた騎士の差。それが覆ることなどあり得ない。
「な、なにっ!?」
だが、そのあり得ないことが起きた。
圧倒的有利だったセシリアの体を押しのけるように、真愛が立ち上がったのだ。
「どっっせぇぇええいいいい!!!」
とても女子高生の出すような掛け声とは思えないような、雄々しい雄たけびと共に跳ねるように立ち上がる真愛。
その勢いのまま、背中のセシリアを弾き飛ばす。
「キサマ!」
「やめろ!!」
剣を抜こうとした部下二人に、セシリアは鋭い声を響かせる。
ゆっくりと立ち上がって、彼女は目の前で荒く呼吸をしている少女を見据える。
「何をした……?」
「は? 何って、なによ……、背中で邪魔なアンタをぶっ飛ばしただけでしょ」
その言葉に、セシリアは全身からの緊張感を解く。
その意味は安全。
凶暴な顔つきでこちらを睨みつける少女は、不明瞭だが無害だと判断したのだ。
「私の部下が失礼をした。私の名はセシリア、デアマンテ王国の騎士隊長を務めている」
「騎士隊長!」と驚きの声を上げる男たちの前に立ち、メイド騎士セシリアは真愛へと手を差し出した。信頼の証を立てるように、その手を守る籠手を外して、柔肌には似つかわしくない傷を多くつけた素手を。
「……、あーしは四条真愛。投げ飛ばしてゴメン」
恐らくは警戒をしているだろう。それでも、歩み寄ってくれた者へいつまでも怒りをぶつけるほど、真愛もガキではないつもりである。
差し出された手を素直に握り返して、改めてセシリアの顔を見る。
突飛な格好ばかりに目が行きがちだったが、その容姿は美術品と呼んでも差し支えない程に美しかった。
テレビや雑誌で紹介される女優やモデルも裸足で逃げ出すほどに整った容姿。
特に目を引くのは薄紫色に輝く瞳。まるで上等のアメジストでも埋め込んだのではないかと思うほどであった。
そして、それに劣らぬ美しさを持つ、長い白銀の髪。歴史の授業ではかつて、美しい髪には相当な値がついたと習ったが、彼女の髪を見れば、確かにお金を払いたくなるのも納得だった。
「アナタ、キレイねー」
だから、真愛の口から、そう言葉が漏れたのはごく自然なことだった。熱い時に「熱い」と口にしてしまうくらい自然なことだった。
しかし、その言葉はセシリアにとっては突拍子もない言葉だったのだろう。
「な!? 何をいきなり……私が綺麗などと、それこそ訳のわからないこと……」
握られた手を乱暴に振りほどいて後ろを向く。わずかに見えた耳は真っ赤に染まっていた。
そんな二人を見て、危険はないと判断したのだろう、部下の二人も緊張を解き、珍しく押されている騎士隊長の様子にクスクス笑っていた。
「そ、そんなことより! シジョウマナ、キミは一体何者なんだ?」
なんとか平静を装いながら、咳ばらいを一つしてセシリアは疑問を口にする。
真愛に危険はない。だが、それでも、だからこそわからないことがあった。
「キミは、魔法を使っているのか?」
「は? マホウ?」
質問に対して質問で返すのは良くないことだと真愛は思っている。
それではまともな会話にならないし、相互理解が出来ないと考えている。
だが、それでも今のは仕方がない、と思う。
マホウ――魔法。
科学の理を離れ、超常の現象を引き起こす異能の名称。
かつては錬金術などとも呼称され、一つの学問として存在していたがそれも時代の流れと共に消滅していった。
だが、目の前で至極真面目な顔つきで質問をしているメイド騎士はその異能を口にした。
からかっていたり、茶化しているのではない。本当に疑問として、真愛が魔法を使っているのか質問しているのだった。
「いや……イミわかんなけど、多分使ってないかな」
「そうか……だったら、これを見て理解が出来るか?」
そう言ってセシリアは腰の剣を抜いた。
オークとの戦いでも使っていた、両刃の長剣。刀身だけでも一五〇センチメートルはあろうかというとても長い剣だった。
だが、その剣自体にセシリアの意図はなかった。
刀身を二本の指で挟みこみ、剣先へと滑らせていく。
不可思議で、でもどこか美しさすら覚えるその所作に真愛は目を奪われ、そして驚くことになる。
「ええ!?」
滑る指に追従するように、光が灯り始めた。
薄緑色の美しい光。それは輪状になって刀身の周りを囲む。そして、光の輪はまるでCDのように薄くなって、その表面に文字が浮かび始めた。
魔法陣。
その単語が真愛の脳裏によぎった。
――渦巻く風よ。武具に宿りて敵を引き裂け。
魔法陣に書いてある文字自体は読めなかったが、なぜかその意味は理解できた。
その、目と脳の齟齬に一瞬混乱していると、セシリアは剣を軽く振るった。
ビュオ! と刀身を纏うように風が巻き起こって、そのまま空高く風が刃となって放たれた。
威力こそ、相当に落ちているが先ほどオークに放ったものと同じもののようだった。
「どうだ?」
「いや、どうって言われても……それが魔法なの? スゴイけどあーしにはちょっとムリじゃないかなぁ」
まったくわからないから正直に告げた。
どんな仕組みで、どんな理屈で、どんな法則で、今の現象を引き起こしたのか全く理解できなかった。
科学とは違う、全く異なった力。
それを一度見ただけで説明できたら、それは天才を通り越して怪物だろう。
「そうか。まあ、そうだろうな」
だが、セシリアの反応は最初からそれがわかっていたような反応だった。
そして、これも最初からそう決めていたように、真愛へとこう言った。
「シジョウマナ、これから一緒に王国首都へと来てほしい」